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うっかり、暗黒王のおはします世界に異世界転生してしまった!?(月夜 涙)

テンカ

    アカデメイアでは、週に一度、週終わりの最終講義時間に、日々の悪魔と戦う為の訓練で磨き上げた技を競い合う場として、階級、年齢関係なしでトーナメント式の決闘大会が行われるのが慣例となっている。   しかしわたしにとっては、ケノンとの決勝以外は、すべて消火試合に過ぎないというのが本音だった。 なぜならわたしとケノンは、他の天使がつしか、あるいはそもそも使えないテレズマ(天使の力)を様々な形に変えることで、それを無数に使えるのだから。どうして、わたしとケノンだけが、訓練もせず強力なテレズマを無数に使えるのか? この世界で目覚めて、なにもせずともその扱いを予め心得ていたのか? その理由はわからない。それがわたしとケノンしても大いに疑問ではあるのだけれど。   この決闘大会はわたしとケノンがこの世界で目を覚ますずっと前から、アマガミ村の1000年の歴史において、一度も欠かすことなくずっと前から行われてきた由緒あるものであるが、わたしとケノン参加するようになってからは事実上、わたしとケノンだけの戦いになってしまっている。   無数のテレズマを駆使し強すぎるわたしたちに、それまでの猛者であったシンさんやイデアが、観戦席からつまらなそうにこっちを見ているのが視界の端に映った。 しかし、大部分の天使たちはこれから繰り広げられるハイレベルな決闘に今か、今かと胸を高鳴らせているのが雰囲気ではっきりと伝わってくる。 決闘場の端でわたしはケノンと正面から向き合う。ケノンは如何にも悪役っぽい邪悪な笑みを作って、こちらを威嚇してくるが、いかんせん元が童顔であるがためのミスマッチ故、思わず吹き出しそうになってしまった。いけない。 ダメだ。集中しないと。   これまでの戦績は、5051敗。分け。 わずかだが、ケノンにリード許してしまっているその事実は、いっそうわたしの闘志に火をつける。 お互い天使の(テレズマ)で掌から得物であるレイピアを創り出し、互いの心の臓に向けあう。心の隅々からかき集めた力を右手に集中させる。 しばらくお互いそのまま睨み合っていたが、大会の審判をつとめる神様の「始め!」の号令とともに、わたしたちは全力で駆け出していく。 先手必勝! 「スピードアタッカー!」 付加系統の加速術式を唱え、右手に握ったレイピアをケノンのまとう薄物胴着の胸元、深く着られた襟から覗く白く細い肌へと振り落とす。 必中の間合いだった。レイピアの刀身部分はケノンの体と触れ合うほどの距離まで接近し、届かぬわけはなかった。 しかし剣先がケノンの体をいままさに貫かんとしたその刹那、「シリウスブロック!」 ガガァン! という雷鳴にも似た衝撃音が轟き、同時に紫色の光の幕がケノンを中心として現れる。 輝く波紋を形作るのは、ケノンのテレズマによるものだ。 実態を持たないに等しいその薄膜がレイピアの鋭利な切っ先を阻んでいる。 「いきなり、速攻を仕掛けてくるとはなあ!でも、そう簡単にはやれないぜ!」 そして、ケノンを守る電撃の幕が巨人の拳に変形する。 「ヘブンズゲート!!!天界の門より来たれ!精霊王アルカディアス!!」 咄嗟に防御姿勢を取るものの、すさまじい威力を相殺しきれずに中へと投げ出される。 いきなりの決勝と呼ぶにふさわしいハイレベルな攻防に観客の天使たちの歓声は、ひときわ膨らんでいき、わたしの脳内のアドレナリン物質が加速度的に増加していく。 しかし、今の攻撃で右足が綺麗に消失してしまった。 わたしは落ち着いて気息を整え、消失部分に意識を集中させる。 すると次の瞬間にはどこからともなく、右足が現れ元通りに復活した。  空中から、地上の世界を俯瞰すると歌うような声が聞こえてくる。 どうやらケノンが追撃のための攻撃術式を唱えているみたいだ。 「ボルシャックファイヤーー!」 ケノンの詠唱とともに、地上から、無数の炎の龍が束になって襲い来る。 わたしは素早く、電撃属性のエレメントを創造し防御術式を唱える。 「ホーリースパーク!」 眩い光とともに、その中から無数の剣を従えた巨人が現れケノンの炎龍をその体の中に吸収する。 電撃と炎。二つの属性攻撃が、互いの属性を相殺するように融合し、ソルス光に召されるように蒸発し消えていく。 宙に漂うように炎の残滓と電光がともに消えて視界が開くと、即座にケノンの姿を探すが、地上からはその姿が忽然と消えていた。 しまった。油断した。 瞬間移動は、ケノンの最も得意とする術式なのに。 刹那。 後ろを振り返ると、勝ち誇った笑みとともにケノンの剣先が迫ってきていた。 「これで、終わり!ジエンド!ボルメテウスブレイク!!」 わたしは即座に、歯を食いしばってありったけの気力を振り絞り、渾身の突き技をケノンの中心――心臓部分を目がけて繰り出す。 「スーパースパーク!!!」 同一線上を直進したそれぞれの剣は、ほんのわずかに剣戦をこすり合わせてすれ違った。 重い衝撃とともに、ケノンの剣先が私の心臓を貫く。 しかし、わたしの剣もケノンの心臓を的確に貫いていた。 剣を握ったままの二人の躰が深紅の光芒を描きながら、高く舞い上がった。 核である心臓を破壊されたわたしの躰は、細胞の一つに至るまで無数の光子と化して、徐々に軽くなっていく。 宙に投げ出された躰から、力が抜けていく。 淡い光の膜が私の体を包み込んで、どこかへ連れ去ろうとする。 ああ、やられちゃった。 またすぐに復活するのは、わかっているけれど。 こればっかりは、何度やっても慣れないな。 薄れゆく視界の端で頸椎より下の部分が、完全に消失してしまったケノンの悔しそうな顔が見えた。

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