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相模原障害者施設殺傷事件から2年 第2回 真に寄り添うための知恵を求めて

記事公開日:2018年08月10日

意思表示の難しい障害者を、心を失った「心失者」と決めつけ、津久井やまゆり園の入所者19人を殺害し、27人に重軽傷を負わせた植松聖被告。施設職員時代には、利用者とどんなかかわり方をしていたのでしょうか。たとえ言葉が話せない障害者であっても、やり取りの中で、意思も感性も共有できる瞬間があるはずです。今回は、行動障害のある利用者とも心を通わし、良好な関係を築いている福生学園の支援について紹介します。

行動障害のデータを組織全体で共有化する

「相模原障害者施設殺傷事件から2年」の前回の記事では、会津大学短期大学部教授の市川和彦さんの活動について取り上げました。知的障害者の施設から虐待や暴力を失くしていくには「事例研究」が効果的だと述べていましたが、その市川さんが、事例研究のアドバイザーを務めている法人のひとつが「社会福祉法人あすはの会」です。

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社会福祉法人あすはの会「福生学園」

東京の西部多摩地区、米軍の横田基地近くにあるあすはの会「福生学園」が開園したのは1994年。処遇の中核となる理念を「自己実現」とし、障害者アートや音楽療法など、利用者の表現活動にも力を入れる施設として知られています。

毎年11月には社会福祉法人「あすはの会」のグループ内にある各事業所職員が合同で、事例報告検討会を開催します。福生学園の施設長である菅原幸次郎さんは、自分たちの考え方を広く発信するために、自治体の障害者福祉の担当者や他の施設関係者などにも参加を呼びかけています。

事例報告検討会では、利用者の個別支援計画について取り上げ、「行動障害」などに対して、どのような対応を行い、それがどれだけ有効だったのかを検証していきます。福生学園の事例研究でこだわっているのは、データをもとに支援計画を客観的に評価することです。

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社会福祉法人あすはの会「福生学園」施設長の菅原幸次郎さん

「個別支援計画はどの施設でも作っていると思います。ただ、その支援計画に基づく実践が有効だったかどうかの検証をあいまいにしている施設が少なくないのではないでしょうか。“よくなったように感じる”とか、“私の前では問題がなくなっている”というような思い込みを語るだけで、組織全体でデータの裏付けをもとに検証しようとしない。それでは、ときには間違った支援が続いてしまうことになると思います」(菅原さん)

困りごとの原因を探る

例えば、強い自閉傾向のある男性の利用者が、他の利用者を突然押したり、椅子から引きずり下ろすという行動が顕著になったことがありました。

当初、他害行為の原因は不明でしたが、一日の時間帯ごとの他害件数のデータ(図1)を取ると、食事前後の自由時間に頻繁に現れることが明らかになり、何をしていいのかわからなくなる不安から他害行為が生じている可能性が浮上しました。また、食事前に待機するデイルームは、二人部屋の居室に比べて10人以上の人が出入りし、テレビもあって、視覚的、聴覚的な刺激が多く、そのこともストレスになっている可能性もありました。

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  図1 一日の時間帯ごとの他害件数 (福生学園支援部の資料より 6月~8月)

福生学園の支援員は、他害の増える時間帯に、その男性が好むパズルを居室で作成してもらい、一日のスケジュールをより細かに定めることで、何をしていいのかわからない男性の不安を取り除くようにしました。すると、その結果、6月、7月には月に40件ぐらいあった他害件数が、11月、12月頃になると月に数件にまで減っていくことになりました(図2)。

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  図2 年間の他害推移(福生学園支援部の資料より)

施設の暮らしはスケジュールが一律に決められているので、一般的には自由時間は望ましいものとして受け入れられるはずですが、自閉傾向の強いこの男性の場合は何をすべきかはっきりしている方が落ち着くということでした。経験や思い込みだけで判断しないで、客観的なデータを活用することで、望ましい経過に至った事例です。

「この男性の場合のように自閉症が行動障害と結びついている例は数多くあります。自閉症の方は健常者とは異なる世界をもっているので、よかれと思って行う支援が、ストレスや不安を生む場合もあります。だからこそ、相手の立場に立って考えるのにも、客観的なデータや専門知識が必要になるのです。福生学園では、とくに自閉症の人の独特の感じ方やこだわりを理解するための研修に力を入れています」(菅原さん)

入所時から行動障害が頻繁に見られる利用者もいれば、入所時には他者を困らせる行動が何もなく、職員との関係も良好だった人が、数年後のある日突然、物を投げつけたり、人を払いのけたりし始めることもあるそうです。行動障害はいつでも起こりえます。菅原さんは、支援者の都合から“困った障害者がいる”と決め付けるのではなく、本人の立場に立って、“困っている人がいる”と考えて対応するのが大切だと言います。

社会に包摂するための知恵を広げる

事例研究は、他害行動を減らして、他の利用者や職員の安全を確保するのが主目的ではなく、本人のストレスや不安をなくし、自己実現につながるような新たな活動へとつなげていくのが最終目的です。

このため、問題とされがちな行動だけではなく、自発的な活動や意思表示などのプラス面についても、具体的な例を挙げていきます。本人が興味関心を示すことは何か、どんなきっかけでコミュニケーションを取ろうとしたか、日中活動の中で、どんな変化が起きたのかについて話し合います。

事例研究のもっとも大きい効用は、職員が各利用者に関してマイナス面もプラス面も含めて、共通理解をもてるようになることです。自閉症の人は支援者の対応がバラバラなだけでも大きなストレスを感じるので、情報共有によって、全担当者が同じ対応ができるようになると、関係は大幅に改善するそうです。

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あすはの会の事例報告検討会

例えば、食事用のトレーをわざと床に落とす利用者がいました。食堂への誘導のやり方を変えたり、他の利用者が視野に入らないように席を変えたりすると、トレーを落とす行動は減少したかに見えましたが、月ごとのデータを取ると、再び増加している月もあることが確認されました。

そこで、トレーを落とすのは、言葉を発しない利用者の何らかの訴えではないかとプラス面に捉え直し、行為をとがめずに、本人の気持ちを探る言葉かけを増やすようにしました。すると、トレーを落とす行為はまったく見られないようになりました。さらに、それまで受身だった態度が、自ら支援員に手を差し伸べたり、手をつなごうとする能動的な態度に変化していったそうです。

あすはの会の事例研究アドバイザーのひとりである、会津大学短期大学部の市川和彦さんは、会が取り組んでいるような障害者とかかわるための技術やノウハウが、施設内にとどまらず、地域にまで波及することを希望しています。

家族が、「とても一緒には暮らせない。地域でも問題を起こしてばかり」と嘆いていた行動障害のある利用者が、施設職員の専門性によって、社会との接点を再びもてるようになる。それは、障害者を排除するのではなく、包摂するための知恵だと言えます。施設が変わるとともに、地域も変って、施設の壁が取り払われていく。植松被告のような人物を二度と生まないためにも、そのような知恵が広く共有される社会をつくっていくべきだと思います。

執筆者:Webライター 木下真

相談窓口・支援団体

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