第545話 依頼の下調べ

 新人育成の件、ミシェルちゃんやレティーナに相談してみたが、案の定というか、反対の声もなくあっさりと了承してくれた。

 これを受けて、正式にガドルスに依頼を受けると伝えておく。

 その際にどんな新人なのかも、前情報として聞き出しておいた。


「年齢は十五から十七の新人じゃな、少々遅めのデビューというところか」

「わたしたちと同い年くらいなんだね。先生、上手にできるかなぁ?」

「ミシェルちゃんの弓の腕を見せたらイチコロだと思うけどね」

「そーかなぁ?」


 俺の横にやって来て話を聞いていたミシェルちゃんが、そんなことをのたまっていた。

 ぶっちゃけ視認すら難しい距離にいる敵の目すら容易く射抜く彼女の腕は、見る人が見れば腰を抜かすレベルである。

 もし彼女が生まれるのが二十五年早かったら、確実に邪竜退治に駆り出されていただろう。

 俺やコルティナは戦闘系技能とは言い難い能力を持っているが、そういった技能を複数持っているため、組み合わせの妙で難局を乗り越えることができていた。

 かたやミシェルちゃんは、戦闘系技能一つでこの能力だ。やはり神の恩寵ギフトの良し悪しというモノは、歴然として存在する。

 温和な彼女があの時代に生まれなかったことを、それこそ神に感謝しよう。


「今までの活動域はラウム西方の港町……というか漁村だな。おかげで正確な情報は入ってきていないが、そんな田舎なら注意すべき点もそれほどないだろう」

「国の辺境で、危ない薬作ってた学生はいましたわよ」

「それは公爵家の後ろ盾があってのことだ。今回の連中はそんな大物じゃない。むしろ田舎の小物だな。かなりヤンチャしてたという情報はある」

「それがまた、なんでこのストラールに?」


 西方の漁村を拠点にしていた連中が、どうしてこの北の国境沿いにあるストラールにやってきたのか、それが疑問だった。

 漁村の正確な位置は知らないが、少なくとも、ここまでかなりの距離があるはず。


「どうせヤンチャが過ぎて、村にいられなくなって追い出された、というところだろうな。ギルドの方で基礎技能の不足を指摘されての、今回の依頼だ」

「田舎から出てきたばかりの奴が、よくこんな依頼を出せたもんだな」

「なんでも浮きワカメの採取で小銭を稼いでいたんだとか」

「ゲホッ!?」


 懐かしい名前が出てきて、俺は思わず咳込んでしまった。

 浮きワカメは海面に浮いた植物を溶かして養分とする、海棲系モンスターの一種。

 かつて、俺たちはそいつを採取しようとして、ヒドイ目に遭ったのを覚えている。そういえば、初めてアレが来た時も、あの時だったなぁ。


「あー、あの水着を溶かすヤツぅ」

「イヤですわね。あんなのをよく捕まえますわ」


 直接被害に遭ったわけではないミシェルちゃんやレティーナですら、記憶に残っているモンスターだ。

 被害担当者だった俺やフィニアは言うまでもない。フィニアなどは珍しく眉間にしわを寄せて、嫌悪を表明していた。

 なお、クラウドはやや前かがみになっている。あられもないフィニアを思い出したのか、それともその後に焼かれたことを思い出したのかで、この後の処遇が別れるところだ。


「連中、男ばかりだからな。水着すら必要なかったのかもしれん」

「『水着すら』って、どういうことですの?」

「そりゃ、履いてないってことだろうなぁ。俺はやりたくないけど」


 レティーナの疑問に、クラウドが即答した。確かに男ばかりだと、その辺の羞恥心などは皆無になる。

 俺やライエルも昔は、マリアやコルティナの視線がないところで、そうやって魚を獲ったりしていたものだ。

 なお、攻撃的な魚に危険な場所を噛み付かれ、マリアから軽蔑の視線を受けながら癒してもらったのは、若気の至りという奴だ。


「野蛮ですわね……わたしたちで大丈夫かしら?」

「実力的にはお前ら足元にも及ばんだろうな。浮きワカメ採りはある程度の金にはなるが、それしかやってないという点でお察しだ」

「ヤンチャしたって情報は?」

「なんでも、干し魚を盗み食いしたとか、漁具置き場で煙草を吸ってボヤを出したとか、そういう話がいくつか入っておる」


 俺の質問に、ガドルスはすらすらと返答してきた。つまりここは、ガドルスも気になった部分で、前もって調べておいたと言うことだろう。

 それにしても、ボヤ騒ぎは良くないな。地方だと、それだけで重罪に処されていてもおかしくない。


「ギルドにはワシから連絡しておくから、向こうの準備が整ってから依頼開始ということになる。いつでも出発できるように準備しておけ」

「はぁい。わたし、先生とか初めてだなぁ」

「俺だってやったことねぇよ。教えてもらう側ばっかりだったし」

「わたしは高等部で少し指示したことがありましてよ」


 レティーナは自慢げに胸を張っていたが、お前森の中で火属性魔法ぶっ放していたよな。実戦から離れてかなり鈍ってないか?


「あ、レティーナは無理だ。今回の依頼、日をまたぐことになるからな」

「ええーーー!?」

「そもそもお前も、マクスウェルの許嫁だ。あまりフラフラと遊びまわるのは、さすがに外聞が悪いぞ」

「あうぅぅ……」


 ガドルスに諭されては、レティーナも反論のしようがない。

 それにマクスウェルの好意でここまで来ているのだ。あまり我が儘を通すのも、よろしくなかった。


「ま、ここは諦めておいてくれ。それで……その人たちがちゃんと準備できるかもわからないから、こっちでも用意は人数分しておいた方がいいよね?」

「その可能性はあるよな。素人同然らしいし」

「でも荷物が多過ぎませんか? 私たちで持ち運べるか、不安です」

「それなら大丈夫、馬車があるから!」

「俺だってエリザベスがいるからな!」

「残念、森の中を進む場合、馬車は使い物になりません」

「二頭立ての馬車を持ってますの? 全部で三頭ともなれば、維持費が大変でしょうに」


 レティーナの指摘に、エヘンとばかりに、二人そろって胸を張るミシェルちゃんとクラウド。

 真っ先に維持費を口にするところは、さすがに馬を飼うことの難しさを知っているというべきか。


「そこはそれ。わたしたちはもう四階位で、それなりに稼ぎがいいからね」

「ムゥ、私はまだ三階位のままですのに……」

 

 俺たちの階位が上がったのは、レティーナが離脱してからだ。なので彼女の階位は、俺たちと別れた時のままになっている。

 それを悔しそうにしながらも、彼女の表情はどこか楽しそうに見えた。

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