香港で、中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正案に反対する運動が大きな広がりを見せている。16日も100万人規模が参加する大規模なデモがあった。12日には若者らと警官隊との衝突で多数が負傷する事態も発生している。
香港政府トップの林鄭月娥行政長官は15日、改正案の立法会(議会)での審議延期を発表した。市民の激しい反発を受け譲歩せざるを得なかった形だ。
条例改正は事実上の棚上げに追い込まれたが、林鄭氏は改正案撤回には応じないと明言した。だが民意を踏まえ、香港の自治を守る上でも改正案は撤回すべきだ。
香港は1997年に英国から中国に主権が返還されたが、その後も社会主義の中国に資本主義を併存させる「一国二制度」下で、高度の自治が内外に約束されてきた。憲法に相当する香港基本法で、返還後50年は言論や集会の自由などが保障されている。司法制度も中国本土とは異なり独立を維持してきた。
香港政府は今回の条例改正案について、台湾で殺人を犯し逃げ帰った事件を理由に挙げた。だが改正案が可決されれば、市民らが不当に拘束され、本土に引き渡される恐れがあると懸念されている。
中国国内では厳しい言論統制の下、共産党に批判的な人権派弁護士や民主活動家らが刑事事件で摘発されるなどしており、司法の在り方が国際的に批判されてきた。
条例改正に対し香港では、政治的な関心が薄いとされる中産階級でも反発が強く、経済界や親中派でも異論が続出している。社会の安定や安心を形作ってきた「司法の独立」が脅かされていることへの危機感の強さが見て取れる。
香港では2014年にも、行政長官選挙を巡り民主派を排除した中国への反発から、学生らによる大規模デモ「雨傘運動」があった。だが15年には中国に批判的な本を取り扱う書店の関係者5人が失踪し、中国で拘束された。16年には反中派議員2人の資格が中国により剝奪されるなど、民主化の動きが力で封じ込められ、言論や出版の自由が危機にひんしてきた。
中国政府による長年の強権発動に市民の不信と不満が高じているのだろう。民意を一顧だにしないその姿勢は、県民投票や知事選で示された新基地建設反対の民意を無視し続ける日本政府の姿勢とも重なる。香港の人々の危機感は痛いほど分かる。
逃亡犯条例改正について中国、香港当局はともに香港主導の取り組みだと強調している。だが過去の経緯からしても、その説明は信用できず、中国外務省も改正への支持を繰り返し表明している。
香港の自治を侵害し、民意に圧力をかけるような振る舞いは許されない。国際社会は積極的に関与すべきであり、日本政府も毅然(きぜん)とした態度を示す必要がある。