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障害者殺傷事件から考える 福祉現場で働く人たちの“本音”

記事公開日:2018年08月03日

相模原市の障害者施設で、19人の命が奪われた事件から2年。犯行に及んだのは、かつてこの施設で働いていた「元職員」でした。障害のある人と接してきた職員が起こした事件に対して、全国の福祉現場で働く人たちから複雑な声が寄せられています。今回は施設で働く人たちが集まり、それぞれの本音を語りあいました。

福祉現場で働く人から寄せられる悲痛な声

相模原市の障害者施設で19人もの命が奪われた事件から2年。元職員が起こした事件に対して、全国の福祉現場で働く人たちから複雑な心境の声がNHKに届いています。その多くが、障害者の存在を否定した被告を決して許せないとしながらも、過酷な職場環境を放置すれば次なる加害者が生まれかねないと心配する声です。

被告人の「障害者なんかいなくなればいい」という言葉が心に残った。正直自分もそう思うときがある。身体を壊す前に、この業界から抜け出さないと、自分の命が縮まる… 利用者もう増えないで… そんなことを考えることも少なくない。

「毎日、パニックになり、暴れる、かみつく、殴る、蹴る。自分自身もけがをしないようにしながら、パニックになった利用者の安全も確保する。そんなスーパーマンのような仕事をしながら、手取りで月20万もいかない給与体系。心の糸がきれた職員が利用者に反撃に向かうことは止められない。」

事件のあと、いち早く追悼集会を開くなど、積極的に発言を続けてきた人がいます。東京大学准教授の熊谷晋一郎さんです。熊谷さんは、脳性まひがあり、車いすを利用しています。

画像(東京大学准教授 小児科医 熊谷晋一郎さん)

「事件のあとから私の中にあるのは、残された私たちは罪を負ったという観念はずっとあって、あとは贖罪っていうんでしょうかね。どう残りの人生を考えていくかっていうことを科せられているというふうな感覚はずっと続いていて。2年間考えたり動いたりはしてきたんですけれども。課題は多岐にわたるというか、それをどのように取り組んでいくのかを考えたいです。」(熊谷さん)

熊谷さんは、現場の声に向き合うことが大切だと考えています。
そこで、同じ思いを持つ4人に集まってもらい、話を聞きました。

画像

(写真左から)
自立支援事業所に勤める介助コーディネーターの渡邉琢さん
入所施設に13年勤め、副施設長の那須野豊さん
重度知的障害の入所施設に18年間勤務する副施設長の中村智恵さん
重度知的障害の入所施設に10年勤め、現在は同じ法人の通所施設で働く加藤祐輔さん

実は、加藤さんも相模原の事件の被告が元職員だったことに複雑な思いを抱いてきた一人です。事件後の根本的な議論が足りないと感じています。

「速報が流れたときに、とうとう事件が起きてしまったというのが、まず率直な感想でした。ただ、あの事件があって、結局『犯人の思想がおかしかったです。はい、おしまい。』になっている気がして、ちょっとそこは違うんじゃないかなと感じています。実際、何が変わったんだろうと思うと、そんなに昔と変わってないのかな、あの事件の前とあとでは。結局、犯人のせいに押しつけてしまって根本的なことを議論してない点に、自分は引っかかっています。」(加藤さん)

介助者の痛み その現場

「とうとう起きてしまった。」そう語った加藤さんは、浜松市の施設で働いています。

福祉の専門学校を出て、支援施設で働くようになった加藤さん。施設ができたのは21年前で、当時は珍しい「全室個室」を取り入れて、重い障害のある人たちが自由にのびのび生活できる先進的な施設として注目されました。加藤さんにとってもやりがいのある職場。一方で、悩むことも少なくありません。

施設の入所者は重い知的障害のある人が多く、中には自分や他人を傷付けてしまう行動障害がある人もいます。施設にある棚は穴が開き、壁には多数のへこみが見られますが、すべて入所者がたたいたり、頭をぶつけたりしてできたものです。そして、職員が暴力を受けるのも日常茶飯事。そんな中で、2年前に相模原市の障害者施設で起きた事件を見て、自分も加害者になりかねないことに気づいたと言います。

画像(たたかれて穴が開いてしまったロッカー)

「すごい傷をつけられて、その日の仕事が終わって家に帰って、ゆっくりお風呂に入ったときに、すごいしみて、すごい痛くて。それがつらくてお風呂の中で泣いてしまったこともありました。『このやろう、ぶん殴ってやろうか』と思うことは正直あります。嫌な思いをすることが多々あって、その中でフラストレーションがたまって、それを消化できないと、ゆくゆくは暴力にいたるんじゃないかなとも思いますしね。」(加藤さん)

一方、今回のもう一人の参加者、自立支援事業所に勤める介助コーディネーターの渡邉琢さんも介助者の痛みに、いま向き合わなければならないと感じています。障害のある利用者が暴れ、本来、助けるべき介助者自身が、助けを求めるような場面を何度も見てきました。

「暴れて手がつけられなくなる。そうなっている自分がわかるから、ますますドツボにはまってく。その自分がこの世で受け入れられないかもしれない、そういう不安がますます持って行き場がなくて、怒りなり激しい感情なりにどんどんとらわれていって。」(渡邉さん)

福祉職は「スーパーマン」ではない

障害のある人たちと向き合いたいという気持ちと、受け止めきれないときがあるという葛藤。熊谷さんは、こうした思いを福祉現場の人たちが孤独に抱えていることに危機感を感じています。

「あの事件によって感じたのは、普段から潜在的にずーっと持っていた、支援者との緊張関係ですかね。普段はコップぎりぎりの水みたいに不安を抑えているんだけれども、やはりいつ何どきその支援者との人間関係っていうのは暴力的なものに変質しかねないものとして、支援者との抜き差しならない関係は普段からずっともっていました。」

画像(熊谷さんの元に集まった参加者たち)

加藤さんは、介助者が苦しい思いをした時に、一人で抱え込むことなく仲間と共有ができたら、解消されることもあるのではと考えています。

「必要なのは、その思いを共有できる人が必要で、それを伝え合うことができたら、もっといい方向にいくとは思うんですけど、何となくそれは言ってはいけないような感じがするというか。で、実際それを言葉にしてしまうと、あなた何言ってんの、何考えてんのっていうリスクもやっぱりあって。やっぱり言ってはいけないっていう、誰にも打ち明けられないっていうか、一人で抱え込む原因になってるのかなと思いますけどね。」

さらに、番組には人手不足など福祉現場の労働環境の厳しさを改善することが必要だという声も多くありました。

「25人を夜間は1人で対応しています。日中でも3人。福祉はマンパワーが必要です。支援する側の質が利用者さんの態度や行為に反映されることもたくさんあるんです。」

上司に相談しても… 私たちのお「殴られ料金」給料には、「殴られ料金」も入っているとの返答。 そう思えるような賃金ではない中で、どう自分の気持ちに、折り合いをつけていけばいいのか?

立教大学教授で福祉政策が専門の平野片紹さんも、厳しい労働環境が改善されなければ2年前の悲劇が繰り返されると不安を抱いています。

画像(立教大学教授 平野片紹さん)

「今回の事件の一番怖いことは『障害=価値がない』『障害=異常』と勝手に決めつけて、それを勝手に排除してしまう極めて不寛容なんですね。今の社会の価値観の中で最も重要視されるのが効率や効果ですよね。福祉の職員としても、この資本主義の社会で能率や効率を第一に考える、成果を第一に考える社会に生きていますから。そういう意識が入り込んでくるのは当然なんです。そこで、彼自身が自分のことを考えることができなかった、そして職場でそれを変えていくことができなかった、そこに人手不足とか職場の厳しさがそれを起こしていると思うんですよ。それを否定するためのゆとりがないことが、最大の問題があると思っています。」(平野さん)

大切なのは障害のある人たちと向き合うこと

一方、介助者がつらい思いをしている時、障害のある人たちはどんな思いでいるのでしょうか。
話し合いの場では、障害者の暴れるなどの行為には、理由があるという意見も相次ぎました。

「やっぱり蹴る、殴る、引っかくっていうことは何か訴えてると思うんですよね。ある職員さんたちは、わがままだとか、育ちが悪いとか、親の教育が悪いなんて言うんですけど、よくよく調べたら便秘だっただけだっていう落ちなんですよね。どうしてそういう行為になってしまうのかっていう背景なんかに迫れるといいのかなっていうのは、気がします。」(那須野さん)

「その意味ですね。行為の意味っていうの、あるいは症状の意味。取り除くんじゃなくて意味を探るっていうのが、この問題のかなり中心に、簡単ではないんですけれども、中心に位置づいてると思うんですね。」

渡邉さんの職場では、介助者の苦しみを介助者だけで抱え込まないために、ある取り組みを始めました。利用者が暴れたとき介助者はどんな思いだったのかを知ってもらったうえで、なぜ「暴れる」という行為に至ったのか、みんなで背景を探るのです。

画像(本人と介助者一同が集まるミーティング)

こうした話し合いを進めた結果、利用者の暴力的な行為は減っていると言います。

「それぞれ関係している人がそれぞれのことを語れば、自分ひとりだけじゃないんだな、このしんどい感覚はというのは支援者間でも共有できると思います。あるいは、障害のある方本人とつながるきっかけのものでもあるというようなことがある程度わかると、かかわり方も変わってくるだろうし、そういうことを最近考えるようになりました。」(渡邉さん)

「私たちの施設でも、利用者さんや仲間と一緒に話す機会を持つようにしていて。例えば、けがや病気でお休みをされる職員がいたときに、『職員がこういう事情でみんなの助けが必要なんだけど、みんなどんなふうに一緒に頑張ってくれるかな』っていうのを利用者さんや仲間に投げかけています。そうすると、『何だ、言ってくれれば。じゃあこんなことが手伝えるよ』というやり取りがされるようになりました。体調を崩した職員が次に来たときに、利用者さんと仲間が『大丈夫?』って声をかけたら、休んでた職員も『ああ戻ってきてよかった』って思えて、また大事にしようという支援につながる循環になるのかなと思います。」(中村さん)

こうした取り組みを、熊谷さんも評価しています。
「一言で言うと民主化なんですよね。徹底した民主化の手続きというか、これまで当事者が排除された場所で、すべてが決まっていたんだけど、それをちゃんとみんながいる場所で決めましょうという、極めてシンプルで誰も否定しようのない取り組みが、非常に効果を発揮しているっていう話ですね」

最後に、熊谷さんは福祉現場で働く人たちにエールを送ります。

画像(東京大学准教授 小児科医 熊谷晋一郎さん)

「障害のある人への偏見とか差別の感覚を、私はスティグマ(レッテルを貼り差別をすること)の問題として考えてきました。スティグマの問題がすごく難しいのは、今回の犯人もそうでしたけれども、最初のスティグマの発生源は身近な人であることが多いと。一方で、スティグマからの解放というのも身近な人と触れ合うことなんです。つまり、身近な人は原因であり解決でもあると。障害のある人とどのように一緒にいるのかということが極めて重要で、現場で最初は偏見を身近な人に対して持っていたけれども、それが徐々にほどけていくようなプロセスの中に答えがあると思うんですよね。そこをうまくすくい取って、社会の中にそれを広げていくようなことを考えていかなければならず、その最前線がここに集まった人たちだと。」(熊谷さん)

これまで語られることが少なかった、福祉現場で働く人たちの葛藤。被害者も加害者も生まないために、ハートネットTVではこれからも考え続けます。

※この記事はハートネットTV 2018年7月26日放送「障害者殺傷事件から2年 福祉現場で働く人たちの“本音”」を基に作成しました。情報は放送時点でのものです。

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