オーバーロード 拳のモモンガ   作:まがお
<< 前の話

27 / 27
期間が空いたので簡単な前回のあらすじ
ジルクニフ「王国獲りました」
ツアレ「リザードマンのお宝を見に行きましょう」
八本指「皇帝ぶっ殺してやる。ズーラーノーン幹部と手を組むぞ」
ガゼフ「農民に再就職した」


蜥蜴人の村

 バハルス帝国の領土となったエ・ランテル。

 ここは元々三国の領土に面していた為、交通の要として多くの人や物資が行き交っていた。帝国領となった現在でもそれは変わらない。

 そしてその都市は今、正体不明の襲撃を受けていた。

 

 

「組合長、最低でも百体以上のアンデッドが確認されています!!」

 

「衛兵達数名が負傷!! 襲撃犯の中には魔法詠唱者(マジックキャスター)と手練れの戦士がいるとの報告も!! このままでは門が持ちません!!」

 

 

 冒険者組合では慌ただしく言葉が飛び交い、送られて来る情報の裏付けも全く出来ていない。

 それでも冒険者組合の組合長――プルトン・アインザックは必死に指示を飛ばし続けていた。

 

 

「住民の避難が最優先だ!! 銅級(カッパー)に避難誘導をさせろ。鉄級(アイアン)以上は全員戦闘準備だ。魔術師組合にも連絡、他の都市からも応援を呼べ!!」

 

 

 ――共同墓地よりアンデッドの集団が押し寄せている。

 何の予兆もなく、突然にそんな報告を受けた。

 アインザックはすぐに対応を始めたが、状況はあまりよろしくない。

 相手が低級なアンデッドのみであれば、数は多くともこの街の冒険者で十分に対応出来ただろう。

 しかし――

 

 

「――くっ、上位の冒険者がいないこんな時に……」

 

 

 エ・ランテルの冒険者はミスリル級が最高位だ。

 そしてミスリル級の冒険者チーム『クラルグラ』『虹』『天狼』は全て依頼でこの地を離れている。

 さらに間の悪い事に、白金級(プラチナ)以下の冒険者すらも多くが出払っていた。

 どう考えても人手が足りない。

 

 

「おい、君っ!! ここは任せるぞ!!」

 

「は、はいっ!! って、えっ!? 組合長どちらへ!?」

 

「これ以上報告を待っても出来ることは何もない。私も加勢してくる!!」

 

 

 目をパチクリさせる受付嬢を無視して、アインザックは組合を飛び出していった。

 その後、駆けつけた冒険者達によって襲ってきたアンデッドは全て倒された。

 幸いなことに住民への被害は全くなく、怪我人は多いものの冒険者や衛兵の中にも死者は一人もいない。

 

 

「一体何が目的だったんだ……」

 

 

 事後処理に追われながら、アインザックは今回の襲撃について思考を巡らせる。

 ――この事件は何かおかしい。

 結果だけ見ればこちらの被害は少なく、冒険者達の完全勝利と言えるだろう。

 しかし、アンデッドを操っていた者や手練れの戦士は捕まっていない。

 騒ぎに乗じていつの間にかどこかへ消えてしまった。

 

 

(何だこの違和感は――そうか、被害が少なすぎる。相手の引き際が早すぎるんだ)

 

 

 目撃した者の話ではかなりの強敵――それこそあの場にいた冒険者では太刀打ち出来ない程の敵がいたはずだ。

 他所からくる応援を警戒したのかもしれないが、それにしたって逃げるのが早すぎる。

 劣勢どころか優勢の内に逃げる意味が分からない。

 

 

「念のためエ・ランテル内で他の事件がなかったか調べる必要があるな」

 

 

 アインザックは今回の襲撃の目的は陽動の可能性があると考えた。

 アンデッドを陽動に使って、その間に他の場所で本命の事件を起こす。そちらの線でも調べたが、襲撃時に特に変わった事は起きていなかった。

 今回の事件で相手が得たものはないはずなのだ。それ故に相手の狙いも分からず、完全に事件は迷宮入りしてしまう。

 アンデッドに襲われたという事実だけが残り、周辺に住む者達の不安だけが溜まっていく結果となった。

 ――そして、事件はまだ終わりではない。

 

 

 

 

 ジルクニフは各都市からの報告書に目を通し、僅かに表情を曇らせた。

 エ・ランテルでのアンデッド襲撃事件を皮切りに、リ・エスティーゼ領の各都市で似たような事件が頻発したのだ

 

 

「はぁ、面倒な事になったな。下手に襲撃が続いている分、民の不安だけでなく不満も溜まっているだろう」

 

「はい。一部ではそのような意見も上がっております」

 

「死人が多ければ恐怖が勝っただろうに。相手は上手いこと不満が上がる様に被害を調節しているな」

 

 

 部下からの報告を聞き、ジルクニフは本当に面倒なものだと頭をかいた。

 正直なところ直ぐにどうこうなるものではないが、放っておけば民の不満が爆発する可能性もある。

 それに襲撃の規模が拡大する可能性も否定は出来ない。

 

 

「仕方ない。何も手を打たずに今の私のイメージを崩すのは少々勿体ない。慰問の名目で私自らが襲撃に遭った都市を回ろう」

 

「民の不安や不満を抑えるには良い手ではありますが、主犯格の目的や正体が分かっていない現状では少々危険ではありませんか?」

 

「問題ないさ。おおよその検討はついている。護衛に五騎士も全員連れて行くつもりだ」

 

「畏まりました。直ちにスケジュールを調整させて頂きます」

 

「ああ、私の方でも色々と準備はしておこう」

 

 

 頭を下げて部屋を退出した部下を尻目に、ジルクニフは髪をかき上げ僅かに獰猛な笑みを浮かべた。

 

 

「私に喧嘩を売るとは舐めた真似をしてくれる…… 降りかかる火の粉は元から消し去ってやろう」

 

 

 表情を変えたのは一瞬――部下が部屋に戻ってきた時、いつもと変わらぬ様子でジルクニフは再び執務に励んでいた。

 

 

 

 

 『八本指』の各部門長が集まる会議。

 こちらは前回と打って変わって皆が笑顔を浮かべていた。

 

 

「まさかここまで上手くいくとは…… アンデッドの兵というのは便利なものだ」

 

「ちょっと予定は変わったけど、安全地帯から皇帝自ら出て来てくれるなんてね。しかもフールーダはお留守番だってさ」

 

「んもう、せっかくのフールーダ対策だったのに。まぁあれだけのアンデッドを操れるんだから、戦力としては想像以上だったけど」

 

「若いだけの馬鹿だな。危険だと知りながらトップが自ら慰問など愚かとしか言えん。襲ってくれと言わんばかりだ」

 

「皇帝を殺す機会が回ってきたのだからいいではないか。民衆に見守られながら死んでもらうとしよう」

 

 

 作戦が上手くいき完璧に帝国を出し抜いたと、彼らの声には余裕が戻っていた。

 会議室内に皇帝へ向けた嘲笑が響き渡るほどだ。

 

 

「まったく、浮かれ過ぎだよ。早くケリをつけないと。戦力を手薄にする為にどんだけ冒険者に無駄な依頼を出したか……」

 

「たしかに作戦の為とはいえ出費は痛かった。だが、次でそれも終わりだ」

 

「都市を訪れた間抜けな皇帝に襲撃。楽な仕事ね」

 

 

 気を引き締めようとするが、それでも頬の緩みが抑えられない。

 皇帝ジルクニフの最後を想像して、彼らは高らかに笑い続けるのだった。

 

 

 

 

 『八本指』がリ・エスティーゼ領のいたる所で事件を起こしていた頃。

 そんな事を全く知らないモモンガ達はトブの大森林にある巨大な湖――『ひょうたん湖』周辺にやって来ていた。

 目的はその辺りに住む蜥蜴人(リザードマン)が持つという至宝を見る事――ツアレの物語に使うネタ集めも兼ねている。

 そして今回の冒険にはモモンガとツアレの他に、もう一人参加者がいる。

 

 

「今日は誘ってくれてありがとう。とっても楽しみだわ」

 

「ふふっ、期待するような冒険じゃないかもしれないですけどね」

 

 

 黄金に輝く様な笑顔を振りまく少女――国が滅んで絶賛自由を満喫中のラナーである。

 冒険初心者の彼女が同行しているため、今回は出来るだけ荒事は無しにする方針だ。

 間違っても殴り込んで宝物を奪う――なんて事は微塵もするつもりはない。

 

 

「〈転移門(ゲート)〉とりあえず森までは直行だな」

 

 

 三人はエ・ランテルを出発し、闇を通り抜けてトブの大森林に向かった。

 普段から長距離を歩き慣れていないラナーに配慮し、森の中までは魔法でショートカットである。

 こうして大した問題もなくモモンガ達の冒険はスタートした。途中で休憩を挟みつつ、蜥蜴人の村を見つけるまでは非常に順調だったのだ。

 しかし――

 

 

「おい、怪しい奴らがいるぞ。特にあの仮面はヤバイ気がする」

 

「なんだアイツ。こんな所に人間か? 念のため族長を呼んでくる」

 

「分かった。俺たちはここで変な仮面を見張っておく」

 

「急いでくれ。アレは嫉妬に塗れた邪悪な気配がする」

 

「子孫を残せない雄の僻みか……」

 

「モテないんだろうな」

 

「結婚してる雄だけ殺されそうだ」

 

 

 こちらの接近に気がついた途端、蜥蜴人たちは迷う事なく厳戒態勢をとった。

 いきなりやって来た人間の三人組――一人はアンデッドだが――に対して彼らのとった反応は特別おかしなものではない。

 未知の危険への対処としては普通の事だろう。

 

 

「うーん、思いっきり警戒されてるな。どうしたものか……」

 

 

 かなり言われたい放題だが、モモンガには全く聞こえていない。距離がそこそこ離れているため、蜥蜴人の喋っている内容までは聞き取れないのだ。

 しかし、相手の慌てた様子からして、自分たちがかなり警戒されてしまった事だけは理解出来た。

 

 

「宝物を見せて欲しいだけなんですけど…… どうしましょう?」

 

 

 蜥蜴人たちをこれ以上刺激しないよう、村の入り口から離れた位置で作戦会議を始めるツアレとモモンガ。ラナーは無言で笑顔を浮かべて、只々二人の会話を聞いていた。

 頭の中では既に解決策を無数に思いついているが、彼女はあえて意見を言わずに黙っている。二人がこの状況をどう対処するのか、成り行きを楽しむ腹積もりである。

 

 

「ツアレやラナーのような子供がいても警戒するとは…… 向こうは人間自体に慣れていないのか? けっこう閉鎖的な文化なのかもしれないな」

 

「手土産とか用意した方が良かったんでしょうか? 彼らが喜ぶ物なんてサッパリ分かりませんけど……」

 

 

 今回は一度諦め、蜥蜴人について調べ直してから再び訪れるか検討していると、今まで黙っていたラナーが口を開いた。

 

 

「あら? モモンガ様、ツアレさん。向こうから一人近づいて来ましたよ」

 

 

 ラナーの指差す方向を振り向くと、村の中から一人だけこちらに向かって来る蜥蜴人が見えた。

 距離が縮まってから気が付いたが、その蜥蜴人は彼らの中でもかなりデカイ。二メートルは優に超えているだろう。

 そして特徴的なのはその腕――右腕だけが異様に太い。

 一人だけ別の種族、亜種だと言われても納得出来る程だ。

 

 

「よお、俺たち竜牙(ドラゴン・タスク)族の村に何の用だ」

 

 

 何となく雰囲気がチンピラっぽいが、ありがたい事に向こうから話しかけてくれた。

 このチャンスを逃すまいと、モモンガは社会人らしく挨拶を――

 

 

「初めまして、私の名前は――」

 

「って、てめぇは!?」

 

 

 ――出来なかった。

 しようとは思ったのだが、相手の驚いたような反応に遮られてしまった。

 

 

「てめぇはあの時の仮面野郎じゃねぇか!!」

 

 

 相手は口を大きく開けて、モモンガに向かって指をさして叫ぶ。

 その反応を見てツアレとラナーがモモンガに問いかけた。

 

 

「モモンガ様、お知り合いの方ですか?」

 

「いや、知らん。リザードマンに会うのも今日が初めてだと思うんだが……」

 

「ふふっ、でもあちらの方はモモンガ様を知っている様ですね」

 

 

 あの時と言われても、モモンガには心当たりが全くなかった。

 もちろんユグドラシルでは蜥蜴人という種族は珍しくなかったので、何度も会ったことがある。だが、この世界に来てからは初めてのはずだ。

 そこでモモンガはある可能性に気付いた。

 

 

「もしかして、プレイヤーの方ですか!!」

 

 

 ――そうだ、コレしかない。

 ユグドラシルのサービス終了時、自分以外にもログインしていた人は沢山いたはずだ。

 異世界に転移する条件などは分からないが、自分以外にも転移した人がいないとは言い切れない。

 

 

「はぁ? ぷれいやー? なんだそれ?」

 

 

 ――違ったようだ。

 同郷の人に会えた――そう思って上がったテンションは即座に下がった。

 だが、この仮面に見覚えがあるという事は、過去にもこれを持っていたプレイヤーに会った事があるのかもしれない。

 

 

(もしかして…… 転移の条件は嫉妬マスクを所持している事なのか?)

 

 

 馬鹿らしい仮説を生み出し、いや流石にそれはないなと即座に頭から妄想を振り払った。

 

 

「忘れたとは言わせねぇ。てめぇの所為で俺は死にかけたんだ」

 

「いや、本当に身に覚えがないんだが……」

 

「シラを切る気か? 二年ほど前、俺はこの村を離れて武者修行の旅に出た。その時行った雪山でお前に跳ね飛ばされたんだよ。危うく死ぬ所だったぜ」

 

 

 相手の言い方に鬼気迫る物を感じて、モモンガも真剣に過去を振り返る。

 二年前といえばモモンガがこの世界に来た年だ。ツアレと一緒にアゼルリシア山脈に行った覚えはあるが、蜥蜴人どころか他の生き物にもほとんど会った記憶がない。

 

 

「ツアレ、なんか覚えてるか? 雪山はツアレと一緒に行った記憶しかないのだが……」

 

「私も覚えてないです。たぶん誰とも会ってないと思うんですけど……」

 

 

 念のためツアレにも確認したが知らないようだ。おそらくこの蜥蜴人の勘違いだろう。

 

 

「ちっ、もういい。昔の事を言っても拉致があかねぇ。それで、お前らは何しに来たんだ?」

 

 

 納得はしていない様子だが一先ずその話は置いといてくれた。

 モモンガはこれ幸いにと、今回の目的を話し出す。

 

 

「実はリザードマンに伝わる至宝があると聞きまして、私達はそれを――」

 

「ふん、お前が言いたい事は予想がついたぜ」

 

「えっ?」

 

 

 嫌な予感――それも確信めいたものがモモンガの脳裏をよぎる。

 

 

「宝が欲しいんだろ? だが、そんなもん認めねぇ。俺たちの部族は力が全てだ。欲しけりゃ力尽くでかかってこいやぁ!!」

 

「ええぇっ、ちょっと待って!? こっちは見せてもらうだけで――」

 

「貴様ら聞けぇ!! もし俺がこの戦いで死んだら、宝はコイツらにくれてやれ。俺が負けたんならお前らに勝ち目はねぇ。異論反論、うざってぇ事は一切認めねぇ。族長命令だ!!」

 

「お前こそ聞けよっ!?」

 

 

 相手が全く話を聞いてくれない。

 それどころか仲間達にも決闘をすると宣言してしまった。

 

 

「まどろっこしいのは無しだ。お互いに武器なんか捨てて殴り合おうじゃねぇか」

 

 

 相手は手に持った石斧のような武器を投げ捨て、こちらに拳を見せつけてきた。

 

 

(武器を手に持ってたのはお前だけだけどな)

 

 

 話がややこしくなりかけているので、口には出さずに心の中でツッコミを入れた。

 このまま流されてたまるものかと、元営業職モモンガは冷静に言葉を返す。

 

 

「いや、ちょっと待ってほしい。私達は戦いに来た訳ではないのだ。それに私は魔法詠唱者なんだが」

 

「あぁ? 俺を殺しかける程の突進かます奴が魔法詠唱者なわけねぇだろ?」

 

 

 身に覚えのない過去の所為で完全に肉体派だと思われていた。

 

 

(お前の目は節穴か!! 少しは俺の装備を見ろよ!!)

 

 

 過去に会ったという勘違いのせいだろうが、全くもって酷い偏見だ。

 仮面に籠手にローブ、どう見ても自分は魔法詠唱者の格好をしているはずなのに。

 

 

(宝物の扱いも勝手に決めちゃってるし、こんなのが族長でこの部族は大丈夫か?)

 

 

 モモンガには関係ない事だが、相手の豪胆さと無鉄砲さには少々不安を覚える。

 石橋を叩いて渡るなら新しく橋を作って安全策を複数用意して、結局空を飛んで渡る小心者のモモンガには真似出来ない所業だ。

 

 

「族長の勇姿を見届けるぞぉ!!」

 

「そんな変な仮面なんてやっちまえ!!」

 

 

 ――だが、彼ら的にはどうやら大丈夫らしい……

 周りの蜥蜴人からは一切の反対が無かった。

 彼の信頼が厚いのか、それともこの種族の文化ゆえか、モモンガの意に反して場はどんどん盛り上がっていく。

 

 

「これがリザードマンのやり方…… やりましたねモモンガ様、異文化交流ですよ。しかもモモンガ様の得意分野です!!」

 

「こうやって物語は作られていくんですね。ツアレさんから聞いた戦いが生で見られるなんて嬉しいわ!!」

 

(味方がいないっ!! みんな何故そんな物騒な方向に持って行きたがるんだ!?)

 

 

 ――戦いで決着をつけたがる蜥蜴人。

 ――物語のネタを逃すまいとする吟遊詩人。

 ――モモンガの活躍が見たいだけの元お姫様。

 ――そして、身内に甘いアンデッド。

 色んな意味で期待の眼差しに全方位され、モモンガは戦う事を余儀なくされた。

 

 

「俺は竜牙族の族長、ゼンベル・ググーだ!!」

 

「ただのモモンガです……」

 

「殺す気で来い。俺はお前が戦ってきた中でも最上級の相手だろうよ」

 

(確かに最上級だな。人の話を聞かないって意味ではだけど)

 

 

 相手の堂々とした名乗りに、気の抜けた返事を返すモモンガ。

 種族、職業、性格、モチベーション、戦う理由――性別以外全てが一致しない二人。

 この世界でも類を見ない、最高に温度差とレベル差のある戦いが幕を開けた――

 

 

「いくぞぉぉぉっ!!――」

 

 

 

 

「――ちくしょう、なんて重い拳だ。骨身に、沁みたぜ…… 俺の、負けだ」

 

 

 モモンガとゼンベルの決闘は直ぐに決着がついた。

 両者のレベル差は約五倍。

 何をどうやったってまともな戦いになる訳がない。

 

 

「流石ですモモンガ様。投げやりなボディブローで一発KOですね。個人的にはもうちょっと引き伸ばしてくれても良かったんですけど……」

 

「モモンガ様の戦い、とっても凄かったです。相手が悶絶して飛んでいく様が最高でした」

 

「あー、うん。ありがとう……」

 

 

 勝敗が分かりきっているため、戦いの内容は割愛する。二人の感想が全てだ。

 

 

「敗者は勝者に大人しく従うぜ。ただし仲間には手を出さないでくれ。あとは宝を持っていくなり、俺を殺すなり好きにしな」

 

 

 一度戦って満足したのか、ゼンベルは清々しい声で話しかけてきた。

 

 

「じゃあ私の話を聞いてくれ」

 

「おう!! と、言いたいところだが、酒だ。こんな強ぇ奴を讃えない訳にはいかねぇ。お前らぁ、宴の準備だぁ!!」

 

「いや、先に話を――」

 

「慌てんなよ。お前の言わんとしている事は大丈夫だ。お前が悪い奴じゃないってのは拳を合わせて理解したからよ。それにめんどくさい話は酒の席でするもんだ。分かるだろ?」

 

「お前さっきから何一つ理解してないだろ? それにこっちは未成年が二人もいるんだが。っていうか敗者は従うんじゃないのかよ……」

 

「がはははっ、宴の時は従ってやるよ。何時間でも話を聞いてやるぜ!!」

 

 

 ゼンベルは牙を剥き出しにして豪快に笑い、サムズアップした。

 

 ――結局流されて宴に参加する事になったモモンガ一行。

 村の中央に櫓が組まれ、原始的な炎が辺りを照らしている。

 三人は炎を囲むように座り、それぞれ彼らと談笑していつの間にか打ち解けていた。

 モモンガは勿論のこと、ツアレとラナーもキャンプファイヤーの経験はないため何気に新鮮な気分を味わっている。

 

 

「リザードマンに伝わる物語も独特で面白いですね。とっても勉強になります。他には――」

 

「食糧難ですか? うーん、それなら自分たちで魚を育てて――」

 

 

 ツアレは蜥蜴人たちに伝わる冒険譚を聞いていた。吟遊詩人の活動に使える貴重な経験が出来たと、彼女は今回の冒険に大満足な様子だった。

 ラナーは蜥蜴人の抱える問題を何となくで解決していた。

 本人は養殖など試した事もないのに、僅かな情報から一瞬で最適な方法を導き出せるあたり流石である。

 人間ではない者たちとの交流――自分の事を色眼鏡で見ずに、対等にただ賢い子として扱われる事が意外と心地良かったのかもしれない。本人に自覚はないだろうが、蜥蜴人たちと話す少女は自然な表情を浮かべていた。

 

 

「えっ、至宝ってこのお酒だったの!?」

 

「おうよ。凄えだろ? いくら飲んでもなくならねぇんだ。食いもんに困る事はあっても、ウチじゃ酒に困った事は一度もねぇ!!」

 

 

 モモンガは宴で出されたお酒――正確にはそれが入っていた『酒の大壺』がこの部族に伝わる至宝だと知り、結果的に目的を果たす事が出来たのだった。

 酒が無限に出て来るだけのアイテムであり、酒の味という意味でもユグドラシル基準で大して価値のある物とは思えない。

 

 ――だがレアだ。

 

 

(味は微妙だけどちょっと欲しいな…… いや、でも最初に見たいだけって言っちゃったし。村に伝わる宝物を欲しがるのは……)

 

 

 ゲラゲラと笑いながら酒を飲むゼンベル。

 そんな彼の横で顔に幻術を展開し、仮面を外して座るモモンガは密かに頭を捻っていた。

 

 

(あぁ、どうせ勝負するなら最初から賭けといてもらえば良かったなぁ)

 

 

 心の中で小さく湧き上がる蒐集欲。

 今更ながら彼らの至宝をコレクションしたくなったとは、隣で座る蜥蜴人には言い出せないのであった。

 

 

 

 



※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。