目次 [とじる]
MVP:人見絹枝
本音はおりんかな。
美濃部パートは全員そうしたいくらい見事でした。
人見絹枝は、金栗パートの貴重な癒し枠です。
https://twitter.com/nhk_td_idaten/status/1137689564557008896
あとはもう、全員ぶっ壊れました。
総評
何が起きているのやら。
とにかくその思いで一杯です。
のんさんは出なくてよかった。そういうことになりそうです。
『あまちゃん』がブレイク作ではある。
しかし、その作品が彼女の暗雲を取り除く助けになったかと言いますと、そうとも決して思えないのです。
沈みかかる船に、彼女が乗らなくて本当に良かった。
そうとしか言いようがありません。
ツッコミ損ねたところがありましたので、ちょっと整理してみたいと思います。
シマがテニスでオリンピックを目指さない理由
・スタッフが主人公周辺の競技しか調べてない?
→金栗の陸上、田畑の水泳。その結果、自転車競技もテニスも知ったこっちゃねぇ、という流れに……。
テニスの扱いが悪いってあんまりでしょ。
アントワープでメダルを獲得したいたじゃないですか。
それなのに今週ますます悪化しました。
テニスに何か恨みでもある?
・チートキャラ増野に「出産後も競技していいよ」と言わせるため
→シマのあまりに御都合主義な扱いだけでも、本作がいかにダメなのか、見えてしまいます。
以前、こう書きました。
【バロン西が出てこなかったら解散な】
おそらくや馬術のメダリスト・西竹一の不出場はほぼ確定でしょう。
事情は見えております。
・陸上と水泳じゃない
・馬術競技の予算なんてありません!
→馬関連は全部『なつぞら』に持っていかれました! ってことになっておりませんか?
・日本人メダリストに特に敬意はないの?
→アントワープの報告会で、強調されたのはメダル獲得ではなく、スヤvs二階堂というダメさ加減。
作る側が、スポーツはおろか、オリンピックにもさして関心も敬意もないとしか思えません。
クドカン氏は、落語をフックにしないとモチベーションが維持できないと伝わってくる。
スタッフのこんな声が聞こえてきそうです。
「時代劇を作りしたいんです……」
「『なつぞら』に行きたいな……」
「来年は頑張ろうっと!」
とこんな風に思っておりませんか?
出演者は「どうしてこうなった!」と頭を抱えていそうだ。
視聴者だって辛い!
こうなれば、燃やすしかないな。
バロン西だけは燃やしたくなかったんですけれども、彼がいないならもうどうでもエエのです。
大河滅亡論
信長の家臣だった「弥助」の映画化が決まりました。
『ブラックパンサー』のタイトルロールを演じたチャドウィック・ボーズマン主演です。
【関連記事】「弥助」ってどんな人? 織田信長に仕えた黒人武士の生涯を歴史資料で追った
弥助が映画化なんてすごーい!
で、終了してもよいものかどうか。
ちょっと考える必要がありませんか。
あわせて見てみたいのが、こちらです。
【関連記事】大英博物館で「日本の漫画展」 メインビジュアルのアシリパさんが話題に - KAI-YOU
漫画の神様こと手塚治虫ではなく、どうして近年の作品なのか。
しかも主役ではなく、なぜ準主役格のアシリパなのだろう?
それは彼女がアイヌであること。
アイヌが漫画で親しまれるようになったこと。
ここも大きなポイントではないでしょうか。
『いだてん』苦戦の理由として、
「ヒーローが時代を動かしていない。大河らしさがない」
という分析があります。
「お気づきになりましたか」
そう諸葛亮口調で申し上げてもよい話ですね。
はい、ここでまた問題です。
「どうして弥助なの? 信長本人ではないの?」
この問いかけは、VOD黒船の『MAGI』にせよ、映画黒船の『サムライマラソン』にも通じるものです。
英雄三傑ではなく、歴史的には脇役。
そんな人々の姿を通して歴史を見ていく――。
必ずしも、スカッとするわけでもありません。
弥助にせよ、アシリパにせよ、迫害されるマイノリティでした。
『MAGI』も、次シーズンからは主役がそちら側に回ることが明らかです。
しかし、です。
ヨーロッパの歴史ものでは、むしろこちらが定番です。
デュマの『三銃士』は、リシュリュー枢機卿が主役ではない。
トルストイ『戦争と平和』だって、ツァーリのアレクサンドル1世はあくまで脇役。
コナン・ドイルの歴史もの『勇将ジェラール』シリーズだって、マルボという回想録が面白い将校がモデルです。
歴史を動かしてはいない。
巻き込まれた視点から描く歴史劇。
それもちゃんとしたジャンルですし、むしろ海外フィクションはそちらの方が強い傾向もあると感じます。
日本でも、そういう傾向はありました。
大衆の愛した時代劇には、銭形平次、机竜之助、柳生十兵衛……ともかくそういうヒーローがわんさかいたものです。
大河だって、架空主人公の傑作はあります。
敗北側だっております。
第一作『花の生涯』は、井伊直弼です。
まだまだ悪名高い側、敗北側、バッドエンド。それが原点でした。
第五作『三姉妹』は、幕末の負け組に回った三姉妹が主役です。
時代を全然動かしていません。むしろ翻弄される側。
第16作『黄金の日日』だって、商人の呂宋助左衛門主役です。
第18作『獅子の時代』は、架空の薩摩藩士と会津藩士のダブル主人公です。
「負けた側の話なんて辛気臭いから見たくないよォ〜」
「女主人公は嫌だ〜」
「架空の主人公はどうでもいいしぃ〜」
「英雄が一国一城の主になってこそ大河!」
という意見――そもそも大河ドラマをどう認識していたのか? という話でありましょう。
第52作『八重の桜』にはこういうバッシングがつきまといました。
そんなマイナス条件にかすりもしなかった第54作『花燃ゆ』と第57作『西郷どん』が放映されると、あの作品が再評価された流れには笑ったものですが。
そういう条件だけでは、傑作にならないのです。
豪華な食材を集めたところで、鍋にぶち込んで煮込むだけでは、食べられたもんではありません。
とはいえ、これは視聴者とマスコミの問題というわけでもありません。
前述の作品は、どれも大河の歴史では初期のものでもあります。
いつのまにか、司馬遼太郎氏的な世界観が定着したんですね。そのことに、大河を作る側にも焦燥感があったことはわかります。
近代ものにシフトしていた時期がありました。
1984年からの三年間です。
それが低迷し『独眼竜政宗』で回復した。
あの回帰は正しかったのかどうか?
10年単位でできなかったのか?
どうしてもそこを考えてしまうのです。
1980年代後半の作品群を見ていると、冒険を避け、保守化が進んでいったことが見て取れます。
・戦国と幕末ルーティーンへの突入
・勝ち組主人公路線
・主人公の知名度頼り
・ヒロインは良妻賢母型、史実における戦国女性の気の荒さは取り除かれる傾向
・ホームドラマ路線を模索する
1990年代には既に、退屈で年配の親しか見ない路線になりつつあったと感じます。
そして2000年代、決定的な駄作が連発されます。
もう、タイトルを書いているだけでめまいがしそう。
・戦国枠男性主人公『天地人』
・戦国枠女性主人公『江 姫たちの戦国』
・幕末枠女性主人公『花燃ゆ』
・幕末枠男性主人公『西郷どん』
こういう駄作の中に、改革を志している傑作も時折混ざる。
しかし、数年スパンで志を高めるような試みはしない。
頑張っても視聴率に結びつかない。好条件を揃えた逃げでなんとかしよう。
そういう陳腐化の臭いが漂い始めました。
変えられる時に、改革しなかった。そして陳腐化へと突き進んでいった。
それが大河の歴史でしょう。
大河ドラマを全作見てはいないと、以前私はここで書きました。
それでも、勉強のために参考書は何冊か読んでおります。
NHK公式ですとどうしても褒めるものになりますから、歴史研究者の手がけたものに目を通しております。
彼らは歴史を研究しているけれども、大河そのもののファンではない。
純粋に感銘を受け、歴史の素晴らしさを意識させた大河はある。
けれども、見ているだけで嫌気がさしてくる大河も多い。
懐古趣味を抜きにしても、近年は悪化傾向にある。
そんな率直な分析がそこにはありました。
本稿を書いていて、愕然としたことがあります。
明治維新回顧ドラマとして、歴史に翻弄される架空の三姉妹を描く。
維新三傑の西郷隆盛を漂白化し、鰻とキャバクラ、汚職まみれの姿を描く。
かたや1967年。
かたや2018年。
えぇと、『三姉妹』の方が、21世紀における歴史ドラマ世界的フォーマットに適しているのではないでしょうか?
大河は進歩どころか、保守性と迎合の結果、陳腐化のどん詰まりに突っ込んでいった気がしてなりません。
正直、来年の『麒麟がくる』には期待したいところではありますが。
【関連記事】NHK大河ドラマ「麒麟がくる」撮影開始 光秀役の長谷川博己さんら登場 - 毎日新聞
ただし、枠そのものがもう古いのはどうにもならない。
倒幕を唖然としつつ眺めるしかない、そんな旗本の気分です……。
家の中に歴史小説がびっしり積まれた、ある歴史ファンの知人がおりまして。
彼は1990年代放映の大河ドラマ、世間的にも評価が高い作品の最終回を見届け、こう宣言したそうです。
「くだらん。こんなものを見ているとバカになる」
以来、大河視聴率は一切やめたそうです。
彼なりに何か気づくところがあったのでしょうね……。
結論をちゃちゃっとまとめます。
『いだてん』は大河の新機軸でも、改革でもない。
ただの拙速な失敗です。
本当に腰を据えて、改革をするのであれば、一年で足りるはずがありません。
三年でも十分かどうか。
1980年代近代枠のような、原作選定すら行っていない。
『坂の上の雲』ほどの慎重さも、三年というスパンもない。
思いつきで近代史、スポーツ、無名主人公という、三重苦に突っ込んでいった。
これで勝てる方がおかしい。
雑な戦略が根底にあるのであれば、必敗は残念ながら当然のことです。
スパンが短いといえば、ネットテコ入れ提灯戦術もお粗末。
最近の目立ってきた持ち上げ記事は、あまりに出すのが遅すぎました。
ネット工作なんて楽だと思えるのかもしれませんが、こちらはスピード勝負です。
むしろ拙速でもいい。慎重に決済文書を待っている場合じゃない。
こういうペースでしか戦術が取れないのであれば、『西郷どん』なんて捨て去って、昨年秋から始めているべきでしたね。
前作朝ドラが同じ戦術を使っていたこともあり、そのせいで出遅れたのかもしれません。
もう効果も薄い。
それどころか、雑な工作だと伝わってきてしまう。
巧遅にすべきところは、拙速。
拙速でもよいところは、巧遅。
ともかく速ければいい。丁寧ならばいい。そういうことじゃない。
戦術次第です。
しかし、その使い分けが決定的にダメ。もう絶望的です。
勝利どころか必敗の戦略と戦術ばかりでは、もうどうにもなりはしません。
もう手遅れでしょうが、もっと優秀な軍師を雇用してはいかがでしょうか。
まぁ、三顧の礼をされたところで、諸葛亮だって避けるでしょう。負け戦だもの。
奇跡が起こって、諸葛亮をダース単位で雇用したところで、もう無理。間に合いそうにありません。
こんな雑な仕事に受信料を使われるとなると、絶望感しかないのです。
いや、もっと気の毒なのは、こんな負け戦に駆り出された関係者と出演者です。
彼らに幸あれ……かといって、同情由来の容赦はしないけれども。
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【参考】
いだてん/公式サイト