9 テンカ 「シン先輩。おはよう」 ケノンがアカデメイアでの2年先輩であるシンに声をかける。優秀な先輩であるシンは今年にはアカデメイアでの<1級天使過程>を卒業して、晴れて<大天使>となる予定だ。 勤勉な先輩は安息日の朝早くから剣術の訓練をしていたようで、筋肉で盛り上がったその体は赤く蒸気していた。 「おう。ケノンにテンカ。お前らにしちゃ安息日だっていうのに早起きだな。それにこいつは見ない顔だな。何もンだ?」 シンが、細い目を精一杯、見開いて心底驚いている様を演出する。 どうもわたしはこのシン、いやケノンも含め、村民全体に共通する「オーバーリアクション」に馴染めない。 それはなぜか無性に作り物みたいに感じるのだ。嘘くさいというか。 「シルって言うんだ。驚くなよ?こいつ、空から降ってきたんだ。でもどうやら記憶がないみたいなんだ」 「はあ?空から?」 シンは空を仰ぐように大きくのけぞりながら、裏返った声音で返す。」 「本当なんです。シンさん。わたしもちゃんとこの目で見ましたから。今回はケノンの嘘、妄言じゃありません」 「テンカが言うのならそうなのか……俄かには信じがたいが……」 「おい!なんでテンカのいうことは信じるんだよ!」 わたしの隣でケノンがシンに向かって顔を顰めながらそう言う。 年の割には、幼い外見や言動によりケノンは周囲から子ども扱いされることが多い。 「でもなあ。シルちゃんも記憶が無いってのか。そいつは俺らと一緒だな」 「うん。そうなんだよ。そこだよ。俺たちアマガミ村の天使は元々、空の上にいたのかもね」 ケノンの言にシンは、シルの容貌をまじまじと見つめると、頭痛がするようにこめかみを押さえつつ 「ふん。だがよ。シルちゃん?シルちゃんは俺やケノンやテンカその他のアマガミ村の天使たちとは、ちょっと違うくないか?身にまとうオーラがちげぇ。上手くは説明できねぇけど、俺たちより、なんかこうもっと上位の存在っていうかさ」 それはわたしも思っていたことだ。シルとわたしたちは、何かが決定的に異なっている。少なくとも生物学においての分類は異なるのだろう。わたしたちが同じ「天使」ということはない。 「いいえ。シンさん。わたくしも天使ですよ?」とシルは言った。 「え?シル。記憶が戻ったの?」とわたしは言った。 「完全にではありませんが。少しだけ。今朝、夢を見たんです。儚げでおぼろげなものでしたが、わたくしが天使であること。それは解りました」 「そっか。でも、わたしもシンさんと同じで、シルはわたしたちとは違うと思うんだ。なんだろう?天使にも、いろいろいて異なる種類があるってことかな?黒金の壁の外側から悪魔に敗れ去る形でアマガミ村に来たわたしたちのグループと、空の上の世界から来たシルたちの天使の2つのグループが」 シルはわたしやケノン、シンと同種ではない。「神様とか?」ケノンが思いついたように言った。 「そうね。でも、中央神殿にいる神様はわたしたちとそんなに変わらない気がする。生物的な分類は、わたしたちと同じなんじゃないかしら?シルはなんかもっと上位の存在みたい。神様よりも」 「はあ……」 訳が分からないというようにシルが物憂げに嘆息する。 「神様より、上位の存在か……あ、わかったぞ!シルの正体!」 「え?本当?」 わたしたちの歓喜にケノンは、まあ待てというように、ゴホンと咳払いを挟む。そして「シルの正体は、界王様だ!」と自信満々に言い放った。 かいおうさま? 「何言ってんだ、お前?」 「かいおうさま……わたくしにも、聞き覚えがありませんが……」 「界王様だよ。知らないの?ドラゴンボールさ」 「どらごんぼーる?」 「あれ、そう言えばなんだっけ、それ。喉から自然に出てきたんだけどな」 「ケノンが言ったんじゃん」 ケノンの発したかいおうさま、どらごんぼーると言う言葉の意味は解らない。 しかし、その言葉は妙に懐かしい感じがした。なんだろう。 妙に舌に馴染む感じがする。 記憶を失う前に、わたしたちはアマガミ村とは異なる世界―― つまりは、黒金の壁の外側で暮らしていた。 ならば、<かいおうさま>も<どらごんぼーる>も、そこで使われていた言語ではないだろうか。 確信を持てたわけではなかったが、その時のわたしにはそんな気がしたんだ。
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nttq
2019年6月17日 23時33分
「その体は赤く蒸気していた」ってこの先輩は気体になれるのですか? まるで吸血鬼みたいですね。
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nttq
2019年6月17日 23時33分
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