オーバーロード 骨の親子の旅路   作:エクレア・エクレール・エイクレアー
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29 王城へ

 

 王城に行って、褒賞を貰うという行為はあっさりと終わった。適当に傅いて、よくわからない短剣を貰っただけだった。王家のありがたい物らしいが、鑑定した結果装飾が綺麗なだけの変哲もない物だったのでモモンガたちの興味は完全に失せる。

 売り飛ばすわけにもいかず、かといって何かに使えるわけでもない。完全にゴミとありがたいお言葉をもらうために数日かけてやってきたのだと思うと一気に肩が重くなった。

 その後第三王女に個人的に呼び出されたわけだが。

 

「ブレインさん。このクライムに稽古をつけてくださいませんか?強くなりたいと聞かなくて」

「そりゃあまあいいですが……」

『ブレイン、おそらく体のいい厄介払いだ。ここは従ってくれ』

 

 モモンガが伝言を用いてブレインに伝える。クライムという第三王女の従者は王女殿下を一人にすることに対して申し出たが、やんわりと否定された。

 しぶしぶと出て行くクライムとブレイン。三人だけになったので、モモンガが防音の魔法を唱える。

 

「あら、ありがとうございます。魔法って便利なのですね」

「いえいえ。それでラナー殿下。我々にだけ秘密の話というのは、どういった内容でしょうか」

「端的に申し上げると。あなた方が何者なのか気になっただけですわ。パンドラさん、そちらの兜を外してくださいますか?」

「お断りいたします。顔を隠した相手は信用ならないと?」

「いえ、隠す理由があるのかなと。冒険者の方々では珍しくありませんが」

 

 諦めたのか、ラナーは自分の前にあった紅茶を飲む。その所作は王族というだけあって優雅だ。パンドラならまだしも、モモンガは一生できないと感じた。それほど完成されている。

 

「何者、と聞かれましたが。どういう意図でしょうか。正直に言えば、南方からの流れ者としか答えようがないのですが」

「陽光聖典を追い返すほどの実力者なのでしょう?そしてどちらかはわかりませんが、天を割く一撃を放ったとか。そんなことができるのは魔法詠唱者のモモンさんでしょうか?」

「……なるほど。その二つの情報から我々が只者ではないと推察したわけですね?」

「ええ。おそらく帝国の逸脱者でもそのようなことはできません。できるとしたら評議国のドラゴンか、冒険譚に出てくる魔神、でしょう」

 

 人の噂に戸を立てられないということだ。パンドラの一撃はエ・ランテルでも噂になっていた。それが王都にまで届いたということだろう。

 陽光聖典の方はガゼフから聞いただけ。ガゼフの性格を知っていれば、そこから情報を得られる。

 

「では、我々がそんなことができるバケモノだとして。それを知った王女殿下は我々に何を要求されるのですか?先に言っておくと、そのことを口外されても全く問題ありません。知っている者は知っていますので」

「こちらからも言っておきますと、王都であなた方の本当の力に気付いているのは私と貴族に一人、あとは戦士団の面々だけでしょう。戦士団はあなた方への恩から、私と貴族はあなた方を敵に回したくないので口外することはありません」

「そうですか。それで、あなたの要求は?」

「八本指の壊滅を望んでいます。それも早急に」

 

 予想していた内容の一つだったため、モモンガは全く焦らない。

 

「国民のために、ということでしょうか?」

「はい。私と協力関係にある冒険者チーム『蒼の薔薇』が拠点の地図を手に入れました。移動される前に潰したいと思います」

「我々へのメリットは?冒険者が政治に関わるのは問題だとわかっているのでしょう?もうすでに先達が破っているようですが」

「……カルネ村の保護、では足りないでしょうか」

 

 その間、そしてカルネ村を出してきたことから彼女が切り札を切ったことを理解した。モモンガが動くとしたらカルネ村のことだと理解している。

 逆に言えば、それは逆鱗だということも察している。下手をすれば爆発するかもしれない綱渡り。それに足をかけた。渡るしかないと、乗り込んできた。

 モモンガがカルネ村を贔屓にしていることはエ・ランテルの冒険者組合に通っている人間なら誰でも知っている。二人の実力がバケモノだということと、カルネ村の安全。それくらいしか動かせる理由がないとわかりきっているからこその行動。

 

「それは先程陛下が保証されたでしょう。持ち帰って貴族と話し合うと言っていましたが、これを通さなければ我々の不興を買うとわかりきっている。本当の実力がわかっていないとしても、エ・ランテル最高峰の冒険者チームが王国から離れる可能性が出てくるのを見過ごすと?」

「冒険者の立場を王族も貴族も軽視していますわ。そして六腕を三人倒したとしても、所詮ミスリルとも考えているでしょう。そしてその三人、先程釈放されました。八本腕と関わっている者の手で」

「なるほど。我々の存在が都合悪いと考える者が多いと。そして排除するためにカルネ村を襲う可能性もあると」

「はい」

 

 そこまで腐っているとは思っていなかったので、少し考えてしまうモモンガ。王国はダメだとわかっていても、その予想をはるかに超えていた。

 だが、襲われたら返り討ちにするだけの戦力もある。もしそんな強硬手段に出てきたら王国から離脱すればいい。独立することは可能だが、それで村が成り立つか。返り討ちにしたとしても戦争は様々なものを奪う。圧勝できるとしても、その二次被害はどれだけ出るか。

 独立してしまってはエ・ランテルと商売などできなくなる可能性がある。モモンガたちも冒険者を辞めることになるだろう。周りは大自然と仮想敵国。助けはなく、自給率も今だって良いとはお世辞にも言えない。

 今の段階で茶々を入れられるのは勘弁願いたい。あと数年後ならどうとでもなるが、今王国と波立てるのはよろしくない。

 

「王女殿下が手回しをすればカルネ村は安全だと?先程の取り決めが通ると?そこまで一枚岩だとは感じませんが」

「はい。仰る通り、愚か者は目先の利益ばかりに目がくらみ、邪魔者は排除しようとするでしょう。今の現状を打破するためには改革が必要です。血も痛みも必要です。犯罪組織と繋がった者たちを排除し、無能な王を失冠させる。そうしなければこの国は破滅します」

「その繋がっている証拠として八本指の拠点へ攻め込んで書類でも何でも手に入れると」

「はい。第一王子を排除して、第二王子を擁立します。今の王は第一王子を切り捨てることができない病巣そのものです。王を排除せねばこの国に未来はありません」

「実の親でしょう?」

「血の繋がりがあるからこそです」

 

 はっきりと言い切った。その信念に嘘はないと感じていた。たとえ実の父親であっても冷酷に切り捨てられる。そのことに迷いもないのは王族としての在り方からかともモモンガは考えた。

 親は大事にするもの。それはモモンガが庶民だからの考えで王族や貴族には適応されないのだと思いつつも、違和感を覚えて断じる。

 

「嘘だな」

 

「嘘?父も兄も排斥することに良心は痛みませんが」

 

「それはおそらく本心だろう。だが、おそらく国民のためというのは嘘だ。国民のためと言葉にはしているが、熱がない。表情が本当に憂うものじゃない。要らないと思っている父や兄と同じように言われても信じられないな」

 

 それまでの丁寧な物言いではなく、詰問するかのような、咎めるような声色と口調。

 それで気を悪くしたという様子も、驚いた様子もない。誰もが思い浮かべる王女様。その在り方と表情を保ったまま問いかけられた。

 

「どうしてお気づきに?もしや魔法を使われたのですか?」

 

「頭の中を覗くような魔法は使っていない。これでも人の本当の善意というものを感じてきた身だ。それをお前からは感じられない。それに何かを演じる姿というのは見慣れている。何かを参考にして『良い王女』というのを演じているのだろうが、自然すぎると返って不自然に見えるぞ。些細なことから違和感へ転ずる。そうだな……。先ほどの従者へ向ける感情が自然なのであれば、国民を憂う善良な王女としては冷たい。私が気付いたのはそこだろう」

 

「なるほど……。参考にさせていただきますわ」

 

 もう一度、ラナーは紅茶を口に含む。カップを置いて姿勢を正してから、こちらを見る姿はどこからどう見ても完璧な王女だった。

 

「ですが、たった一人の大切な人を想う姿と、多数を想う姿は異なるのではありませんか?」

「人間、贔屓にする存在はいるだろう。そしておそらくお前はあの従者のために動いている。従者にも本当の姿はバレていないのだろう。そして会ったばかりの私が気付くようなミスを平時しているはずがない。……試したな?」

 

 モモンガの言葉を聞いた途端、ラナーは立ち上がってドレスの端を両手でつまみながら頭を深く下げた。王族や貴族がするようなお辞儀だ。

 

「申し訳ありませんでした。貴方様方二人を試させていただきました。私とクライムの平穏のために」

「外れてなかったか……。素直に白状したことには良いことだ。我々が何をしようとしているのか、値踏みしたのか?」

「はい。たった二人で陽光聖典を追い返されたということは、王国など簡単に滅ぼせるでしょう。法国の特殊部隊がガゼフを暗殺するのであれば、確実に殺せる手段があったはず。それすらも打ち倒せる貴方様方は冒険者をしてカルネ村に留まっておられますが、その真意はどこにあるのかと。されようと思われれば、世界を統べることもできますでしょうに」

 

 ツアーと同じく、モモンガたちの実力に勘付き危惧しただけ。ツアーのような力もなく、しかも住んでいる場所は曲がりなりにも辺境といえども自国の領土の一部。

 八本指のように内部から巣食う病ではなく、目に見える爆弾が活動を続けていれば目に留まるのも当然。

 むしろラナー以外が何も手を打っていないことが愚鈍なる証拠なのだが。

 

「我々はたしかにドラゴンすらも屠る力を持っているだろう。だが、しない理由は明瞭だと思うが?たった二人で、世界を統べてどうする?支配したとして、手が足りないだろう。この世界がどれだけ広いのか把握していないが……その全てにたった二人で目が届くと思うか?」

「……物理的には不可能でしょう。ですが、魔法やマジックアイテムを用いれば可能なのでは?」

「できるかもしれないが、それは統べたと言うのか?ただ返事をするだけの人間の上に立って、支配者気取りをするつもりもない。そんな仮初めの支配者で空回りするなんて馬鹿げているだろう?それに私は、根本的に人の上に立つということに向いていない」

「そうは思えませんが」

 

 ラナーは本心で言っている。魔法という地力もそうだが、パンドラという存在を部下にし、ブレインという名の知れた剣士を犯罪者から冒険者に取り立てたという実績もある。小さいコミュニティとはいえ、カルネ村の復興と運営に噛んでいることも調査済みだ。

 たとえ王国を統べることになっても、今よりは遥かに良い国にできる力と知識があると感じた。洞察力もある。人心掌握術も冒険者として培っている。

 エ・ランテルでもカルネ村でも英雄視されている人物だ。人当たりの良さとその実績から称賛の声が大きい。人を動かせるというのも一つの才能だ。

 化け物のような力を持ちつつ、人間の心も知っている。そんな存在が向いていないというのは矛盾している。

 

「なに、ただ私の過去が証明しているだけだ。私も昔はある組織でトップを務めていたが、その組織はもうなくなっている。もしそのメンバーが複数人、こちらに来ていたら世界征服も面白いなんて宣っていたかもしれん。実際にそう言っているメンバーもいた。

 だが実際にいるのは我々二人だけで。ここは私たちがいた世界とは異なる。前の世界では世界の頂点に立とうとしていたが、それはあくまで前の世界。この世界は君たちのもので、私たちは漂流者だ。前の世界に戻れる保証もないのだから、死なない程度に自分の住処を守ろうとするのはおかしな話か?」

「…………………おかしな話では、ありませんわ。では、その住処がカルネ村だと?」

「そうだな。そろそろ聞かれると思ったが、聞かないのか?」

「まるでこの世界以外のことを知っているような口振りのことでしょうか?時にそういった方々が現れるのは知っておりますので」

 

 ラナーは王宮から基本的に出られないとはいえ、情報収集だけならかなりできる。十三英雄や六大神と呼ばれるような存在がこの世界では考えられない力を持っていたということを。この世界を改変するようなことをしたということを。

 法国は隠しているようだが、漏れるところからは漏れている。敵対している評議国が率先して情報を流しているということもあるが、全ての情報を統合すれば隠したい出来事などは見えてくる。

 そこから推察すれば、目の前に座る存在がどういう存在なのかも確証は持てなかったが予想できていた。

 

「私たちの同郷の者がどんなことをしてきたかは大雑把に聞いている。だが、我々は国を支配したりはしないぞ。まず、やろうと思えばたしかに国を支配することは容易だ。だが、我々はとあるドラゴンに目をかけられていてな。大袈裟に暴れることは許されていない。そのドラゴンと喧嘩したら死んでしまうかもしれない。死ぬのは蘇生魔法があっても嫌だろう?興味もなければ死ぬのも嫌だ。そら、やる意味がない」

「私としましては、その言葉を信じるしかありませんわ」

「そちらにもこの国をどうにかできる手段があるのだろう?できる者がいるのなら任せる。私もパンドラも、国王や領主などやりたくないぞ。やりたくないものをやらされるのは避けたい」

「それには私も激しく同意いたしますわ。王女なんて続けたくありませんもの」

「おや、ようやく本音が出たな」

 

 お互い微笑む。それは作られた笑顔ではなく、言葉の通り出てきた本物の表情だった。

 そこからも三人の会談は続く。

 

 


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