第547話 勝利の報酬

 ギルドにある訓練場は、たいてい地下に存在する。

 これは冒険者たちが戦う時に出す掛け声や魔法の爆音などが、都市部においては近所迷惑になるからである。

 もっとも経済的に地下に作れない辺境などでは、そのまま郊外の空き地などを借り受け、そこで訓練を行うこともある。

 その点ここストラールの街は、潤沢な運営資金を持っているので、かなり頑強な地下訓練場が建築されていた。


 そんなギルドの廊下を歩いていると、職員の視線が俺たちに突き刺さってくる。

 これはいつもの俺たちの外見への視線ではなく、警戒のための視線だった。

 マクスウェルが北部三か国連合で、職員に化けたクファルに妨害を受けて以降、ギルド内における監視の目が厳しくなっているためである。

 それともう一つ、俺たちへの視線が厳しくなる要因の一つとして……新人たちの外見が挙げられた。


 どうやら、新人であることで舐められないようにと気合を入れた格好をしてきたようなのだが、その方向性がどうにも斜め上過ぎた。

 これではどこかのならず者と勘違いされても、おかしくない。

 そんな人間が警戒の厳しいギルドの中を練り歩いているのだから、視線も鋭くなるというモノだ。

 もっとも、そんな視線どころではない人間も、ここにはいる。


「に、ニコルちゃん、大丈夫?」

「ン、全然大丈夫。そもそも彼らは素人なんだから、わたしたちが負けるわけないでしょ?」

「そりゃ、ニコルちゃんとかクラウドくんは強いから平気かもしれないけどぉ」

「忘れてるようだけど、わたしたちの中で一番殺傷力が高いのはミシェルちゃんだからね」


 何せ七歳の時点で突撃猪ストライクボアを仕留め、十歳で山蛇を射殺し、その後もゴブリンの集団を蹂躙したりと、ここぞという場面で彼女は大手柄を立てていた。

 その功績の大きさは他の追随を許さず、それこそ六英雄に準ずるくらいはある。

 さすがに俺たち六英雄ほどのモノはないが、山蛇討伐などは国を挙げてその名を称えるほどの功績だ。

 もっともその栄誉はプリシラに渡してしまったのだが、それがあって彼女がエリオットと結ばれたというのなら、それはそれでよいことだと思う。


「言ってくれるじゃないか。お前らみたいな女子供に俺らが負けると思うのかよ」

「こう見えても故郷じゃ、ちったぁ名が売れてたんだぜ」

「そうそう。俺らの顔見たら村人が道を譲るくらいにはなぁ」

「その顔じゃ、道くらい譲ると思うよ。わたしだってそうする。関わりたくないし」


 モヒカン棘肩パットの三人組なんて、どう見ても厄介ごとの臭いしかしない。

 たとえ前世であっても、こんな連中とはかかわりあいになりたくはない。今でもなりたくはないけど、なってしまったものはしかたない。


 そうして訓練場までやってくると、他の冒険者たちがなにごとかと視線を向けてくる。

 もっとも注目されるのはいつものことなので、ここはいつも通り無視して訓練場に足を踏み入れた。


「それじゃ、どうする?」

「どうするってなんだよ?」

「一人ずつ相手するか、三人一緒に相手するか」

「な、舐めんじゃ――」

「言っておくけど、ミシェルちゃんは君たち三人くらいなら、まとめて始末できる腕があるから」

「うんう――ん? うえええぇぇぇ!?」


 俺の言葉に最初頷いていたが、途中でそれが自分の役目と知って、驚愕の声を上げるミシェルちゃん。

 まったく、この子は自覚がないというか、いちいち反応が可愛らしい。


「バカにされたのはミシェルちゃんなんだから、ミシェルちゃんが相手にするのは当然じゃない?」

「いやいやいや、そこはリーダーのニコルちゃんの仕事じゃない?」

「たまにはサボらせてよ」

「こんな時に怠け根性出さないでよぉ!」


 とはいえ、俺の意見に真っ向から歯向かえるほどの度胸も、彼女にはなかった。

 つまり彼女にとって、この三人組よりも俺の方が怖いという証でもある。少々微妙な気分だが。

 俺に背を押されるように前に押し出され、彼女の狩猟弓を両手で持って震えていた。

 そんな彼女にトドメを刺すように宣言する俺。


「いちいち一人ずつ相手するのも面倒だから、三人まとめてでいっかな」

「ば、バカにするな!?」

「俺たちを舐めるのもたいがいにしやがれ!」

「ふざけやがって、痛い目見せてやる」

「そーだそーだ、もっと言ってあげて」


 口々に俺に反駁する三人と、その尻馬に乗っかるミシェルちゃん。君はどっちの味方なんだ?


「ニコルちゃんってば、いつも無茶振りばかりしてくるんだから、この機会に反省してもらわないと!」

「負けたらミシェルちゃんの乳揉みたい放題券を差し上げよう」

「よっしゃ、さっさとやろうぜ!」

「うおおおぉぉぉ、盛り上がってきたぜ!」

「やっべ、俺ちょっと鼻血が」

「ひにゃあああぁ!! なにいってるんだよぉ!?」

「待てそれなら俺も!」

「俺も俺も!」

「こうなったら全員でかかるしか!」

 

こういう連中は負けてもおとなしくそれを認めるような真似は、なかなかしない。

 最初から本気で、しかも言い訳が利かないくらい全力で掛かってきてもらわないと、後々尾を引く可能性がある。

 そこで連中が一番食いつきそうな餌をぶら下げてみたのだが、どうも連中以外の見学者からも参加表明が飛び出していた。

 どうやら薬が効きすぎたようである。


「じ、じゃあ、わたしが勝ったらニコルちゃんのおっぱい揉み放題券ね」

「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」

「待て、なんでそうなる!?」


 ミシェルちゃんから飛び出した言葉に、地下闘技場が揺れるかというほどの歓声が響き渡った。

 そもそもミシェルちゃんが勝利することは既定路線なんだから、それは本末転倒である。

 俺の必死の交渉の末、ミシェルちゃんが勝利した暁には、ミシェルちゃんとフィニアが俺の胸を揉むことになった。

 どうしてこうなったのかは、俺もよくわからない。あとフィニア、なぜいつの間にか紛れ込んでいるのか?

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