第543話 クダ巻き英雄

 その日の夜、ラウムからストラールに戻った俺は、こっそりガドルスの宿のカウンターにしけ込んでいた。

 フィニアは何となく元気がない俺の空気を察して、部屋に戻っていてくれている。

 こうして俺がガドルスとカウンターでクダをを巻くのは、一種のストレス発散のためと気遣ってくれているからだ。


「ガドルスぅ、もう一杯くれぇ」


 すでに宿の食堂は閉めている時間のため、食堂内には俺とガドルスしかいない。

 おかげで遠慮なく酒に酔えるというわけだ。


「もう一杯って……お前、これで酔えるってのは大概だな」

「この身体が酒に弱いのは知ってるだるぉ」

「まさかエールをオレンジジュースで割って氷を足したもので酔えるとは思わんかったわ」


 確かにここまで薄めると、アルコールの風味のあるジュース程度でしかない。

 しかしそれでも酔えるのが、この身体である。ある意味お得な体質だ。


「前世のお前も酒に弱かったが、今はそれ以上だな」

「うっせ」

「その辺はマリアに似たのだな。彼女も酒に弱かった。で、今回は何がそんなにショックだったんだ?」

「うー……」


 別にショックなことがあったというわけではない。ミシェルちゃんやクラウドの力量が、すでに一般的なそれを越えていることは、俺が一番よく知っていた。

 だが、冒険者としての立ち回りまではそうではないと思っていた。それが今日の昼の様子では、俺の杞憂であることが判明してしまったのだ。

 彼女たちはもう、俺がいなくても一流の冒険者である。それがうれしくもあり、寂しくもある。


「これが子離れをする親の気持ちか」

「子も持っておらんくせに何を言っておるんだ」

「俺が作れるわけないだろう!」

「作れるだろう。産む方だが」

「やかましいわ!」


 半眼になってガドルスに怒鳴り返し、俺はカウンターに突っ伏した。むろん酒の入ったグラスをこぼさないように、除けてからだ。


「あの子たちも、もう十五だ。クラウドは十七か。別にお前無しでやっていけてもおかしくはない。それに相応に修羅場も経験しておるし」

「……まぁな」


 山蛇を倒しもした。クラウドに至ってはマテウスと激戦を繰り広げ、腕を切り落とされたりもした。ミシェルちゃんはゴブリンの集団を殲滅したりもした。

 レティーナだって、捨てたモノじゃない。

 ギフトを持たない身とは言え、たゆまぬ努力を続け、今ではその技量は俺も一目置くほどだ。

 彼女たちの努力や経験を、認めないわけにはいかない。


「そうだな、もう一人前として扱わないと失礼になるか」

「なんだったら、別の新人の世話でもしてみるか?」

「それも……」


 悪くないか、といいかけて俺は言葉を詰まらせた。

 新しくパーティを作ったとしても、そいつらと仲良くできるかどうかは運次第だ。

 今のパーティは言うなれば、俺が一から作り上げ育て上げた仲間たちである。

 その仲間と別れ、また別のパーティにというのは、何か違う気がする。

 いや、俺に未練があると言った方がいいか?


「いや、それは何か違う気がする」

「そうか? なら別の仕事を斡旋してみるか」

「別の仕事?」

「なに、さっき言ったことと同じだよ。もっとも違うところはお前一人ではなく、仲間と一緒に受けてみないか、というところだな」

「新人教習ねぇ。ミシェルちゃんの時はあまり感じなかったんだが、いい印象はないんだよな」

「前世では散々失敗しておったからな」


 過保護が過ぎて、手を出し過ぎる。そのため教育にならないと、散々ガドルスに叱られていた。

 その性質は今でも受け継がれていて、ミシェルちゃんやクラウドの育成でも、やや手を出し過ぎている気がしないでもない。

 しかしその心配も、今日の一件で綺麗に晴れた。


「そうだな。そろそろ皆にも、外からの視点で冒険させてみるのもいい頃合いか」


 新人たちを外から見守り、指示を出し、責任をもって育成する。そういう経験を積んでも、悪くない実力になってきている。

 そこで俺の背後に、慣れた気配を感じ取っていた。

 土と草の混じったような薬の匂い。そしてエリクサー独特の濃密な緑の匂い。

 この世界でエリクサーの匂いを漂わせるのは、俺の仲間たち以外にいない。そして薬の匂いも纏っているとなると、マリアかマクスウェルしかいない。

 そして両者の体格には大きな違いがあり、足音や床板の軋みから、マクスウェルであろうとアタリをつける。


「おぬしは魔法の修行があるじゃろうに。まあいい、ならばレティーナ嬢も一緒に連れて行ってくれんかの?」


 聞こえてきたのはやはり、聞き慣れたマクスウェルの声だった。

 あちらにも俺を驚かせようという意図はなかったらしく、普通に声をかけた後、何ごとも無かったかのように隣の席に座る。

 そして最近は特に慣れた仕草で、いつも注文している酒をガドルスに要求していた。


「まったく。もう店は閉めたというのに、お前らときたら」

「秘密を共有する仲間同士じゃ、それくらい多めに見んか」


 愚痴を漏らしながらもガドルスは棚から瓶を一つ取り出す。それはマクスウェルが好む白ワインの瓶だった。

 今の俺にはきつすぎて相伴に預かれない代物だ。


「べつに、レティーナを連れて行くのは問題ないけど、仕事を受けるかはみんにゃと相談……しないと……」

「すでにろれつが回ってないんじゃが、そんなにきついのを飲ませたのかの?」 

「いや、エールが四分の一のオレンジジュースを一杯だけ」

「それで潰れるとか、マリア以上に弱くないか?」

「確実に弱いな」


 面白そうに俺を見つつも、慣れた手つきでワイングラスに白ワインを注ぐマクスウェル。

 鼻先にグラスを持っていき、存分にその香りを楽しんでいる。


「悪くない酒だのぅ。それよりレイド、お主は魔法の修行中だというのに、勝手に仕事を受けるでないわ」

「ガドルスの仲介らから、いいだりょう?」

「子供扱いしていた仲間の成長にショックを受けるのはわからんでもないがの。まあこの状態で修業しても、ろくに身につかんか。ガドルス、すまんが頼む」

「任せておけ。今回はそれなりのを用意してやる」


 カウンターに突っ伏した俺は、すでに意識を保っていられなくなっていた。

 耳には心地よい仲間の声。これ以上安心して眠れる環境もあるまい。

 とにもかくにも、俺は酒で憂さを晴らし、ついでに次の仕事を仕入れたのだった。

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