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うっかり、暗黒王のおはします世界に異世界転生してしまった!?(月夜 涙)

テンカ

わたしとケノンが二人並んで、柔らかな下草の上を踏みしめながら家路を歩んでいるころには、既に日は傾きつつあった。 ソルスが、黒金の壁を越えて、外の世界のその遥か先の稜線へとゆっくりと沈んでいく。 その位置から推測するに、まもなく中央神殿にある大鐘楼が午後時を告げる旋律を響かせることだろう。 わたしとケノンが、引き分けて一旦、体が消滅してから復活するまでにずいぶん時間が経ってしまったようだ。 体が復活して目を覚ましたころには闘技場には、神様しかいなかった。 観客席にいた他の天使は先に帰ってしまったと言うのだ。 前は一度、体が消滅して消えてしまっても、復活するまでものの分も掛からなかったのに。 最近は、復活までに時間程度要してしまう。今日にいたっては時間くらいかかったのではないだろうか。 なんだかこの世界の力が弱まりつつあるみたいに思えて不安な気持ちになってくる。 そして、復活するまでの時間の間、わたしとケノンの意識は、世界からすっぽりと消失していた。 わたしとケノンだけがいない世界。そんなものを想像するとなんだか妙な感じがした。 「これで、戦績は俺の51勝、50敗、分けになったな」  ケノンは微妙な表情を浮かべながら、そう言う。 「そうね。甚だ遺憾ではあるけれど」 「今日は、絶対勝てたと思ったのになあ。テンカも、どんどん強くなってるのか……」 「当たり前でしょ?でもそれは、ケノンもね。わたしだって今日は、絶対に勝てたと思ったよ」 「もし俺たちが、組んだら黒金の壁の外の悪魔だって倒せるかな?」 「それは……。どうかな?」   わたしたちは、黒金の壁の外に出たこともなければ実際に悪魔と出会ったこともない。 当然、知らないものはわからない。 次の瞬間、一瞬だけ、雲の間に小さな光が煌めいた。 僅かに雲間が切れ、その中から<なにか>がゆっくりと降ってくる。 「なんだろう?あれ」 というケノンの問いに、わたしは「ここからじゃよく見えない」と返した。 確かに、ここからでははっきりと見えないが、しかし、よく目を凝らしてみるとそれは天使の形をしているように見える。 また意識を失っているようにも。ケノンは気づいた時には、全力で駆け出していた。 翼を大きく広げ、一気に加速。 すると瞬間的に、足裏から地面の感覚と重力が消え、心地よい浮遊感がケノンを包み込んでいくのがわたしにもはっきりと感じられる。 ケノンは躰を水平に伸ばし、限界まで速度を上げる。 そしてその速度に、世界の処理速度が間に合わないと言わんばかりに、世界に亀裂(ラグ)が走る。 ケノンはそのまままっすぐ、世界の処理速度を大きく超えてそのラグだらけの空間を突っ切っていく。 「届けェェェええええええ!」 ケノンがギリギリの所で、落ちてくる何かが地面に衝突する寸前で受け止めたのが視認できた。 「大丈夫!?」 わたしもやや遅れて追いつく。 「死んでいるのか?」 見ると、「落ちてきたなにか」は銀髪の麗しい少女の姿をしていた。そのこの世のものとは思えない美しすぎる容貌に対してわたしは、ゴクリと音を立てて生唾を飲み込む。 「ちょっと、縁起でもないことを……」 わたしは抱きかかえた少女をそっと地面に下し銀髪の少女の、発展途上の控えめな胸部に耳朶を近づける。 するとドクン、ドクンと僅かだが、生命の鼓動を感じることができた。 「大丈夫。生きてるみたい」 わたしは思わず、ほっと安堵したようにそう漏らす。 「おーい。大丈夫ですか?」 ケノンがそう言いながら、少女の頬をペシペシと叩く。 「ちょ、ちょっと。やめなよ。」 わたしがケノンを静止させようとした、その刹那。 「……。あなた達は……」 天から降ってきた少女が、僅かに瞼を開き、弱弱しいが清流の如き澄んだごときソプラノヴォイスを発する。 ソルスの光を反射して、艶やかな銀色に輝く髪と大きなライトブルーの瞳。そして何より、身にまとう俗世離れした雰囲気はわたしたちのそれと何かが決定的に異なっていた。 アマガミ村より上の世界からやってきた上位の存在といえば解りやすいだろうか。 「気づいた?大丈夫!?」 ケノンが少女を抱き起こす。 「ありがとうございます……。助かりました。わたくし、早く行かないと。ミカエル様のところへ……」 ミカエル? それは、<天使大図鑑>にも、乗っている四大天使の一対、大天使ミカエルのことだろうか? しかし、<天使大図鑑>によれば、ミカエルは先の悪魔との闘いにおいて、命を失ったはずであったが…… 「わたくしは、この空の上の世界からやってきた。でも、なんのために……。ダメ、記憶が……」 「空の上?」 少女の意味深な言葉にケノンがキラキラと双眸を輝かせる。 「ダメ……。これ以上は思い出せない。それにここは、どこなの?あれ。ミカエル様?いや、それは誰?ダメ。人生ゲームオンラインを続けるわけには……悪魔が……」 少女は弱弱しくそう呟くと、再び瞼を閉じ意識を失ったかのように倒れた。 「どうする?とりあえず、花音(かのん)を家まで連れて帰るか?」 花音?誰だっけ?それ。 「花音って?その子の名前?どうして、会ったばかりのこの子の名前をケノンが知っているのよ?」 「あれれ。おかしいな。自然にその名前が出てきたのだけど。花音名前の知り合いの天使はアマガミ村にはいないしなぁ。不思議だなぁ」 そう言ってケノンは頭をポリポリとかく。 花音。 それは、誰だっけ? その響きは妙に懐かしく大切なもののように思えるが、その正体を思い出すことができない。 そのもどかしさが妙に気持ち悪かった。 「とりあえずこの子は家には連れて帰ろう。どうやら記憶が混乱しているみたいだったし。もしかするとわたしたちと同じかもしれない」

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