甲状腺検査について
菊池誠 2019/6/2
福島で行われている甲状腺検査、先行検査の分析に続き、本格第一回の分析結果が出て、放射線被曝とは無関係という結論が報告されるようです。ようやくか、という感じです。そうこうしているうちに検査のほうは5巡目ですよ。
実のところ、発見された甲状腺がん(少なくともその殆ど全て)が放射線被曝と無関係であることは、それこそ検査をする前から明らかでした。被曝量が少ないと推定されていたからです。東電原発事故による放射能汚染では健康影響が見られるほどの被曝は生じていないというのが国連科学委員会などの国際的なコンセンサスです。
それにも関わらず、検査では次々と甲状腺がんが発見され、手術が行われました。理由は「無症状者を片っ端から甲状腺エコーにかけると、微小ながんが相当見つかるから」です。たしかに甲状腺がんではあるのですが、殆どすべては無症状の微小がんですし、さらにその大多数は症状をあらわさないまま終わる可能性が高いものです。
スクリーニングで見つけてしまえば、ガイドラインにしたがって手術するかどうかが決められます。担当の鈴木眞一氏は相当抑制的に手術を決めていると言います。それは事実なのでしょう。それなのに非常に多くの手術が行われてしまったのは、ガイドラインが38万人もの前代未聞の大規模スクリーニングには対応できていなかったからでしょう。ガイドライン通りでも過剰な手術は行われるということです。
多くはリンパ節転移があったではないかという意見もあるかもしれません。しかし、福島での甲状腺検査が示しているのは、転移があっても微小である限り問題ないということです。そうでなければつじつまが合いません。検査さえ行わなければ年間100万人に数人程度しか発見されない小児甲状腺がんに対するガイドラインが38万人の大規模スクリーニングにそのまま使えると考えてはいけなかったわけです。人類はそこまでの知識を持っていないのです。
そもそも無症状者への甲状腺スクリーニングには利益がありません。甲状腺がんには早期発見・早期治療が有効ではないからです。そして、過剰診断(死ぬまで症状をあらわさないがんを見つけること)などの害があることははっきりしています。受診者に利益のない検査を行うことは倫理に反します。この甲状腺検査ははじめから倫理に反するものでした。
よしんば、よしんばですが、被曝によって甲状腺がんがわずかに増えているのだと仮定しても(ありえませんが)、それでも無症状者への甲状腺スクリーニングは正当化されません。いずれにしろ、利益はなく害だけがあるからです。症状がないのに高精度エコーをかけてまで見つけださなくてはならない理由は全くありません。どのみち、見つかった甲状腺がんの殆ど全ては被曝と無関係です。
また、被曝によって甲状腺がんが増えたかどうかを知ることを検査の目的としてはなりません。上述の通り、受診者に利益のない検査は医学研究倫理を定めたヘルシンキ宣言に反するからです。甲状腺がんが増えたかどうかを調べるのは二の次、三の次。いちばんだいじなのは受診者にとっての利益です。それがないがしろにされています。
それを考えると、本来ならそもそも始めてはならなかった検査だったことがわかります。始めることを決めた専門家たちはその点で非難されても仕方ないと思います。そもそも「安心のため」などという曖昧な目的で手術につながる可能性がある検査を行うという考えかたがまちがっていたのです。では、それをいつやめるべきだったのかというと、それはかなりはっきりしています。2013年2月13日に開かれた第10回の県民健康調査検討委員会で3人の甲状腺がん確定が報告されています。これは明らかに多すぎるのです。この時点で、まずいことが起きているのははっきりしていました。この検討委員会で甲状腺検査の一時中止を決めなかった検討委員会には大きな責任があります。2013年の初めにはやめられたはずなのです。
既に多数の「検査の被害者」を出してしまった検査ですが、それでも、続けるよりは今すぐにやめるほうがましです。これまでに発見された甲状腺がんについては生涯にわたる補償を確約して、検査を即時中止にすべきです。だらだら続けている大人たちは無責任です。
せっかく大量被曝を免れた子どもたちが甲状腺検査の被害を受けるのは見ていられません。対象となるお子さんをお持ちのかたに訴えたいのは、自覚症状・他覚症状がないなら甲状腺検査を受けさせないでほしいということです。甲状腺検査を受けるかぎり、被害の可能性があります。被曝によって甲状腺がんが増えることはありませんし、どのみち甲状腺スクリーニングに利益はないのです。
最近出した星海社新書「各分野の専門家が伝える 子どもを守るために知っておきたいこと」にも甲状腺がんの問題点を書きました。いや、僕たちは2014年に出した「いちから聞きたい放射線のほんとう」ですでに、検査そのものの問題点も指摘されていると書きました。上で指摘した通り、本来ならその時点でとっくに検査は中止されているべきでした。
甲状腺検査に対する関心はあまり高くないように思いますが、ぜひ関心を持ってください。大規模な人権侵害が行われています。