沖縄戦を巡る記憶継承のあり方が今、大きく変わろうとしている。

 沖縄戦体験者が、戦争を知らない世代に、自らの体験を通して、沖縄戦の実相を語り伝える-それがこれまでの普通の姿だった。

 だが、体験者の高齢化や現役引退が急速に進んだ結果、従来のような記憶継承は難しくなった。

 代わって、沖縄戦を経験していない非体験者が体験者から学び直し、非体験者に語り伝えるという試みが急速に広がりつつある。

 今年、開館30周年を迎える糸満市のひめゆり平和祈念資料館は、いち早くこの試みに着手した。

 沖縄戦はしばしば「ありったけの地獄」を集めたような戦争だと形容されるが、その言葉を引用しただけでは何も伝えることができない。

 若い世代はそもそも「ありったけの地獄」をイメージできないのだから。

 例えば、1951年に刊行された「沖縄の悲劇-姫百合の塔をめぐる人々の手記」や53年に発行された「沖縄健児隊」は、学徒隊が経験した軍民混在の戦場を生々しく描ききった戦記である。

 こうした作品に接することで戦後生まれの非体験者は沖縄戦の実相に触れることができる。

 その半面、ひめゆり資料館を訪れる外国人や若い入館者は残酷な場面や暗い映像に対して拒否反応を示すことが多くなったという。

 戦争の実相をどう伝えればいいのか。非体験世代の模索が続いている。

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 「どう伝えるか」という問いかけには「何を伝えるか」という問いも含まれる。

 非体験者が非体験者に語り伝えるこれからの時代は「何をどう伝えるか」という明確な問題意識が要求されると同時に、体験者の語りを繰り返し聞き取り学び直す姿勢が求められる。

 それともう一つ大きな課題になっているのが「どうすれば足を運んでもらえるか」という点である。

 ひめゆり資料館も県の平和祈念資料館も県内の入館者が低迷している。展示の仕方に改善の余地はないか、発信方法は時代にかなっているか、改めて点検が必要だ。

 教員が多忙な上に生徒も部活や進学準備に追われ、学校現場における平和教育は、低迷気味である。

 沖縄戦の記憶を次代にバトンタッチしていくためには、児童生徒が沖縄戦について触れ、考える機会を意識的に作っていく必要がある。

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 吉川弘文館から出版された近刊の「沖縄戦を知る事典」は、沖縄戦若手研究会の非体験世代28人が47のテーマを設定して分担執筆したものだ。

 ざん新なのは非体験世代が多角的な視点で史実を記録していることである。新しい取り組みが広がっていくのを期待したい。

 親も祖父母も戦争を知らないという世代が、これからどんどん増えていく。

 だからこそ、沖縄戦とその帰結としての米軍統治の実相を後世にきちんと伝えていく取り組みが重要になる。