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うっかり、暗黒王のおはします世界に異世界転生してしまった!?(月夜 涙)

B

プロローグβ   神エル(じんえる)   西暦 2015年 夏 この頃は何もかもが楽しかった。 目に映るもの全てに心躍らされ、僕の世界は目がくらむほどに輝いていたんだ。大好きなお母さんとお父さん。友達、先生。皆が、僕を幸せにしてくれる。 僕は満たされていたし、今から思えば、ひどく傲慢だけれど、僕はこの世界で一番の幸せ者なのだと思っていたんだ。この<世界>のことを愛していた。今日、この日までは。 「ねぇ、お母さん……」 「エル、どうしたの?そんなに暗い顔して」 「どうしよう。カブト丸がさっきからピクリとも動かないんだ」 僕は掌に収められたカブトムシをそっと差し出す。今年の夏休みにお父さんに取って来てもらった僕の宝物だ。 しかし、今その腹部は大量の白いノミ虫のようなもので侵食されている。僕は思わずその地獄のような光景から目を背ける。 なんだか気持ち悪くて吐きそうだった。母はそれを見ると、僕の心境を慮るように、静かに瞼を閉じてから言った。 「残念だけれど、死んでるわね」 「ああ、やっぱり……。この頃、エサやるのとか忘れていたし。あーあ。せっかく、お父さんに採ってきてもらったのに……カブト丸……。ごめんよ……」 カブト丸はすでに死んでいるのだと予想はしていたが、やはり誰かから、そうであると客観的事実として伝えられるのは辛かった。カブト丸を死なせてしまった自分が情けなく、許せない。 「辛いことだけれど、寿命だったのかもしれないしね。エルのせいじゃないよ」 「うん……」 「さ、カブト丸のお墓を作っちゃいましょうか」 「うん……」 僕とお母さんは庭へ出て、カブト丸のお墓を作った。最後の仕上げに花を添える。それから、立ち上がって僕は言った。 「でも、僕は本当に人間でよかったよ。カブトムシじゃなくて本当に良かった」 「どうして?」 お母さんは、僕の言葉の意味をよく理解できなかったかのように首をかしげる。お母さん、どうしてそんな顔をするんだい?そんなの決まっているじゃないか。 「決まっているじゃん。死なないから。人間だから。人間は死なないからだよ」 お母さんは、僕の言葉に一瞬、驚いたように目を丸めたが、「いい、エル。人間もいつかは、 死ぬのよ」と言った。 そのお母さんの声音は、僕が算数の問題を間違えたときにそれを正す時のものと同じだった。 お母さんは、今何と言ったのだろう?僕の聞き違いかな?人が死ぬ?冗談にしても、まったく笑えやしない。 「え?何言ってるの、お母さん?人が死ぬ?止めてよ、冗談きついって。そんなわけ無いじゃん」 「ううん。エル、しっかり聞いて。本当なの。いつか人は死んで、この世界を旅立つの。そして、また生まれ変わるのよ。次は、お馬さんやお魚さん、バッタさんかもしれないわね」 今度は、お母さんの言葉をはっきりと聞き取ることが出来た。しかし、言葉の意味は解るが、それを理解することが出来ない。いや、理解することを、脳が意識的に拒んでいるのだろうか。  僕は顔を上げてお母さんの目をまっすぐに見つめる。そのお母さんの表情や、仕草からはとても、冗談を言って僕をからかっているようには思えない。ミシリと音を立てて、幸せな世界に小さな亀裂が生まれる音がした。 「嘘だ!嘘だ!お母さん嘘つきだ!嘘ついたらダメだっていつも言ってるくせにーー」 お母さんは混乱して叫ぶ僕の肩を優しく包み込むと、優しい声で言った。 「本当なの。人はいつか死ぬ。お母さんのお母さんも、お父さんも、お母さんが小さい頃に死んじゃったの。でも、だからこそ、命は意味があるの。限りある命だからこそ、人は毎日を懸命に生きることができる。<命は限りあるから、意味があるし、美しいのよ>」 お母さんがそういった直後、全身ががくがくと痙攣し、体中から力が抜けていく。今ここにある意識が、どこか遠い場所に旅立ってしまいそうな錯覚を覚える。 僕は、いつか死ぬのか。そんなわけーー僕の幸せな世界に生まれた亀裂がミシミシと自分でもわかるほどの大音量を奏でながら、徐々に大きく膨張していく。 「お母さんが嘘を言っていると思うなら、町の人にでも聞いてきなさい。きっと、みんな同じ事を言うと思うけれど。人は、いつか死ぬ。でも、だからこそ輝けるんだって。<命は、限りあるから意味があるし、美しい>そう、エルに教えてくれると思うわ」 僕は気づいたときには、お母さんを振り切り、町を全力で駆け出していた。これまでの人生で、風景がこんなにも踊ったのは初めてだ。 視界が霞み、建物がグラグラと陽炎のように揺らめき、湾曲する。赤信号であることに気づかずに、飛び出し、直後、盛大なクラクションが鳴り響くが、それも耳に入ってこない。 目が回る。回る。回る。回る。回る。回る。回る。回る。回る。回る。回る。回る。回る。回る。回る。回る。回る。そして、僕は道行く人々に聞いて廻る 「人間は、いつか死ぬのか?ならば、いつか、僕も死ぬのか?」と そして街の人達は、老若男女、皆すべて杓子定規的に、教科書の文言を機械的に音読するように、こんな感じのことを言う。 『そうだよ。坊や。人間は必ずいつか死ぬ。死から逃れた人間は一人もいない。いつかは焼かれて、灰になる。でも、だからこそ人生は面白い。<命は限りあるから意味があるし、美しい>限りある命だからこそ、人は輝ける』 <命は限りあるから、意味があるし、美しい> <命は限りあるから、意味があるし、美しい> <命は限りあるから、意味があるし、美しい> <命は限りあるから、意味があるし、美しい> <命は限りあるから、意味があるし、美しい> <命は限りあるから、意味があるし、美しい> <命は限りあるから、意味があるし、美しい> <命は限りあるから、意味があるし、美しい> ―― 何を言っているんだ。この人たちは。みんな嘘つきだ。 町の人みんなグルになって僕をだましているんだ。 嘘だ。嘘だ。嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない消えたくない消えたくない消えたくない消えたくない消えたくない消えたくない消えたくない  気分が本格的に悪くなってきた。 平行感覚が怪しくなり、その場に倒れこみ、盛大に嘔吐する。 その様子に気づいた誰かが、僕の手を取ろうとした。 見ると、差し出された手は水分が抜け、皺くちゃであった。そして、その人物の顔も同様に、皺くちゃで、眼窩は窪み、額には深い三本線が刻まれている。 「大丈夫か?迷子にでもなったのかえ?」   「老婆」は、杖を突いたまま、不安定にバランスを取りつつ、しゃがれた声でそんなことを言う。 そこにあるのは、老いと紛れもない<死>のイメージであった。 「や……止めろ!来るな!死神!」 僕の罵声に老婆は、驚いたように目を丸める。 僕は自分が何を言ったのかも解らないままに、老婆を押し倒して、その横を突っ切り、当てもなくどこかへと全速力で駆け出していく。 気が付けば、辺りは夜になっていた。 ずいぶんと時間が経ってしまったようだけれどその間に自分が何をしていたのか全く思い出せなかった。 寂れた道路表式、小さな民家が暗く終点の見えない一本道に点在している。 地方都市で、それも農村地帯であるこの辺りは、外灯も乏しく、夜には暗闇が一面を支配する。 『僕は、死ぬんだ』 それを、その<真実>を意識し、認識し、いまだに、認容はできなかったが、少なくとも、事実であると受け入れた瞬間、全身から力が抜け落ちる。 目をきつく閉じ、耳を塞ぎ、全てを閉ざして、地面に倒れこむ。 視界が真っ暗に覆われて、底の見えない暗黒が僕を包み込む。 何も見えない。 何も感じない。 何も無い。 どこまでも、どこまでも終点の見えない暗闇だけが広がっている。 完全な左右対称世界。 シンメトリー。 『無』。 突如、胃のねじ切れるような圧倒的で、足元をすくわれるような得体の知れない恐怖を感じ、慌てて立ち上がる。 失われた音、視界が戻ってくる。その事実に、僕はひとまずの安堵を得た。僕はまだ生きているんだーー   そのまま当てもなく、町を彷徨していると、身晴らしのいい高台まで来ていた。 そう言えば、一年前くらいに、ここに小学校の友達で遠足で来たのだっけ。 夜空には、満天の星たちが瞬いている。ここからは、良く見える。 デネブ、アルタイル、ベガ。夏の大三角。僕は意味もなくそれを指さした。 途端、涙がポロポロと堰を切ったようにあふれ出てくる。 世界に生まれた亀裂が決定的で修復不可能なものとなり、崩壊が始まる。 僕の世界が音を立てて崩れ去る。 幸せだった世界は嘘だった。僕だけが見ていた儚い夢。 夢はいつか覚める。これが現実。齢歳にして、知ってしまった世界の真実。 この世界は地獄だ。人間はいつか死ぬ。僕はいつか永久に消える。死んでいる期間はきっと1000年とか万年とか、5000兆年じゃない。完全に永遠、無限年だ。そしたら、何も残らない。 <死ねば、無になる> 永遠に。 そう思ったところで、僕は背後に誰かの視線を感じ、振り返ってみた。 でも、その視線の正体は、人ではなかった。<闇>いや、それは、闇よりも深くて暗い<なにか>だった。 それがこの辺り一帯を覆い尽くすかのようにして広がっている。それが何であるのかはわからない。 それが善なるものなのか、悪しきものなのかも解らない。それは笑っているようにも、泣いているようにも見えた。 しかし、それはもうそうゆうものとして、ひとつの<闇よりも深いなにか>としてそこに、僕の目の前に存在しているのだった。 溢れ出していた涙は、まだ止まらない。それどころか、未知のものに対する恐怖がさらに僕の涙腺を決壊させていく。 怖い、とそう思った。 やがて、闇は流れるセーヌ川ように滑らかに動き始め、それはある一点で凝縮し、僕と同じくらいの背丈の少年へと姿を変えた。 そして、なぜかその少年は地球儀を逆さまにした状態で持っていた。 「やあ」 闇から生まれた少年は、僕に向かって久々の再会を喜ぶような感じでそう言った。僕が驚きと恐怖で言葉を継ぐことが出来ないでいる間にも、闇より生まれた少年は僕に言う。 「ハッキング成功。やっと侵入できた。うーん。まだ体がこっちの世界とは、うまく馴染めないみたいだ。でも、現時点をもって、僕はこの世界に生まれた。さあ、ゲームスタートだ」      それからしばらくの間、僕も、闇より生まれた少年も一切の言葉を交わさなかった。 僕たち二人はただぼんやりと夜空を眺めていた。 たくさんの星たちが瞬いていた。それと純白の月。今日は、よく見える。プラネタリウムみたいだなと思った。でも、特にきれいだとは思わなかった。 それにしても今日は、いろんなことがあった。でも、何があったのかうまく思い出すことが出来ない。まるで記憶の中に霧がかかっているみたいだ。 それでも、懸命に頭をひねっていると、朝靄が晴れるみたいに記憶の断片たちが有機的に結びついてきてひとつになってきた。そうだ。カブト丸が死んで、お母さんと喧嘩して、こんなに遠くまでやってきた。 人間はいつか死んでしまうことを知った。幸せな世界が壊れた。そして、今、僕は闇より現れた不思議な少年と出会っている。 「それにしても、君はいったい誰なんだ?」 と僕は尋ねた。今度は、ちゃんと声が出た。 不思議ともう彼のことを怖いと思わなかった。 「名は、一等悪魔ネビロス。君たち、天使の人生ゲームオンラインに侵入した悪魔さ」 「悪魔?」 「そう。でも、君たちが思い描くキリスト教の聖書なんかに登場する<悪魔>とは、存在の目的も、理由も違う。つまりある意味では<悪魔>というのは、ひとつの呼称であり、それはある種の比喩、メタファーであり、あるいはひとつの形而学上の視点に過ぎない。人間にとってはね」 メタフォリカルな比喩としての、形而学上の視点としての悪魔。と僕は思った。 「少し、難しかったかな?君なら、理解してくれると思ったんだけれどね。だって、君は<初期ステータス>SSSの大天使で<優勝候補>なんだからさ。でも、どうやら<かしこさ>の方には、あまり割り振られなかったのかもしれないね。今日まで、人が死ぬというこの世界の最も基本的なルールも知らなかったんだから」 そう言ってネビロス君は右手で持っていた逆さまの地球儀を左手に移し替えた。 「……」 ネビロスは高台の手すりの方に向かい、それにもたれかかる。 「ねえ、大天使ミカエル……。いやいや失礼。ミカエルじゃなっくて、エル君。ほら見てよ」 大天使ミカエル? それに、どうして僕の名前を知っているんだ? しかし、疑問を問いただすことはせずに、言われたまま、僕も手すりの方へ向かい、そこからネビロス君が指さすほうを見た。 彼の指は高台の下を指している。しかし、その高台の上から眼下を見下ろすと、どこまでも暗く深遠な暗闇がこちらを見返してきた。 瞬間、無重力の空間に放り出されたような錯覚に襲われる。 あぁ。ここから落ちれば、僕は確実に死ぬよなぁ。そしたら、この命は輝くのかなぁ。意味を持つのかなぁ。美しいのかなぁ。 ハハッ。笑う気力などなかったはずなのに、思わず乾いた笑いが漏れる。 「いつか未来永劫、無限年死ぬだなんてヤバい。どうして人間たちは笑って普通に生きていられるのか分からないよ。でも、人々は狂ったように言う『命は、限りあるから意味があるし、美しい』ってね」 とネビロス君は全セカイの全人間を嘲笑するように言った。   <命は限りあるから意味があるし、美しい> そのフレーズを聞くのは、今日で何度目だろう。 何度聞いても胃がねじ切れるような嗚咽感と嫌悪感を覚える。199京体の苦虫を一斉に199京回噛みしめたような吐き気を感じ、お腹の奥底から虫唾が走る。 全身が総毛立ち、制御不可能な怒りの化身が生まれ出る。僕はひとつ大きく深呼吸をしてから僕は満天の夜空を睨みつけて叫んだ。 「<命は、限りあるから、意味があるし、美しい>だって?なんだよ、それ。ふざけるな。そんなわけ無いじゃないか!みんな、無理にそう思い込もうとしているだけだ!そんなのは自分が死んで灰になった、そのずっと後の世界で、『不老不死』を手に入れるであろう未来人へ向けた、嫉妬深い愚かな欺瞞だよ!本当は怖いくせに。死にたくなんてないくせに!嘘つきだ!悪だ!生まれ変わりだって?生まれ変わってどうするんだよ?僕にもほかの人間にも、生まれる前の記憶なんてないじゃないか!だったらもうそれは別の誰かの人生だ!それに地球上の生命の構成比率から逆算すれば、次は絶対に人間になんかなれない!そんなの宝くじで億円を回連続で引き当てるより、よっぽど難しい!犬や猫でも大当たり!次は未だ名前も付けられていないウィルスに決まっている!理性のないウィルスに生まれ変わり、一瞬のうちにまた死んで、また理性のないウィルスに生まれ変わる。そんなことを未来永劫、永遠に繰り返し続けるなんて死ぬよりずっと怖いし、残酷じゃないか!ふざけるなぁ!!ちくしょお!!天国なんて言う非科学的なものなんてあるわけがない!あれば、とっくに証明されている!そんなことは子どもの僕にでもわかる!なんなんだよぉ!この世界は!!!残酷すぎるだろ……。ちくしょお……。いや、待て。そもそも、人間の『死』なんていう人間存在に対する究極の大問題がどうして未だに解決されてないんだよ……。人類の歴史が始まって何百万年だと思っているんだ……。宇宙開発?温暖化?経済問題?そんなの死という究極の大問題に比べたらどうでもいいだろ?まず先にすることがあるだろう?まずは不老不死の研究だけに地球上のすべてのリソースを捧げろよ!残りの些細な問題はそれからでイイダロウガァ!!ウォオオオオオオオオオオ!!!!ウガァァアアアアア!!!人間!オトナァ!!一体、お前ら何をヤッテンダァアアアア!!どうして子どもの僕にでも簡単に想像できてしまう残酷すぎる世界の創造をやめないんだ?どうして息を吐くようにして、心にもない欺瞞を垂れ流しつづけてイルンダァ!さっさと研究をススメロォ!!フロウフシノォ!僕は絶対に何が何でも死にたくないっ!!!なんとかしろぉ!オトナァ!!!!」 そう泣き叫んで僕はガクリと地面に崩れ落ちた。ウォオオオオオオオオオ!!!!ウガァアアアアアア!!!!!フザケルナァアアアア!!!!オトナァアアアアアア!!!!オエエエエエエエエ!!! 多分、一生分、叫んだ。そんな気がする。もう少しも力が入らない。そんな僕の背中を優しくさすり、宥めながら、ネビロス君は嗤った。カラコロロ。 「カラコロロロロ。いい。素晴らしい回答だ。正解だよ。パーフェクトだ。本当に君の言う通りだ。うん。よく言った。予想以上だよ。これは。現状においてこの人間の世界は間違っている。歪に歪み、手塚治虫とかいうlevel99のチートコードで不正を働いていたひとりのゴミプレイヤーのクソ気持ち悪い欺瞞に支配され、洗脳され、汚染されている。まるで手塚教だ。うーん、手塚教……オウム真理教なんかよりもよっぽどタチが悪い。え?なんで手塚治虫が洗脳により、不老不死の実現を遅らせているかだって?簡単だよ。あまりに長く生きられるプレイヤーが出てくるとチートコードで不正をした自分よりも幸せになれるプレイヤーの出現率がぐっと高まるからさ。それにしても、まったく恐ろしいことを考え付く。悪魔の俺だってそこまではしないよ」 「チート?プレイヤー?ゲーム?ネビロス君、君はさっきからいったい何を言っているんだい?」 僕は地面に這いつくばったまま単純な疑問を口にする。 「ああ、悪い。悪い。記憶を失っているんだったね。うっかり失念していた。話を戻そう。悪魔の立場からでも人間の辿る過酷な運命――いつか死んで未来永劫永遠に無限年消えるだなんてヤバすぎるね。本当、悪魔の僕からすれば、手塚治虫の洗脳があるとはいえ、どうして人間たちは平然な顔をして笑って生きていられるのかまったく理解ができないよ」 そう言ってネビロス君は、再度楽しそうにカラコロと嗤った。 彼は、本気で面白いと思った時には、こんな風に特徴的な嗤い方をするのだろうか。ネビロス君はその嗤いに耐えられなかったのだろう。 彼は手に持っていた地球儀を地面に落としてしまった。そして、地球儀はその衝撃に耐えられずにきれいに真っ二つに割れた。 僕は崩れ去ったままの状態で高台の下の闇の底を見つめたまま、今から百年後の世界へ想いを馳せてみた。 今ここにいる人達は、皆、この世界から消えて、灰になっているんだろう。 そしてそのみんなが大宇宙のチリになった状態というのは、100年後からさらに途方もない月日がたった5000兆年後も199京年後も変わらない。 死とは未来永劫、永遠に果てなく続く暗闇のことだ。 そんなことはすこし想像力を働かせてやるだけで、簡単に想像できる。 でもそう考えるとたまらなく不安になる。 今、見ている景色が全て儚い幻想のように思えてくる。 触れれば、一瞬で崩れ去る砂上の楼閣みたいに思える。自分の小さな掌を広げて、じっと見つめる。 僕はなんの為に、この世界に生まれてきたのだろう? いや、だれが何のためにこれほどまでに残酷で悲劇的な世界をつくったんだろう? でも、いつかはこんな風に何かを思うことすら、叶わなくなるのだろうか。 暗闇に流れる身を切るような冷風に混じって、遠いところで海鳴りが聞こえた。 「エル君。この世界が残酷で間違っていて、いびつに歪んでいるのであればそれを正してやればいい。人間がいつか死んで無になるのならば、エル、君が不老不死を実現してこの世界を変えればいい。君がこの残酷な世界を救うんだよ。手塚治虫の呪いからみんなを解放するんだ。そしてこれはきっと君にしかできないことだ。そして手塚治虫という巨悪に打ち勝ち、世界を救った君はこの『新世界』の『神』になるんだ。未来永劫、永遠に」 とネビロス君は諭すように言った。 ずっと地面に倒れ伏せたままだった僕は彼の掌をつかみ、立ち上がる。 その掌は驚くほどに冷たかった。やっぱり、ネビロス君は人間じゃなくて本当に悪魔なんだと思った。 しかしなぜだろう? 彼のそのありえない温度は、僕を強く勇気づけた。 そうネビロス君の言う通りだ。この世界が歪に間違っていて、残酷ならばそれを正せばいいだけだ。 僕は再度夜空に輝く、199億の星たちを睨みながら言う。 「わかった。約束するよ。僕が、絶対にこの世界で不老不死を実現させる。僕がこの世界を救うんだ。もう二度と誰にも『命は限りあるから、意味があるし、美しい』なんて欺瞞を言わせない。人間がそんな心にもない欺瞞を垂れ流さなくていい幸せな世界をつくり上げる。僕のありったけの想像力をつぎ込んで全く新しい幸せな新世界を創造する。僕は絶対に死なない。そしてーー僕はーー新世界の神になるーー永遠にーー」 僕の宣言にネビロス君はとても満足したように微笑み、どこにそんなに嗤える部分があったのかわからないが、お腹を抱えてカラコロとどこまでも楽しそうに嗤った。 カラコロ。 カラコロ。 カラコロロ。 笑い転げるネビロス君とぶつかって、真っ二つに割れていた地球儀が粉々に砕け散るのが見えた。

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