第548話 ミシェルvs三人組
些細な騒動はあったが、ミシェルちゃんと三人組との対戦が始まった。
いつもの狩猟弓を両手に持った彼女は、緊張した面持ちで三人に対峙している。
そこで俺は、彼らの名前を聞いていないことに気付いた。一応依頼人である以上、それくらいは知っておかねばなるまい。
まさかモヒカンとか、スキンヘッドとか、入れ墨とか呼ぶわけにもいくまい。
「そういえば君たちの名前は?」
「あん? 今更な質問だな。俺の名前は……セバスチャンだ」
その名前を聞いて、俺は自分の体幹が傾くをのを感じた。
どう聞いても、どこかの貴族の執事にしか聞こえない。
「俺はフランシスだ」
「俺はアンドリューだ」
「ちょっとお前らの親と話がある!」
彼らの名前には何の罪もない。しかし俺はそう叫ぶのを我慢できなかった。どうしてどいつもこいつも、貴族然とした名前を持っているのか。
こいつらは確か田舎の漁村出身のはずだ。
「人の名前にケチをつけるとは、礼儀のなってない女だな」
「うっ、それは悪かったよ」
セバスチャンと名乗った男の主張はもっともなので、これは俺も謝罪しておく。
ともあれ、彼らの名前に関しては本題ではない。
気を取り直して、ミシェルちゃんとの対戦の準備を進めておく。
ミシェルちゃんは
矢は殺傷力をなくすため、
クッションには落ちやすいインクを染み込ませているため、致命傷を負った場合も視覚的に確認しやすい。
同様に三人組の持つ練習用の木剣も、刃の部分にインクを染み込ませた布が仕込まれている。
剣の形をした板を二枚組み合わせて、布を挟む構造らしい。
「それじゃ、ちょっと気が抜けちゃったけど、ミシェルちゃん対エセ貴族三人組……」
「誰がエセ貴族だ!?」
「はじめー」
間延びした俺の合図とともに、ミシェルちゃんが矢筒から矢を引き抜く。
一瞬にして練習用の矢を
それまでのおどおどした仕草からは考えられないほど、鋭い眼光。いつも思うのだが、この変貌ぶりはほとんど二重人格だ。
もちろん彼女との対戦が初めての三人に、これが避けられるはずもない。
完全に不意を突かれたアンドリューの額を、練習用の矢が強打する。
その衝撃であっさり意識を手放すアンドリュー。
半ば吹っ飛びながら大の字に倒れる彼を尻目に、次の矢を矢筒から引き抜くミシェルちゃん。
しかしそれほど離れた距離で戦闘を始めたわけではないので、地の利は三人組の方にある。
フランシスは一瞬で倒されたアンドリューに度肝を抜かれ、思わず仲間の方を振り返っていたが、セバスチャンはこの距離の有利を逃さないようにミシェルちゃんへと踏み出していた。
「くらえぇぇぇ!」
大きく剣を振りかぶって、ミシェルちゃんへと叩きつけようとする。この機を見逃さなかったのは大したものだが、その攻撃はいただけない。
ミシェルちゃんも近接戦の修業を積んできているだけに、大振りな攻撃などあっさりと捌いてのける。
大上段からの攻撃を一歩横に移動することで躱し、その手を狩猟弓で強く打ち、剣を叩き落とす。
そのまま弦と弓の間に首を挟み、背後に回って締め上げていく。
首を絞められてそれどころではなかったようだが、セバスチャンの背にミシェルちゃんの胸が押し付けられていることを、俺は見逃さなかった。
弦から身を守るための革製の胸当てが、大きくひしゃげているのが見て取れる。
もっとも締め上げられているセバスチャンはそれどころではなかっただろう。呼吸すらままならず、じたばたともがいた末に意識を失った。
残るはフランシス一人だが、彼は予想外の行動を採っていた。
倒れたアンドリューを引き起こし、その背後に隠れたままミシェルちゃんの方に肉薄したのだ。
「きゃあ!?」
セバスチャンを絞め上げていたミシェルちゃんに、この突撃を躱す手段はない。
とっさに首から弓を外し、フランシスを射抜こうとしたが、アンドリューの身体が邪魔になってそれは叶わなかった。
決定的な攻撃ができず、アンドリューとセバスチャンの身体ごともつれるように地面に押し倒される。
そこへフランシスの攻撃が襲い掛かる。
「うわああああああああああああああ!」
ほんの数秒で仲間を二人倒されたため、フランシスは半ば狂乱状態に陥っていた。
だからこそ味方を盾にするという、非情かつ予想外の手段を採ることができたとも言える。
それが完全にミシェルちゃんの不意を突いた。しかしそれが上手くいくのも、わずかの時間だけだ。
狂乱状態ではすべてが最適手となることは、絶対にない。今回は叫びながら剣を振り下ろしているのが問題だった。
この状況では、剣をコンパクトに突き出していくのが正解だ。それができず剣を振りかぶっていることが、大きな隙を生み出していた。
ミシェルちゃんは自分の身体にまとわりついていたセバスチャンの身体を蹴り飛ばし、フランシスの動きを封じる。
同時に撃てなかった矢を逆手に持ってフランシスの足に突き立てる。
もちろん鏃は付いていないので、矢が突き立つことはない。本来ならば足が使い物にならなくなり倒れ込むことになっただろうが、クッションに包まれた矢ではダメージを与えられない。
そこでミシェルちゃんは膝裏に矢を引っかけ、フランシスを転倒させていた。
「やぁ!」
そしてその背にまたがり、首筋に鏃部分を押し付けた。
クッションに包まれているため、ダメージは与えられない。しかし明らかな致命傷になる攻撃。
これを有効打と認めないわけにはいかない。俺はこれを持って戦闘の決着と判断し、高らかに宣言した。
「そこまで。勝者ミシェルちゃん」
この声と同時に、訓練場内は歓声に包まれた。
遠距離戦のスペシャリストと思われたミシェルちゃん。その彼女が新人とはいえ三人相手に華麗に接近戦で勝利を収めたのだから、この歓声も理解できる。
今まで彼女の実力を知らなかった連中も、これでその事実を知ったことだろう。
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