漆黒の闇のなかで 2 | 世界はあたしのお庭なの

漆黒の闇のなかで 2

私はツインレイというものを色々調べ始めた。
ネット上でツインレイだと自ら名乗り、ブログを書いている人は多かったので、様々なブログを手当たり次第に読みあさった。
神や仏、天使等の神聖なものをよく扱っていたため、私はその方面のことも調べていった。
かつには調べて分かったことをまめに伝えた。

私はツインレイに関するのブログ読んでいくうちに、不思議なものを感じたり、不思議なことが起こったりすることが多くなった。
時々、頭の中に私と似た者が現れるのだ。
けれど髪は金髪で瞳は青い。
似てはいるものの異なる色の女性。
その女性は私の頭のなかで私に言った。
「あなたの向かうべき方向はあっち」と、灰色とも藍色とも言えるような、遠くに広がる海を指差しながら。
彼女がいつも立っている場所は黄金色の草原で、その先には海が見えた。
空の色は、それも海と似ていて灰色とも青色とも言えるような、くすんだ色をしていた。
色の違う私と似た女性は、いつも何処か悲しげな眼差しをしてた。
私はかつにその話をした。
彼にはそのようなことは起こることがなく、ただ私の話を興味深そうに聞いていた。

かつとはツインレイの話しもしたが、同じ年頃の子供を持つ親だったので、子供達や家族の話をよくしていた。
家族とのごたごたがあった頃は、その話も時々聞いてもらっていた。
それが私の癒しにもなっていた。
父の死後からごたつく家庭内。子供を含めて揉めることがよくあった。
私は資産に無関心な母と、関わらない夫を相手に、本音をぶつける向き合いをしていた。
私はそんな中で、深く考えさせられたことがあった。
今までは祖父達や父がいた。
だからこそ回っていたものがあったのだと痛感すると共に、自分自身が如何に知らなかったことが多かったか、母や夫が亡くなった家族のしてきたことに如何に無関心だったかを気付かされ、考えさせられたのだ。
家族で情報を共有していたなら、誰が亡くなってもそうそう困らなかったろう。けれどそれが欠落していたために、今こうなっているのだと、私はいたく思い知らされた。
そんな毎日の中で、かつとメールやLINEでやり取りする時間は、心がほっとするものだった。
私は心の休まる逃げ場が欲しかったのだと思う。

最初の頃はそんなことが続いていたが、段々とかつの方が相談を持ち掛けてくることが多くなった。 
大概は家族のことで、子供のことや、他の家族のことだった。
家族となかなか噛み合わずに、とても苦しい思いをしていた時、静かに話を聞いてくれ、自分も似たような経験をしたのだと語ってくれたかつに、私は深く感謝していた。だから彼からの相談を邪見に扱うなど当然なく、いつも彼の心情を考えながら相談に乗っていた。

彼は子供の扱いに困っていたようだった。 
子供に自信を持たせたいようだったが、上手くいっていない様子だった。
私は子供と話すのは好きだし、機会があれば彼の子供と話すのも楽しいかもしれないと感じた。
そんなある日のことだった。
私のLINEに、彼の子供から連絡がきた。彼が私の連絡先を教えたようだった。
私は軽い気持ちで彼の子供と話をし始めた。 
とても優しい子で、けれど少し気弱なところがあるように感じた。

思春期の子供は親とあまり話さない…と、一般的には言われている。
でもそれは大きな誤解だ。
彼らの心をよく見ると、話さない、話せない理由があるから話さなくなっていく場合が多い。
私は我が子と本音で話していたし、自分の弱さや失敗もそのまま見せていたので、彼らとは親と子というよりも、一人の人間として関わっていたような感じだった。子供達も私を母親だと強く思うようなことはなく、気軽に離せる一人の人間として接してくれていた。
私はかつの子供にも、我が子と同じような接し方をした。
お父さんの知り合いの女性としてではなく、その子と同じ一人の人間として。
彼の子は、段々と色んなことを話してくれるようになっていった。
かつが言うには、随分と明るくなったということだった。
良かったと思った。
けれど、子供の件が彼の自制心を溶かしていってしまったのか、その後はかつからの要望や相談が徐々に増えていった。

一方のツインレイのことは、かつだけでなく、20年ぶりに会ったまーちゃんや、ひろりん、けーちゃんとも話すようになっていた。
ツインレイのことを色々調べていくと、幾つか不自然な点が出てきた。
ツインレイは基本的に男女であり、最終的には人生を共に歩み、世界を変化させる力を持ち、周りに大きな影響を与えていく存在になっていくということだったが、ブログを書いている自称ツインレイを観察すると、とてもそのようには思えないのだ。

まずは、ツインレイ同士が向き合う期間が長すぎること。
ツインレイだと思える相手に出会ってから、5年、いや長いと10年もの月日が経っている人もいた。
ツインレイのブログを開設している人や、そこを訪れる人の年齢は、30代や40代が多いように思えた。
その年齢で、そのような向き合いでは、もたもたしていると世界を変える前に亡くなるか、体が動かなくなるか…単純にそう思えた。
出会ってから既に長い時間が経っている者が、突然加速して共に人生を歩めるまでになるはずもない。
ツインレイ同士の向き合い方にもマニュアルがあって、その通りに進むのが一般的なようだった。この話もおかしなものだと感じた。
他者と本音で向き合う人なら、直ぐに何が不自然かは分かるだろう。 
人との向き合いにマニュアルなど存在しない。相手をただ一心に知ろうとする…それがお互いを知り合う唯一の方法だからだ。
個々によって傾向は全く違うのに、マニュアルを手本に人と向き合っていたなら、個の違いは一生かかっても分からないだろう。
むしろツインレイと名乗る者は、マニュアルを信じているから進まないのではないかと思った。

次に不自然に感じたのは、ツインレイがやたらと恋愛に特化した関係だったこと。
世界を変えるのは何も男女の恋愛だけではない。
世界にはそれ以外の愛の方が多く、世界を変える者ならば、様々な愛を知る者の方が適任じゃないだろうかと思えた。
私には、夫に飽きたり、不満を持っていたりする女性や、リアルな恋愛から逃避したい女性が集って、共感しあっているように思えてならなかった。