フォーサイト、魔導国の冒険者になる   作:空想病
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とある吸血鬼の過去編です。
「ズーラーノーン -3」で明らかになったシモーヌの出自。
闇の巫女姫の設定などは、空想を大いに含みます。

※注意※
微「鬱」「グロ」描写アリ



余談 ~元・闇の巫女姫~

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 それは昔のこと。

 

 シモーヌ・××××・×××××××が生まれたのは、今から400年ほど前。

 

 スレイン法国の民として生を受けた彼女は、幼少期に類稀な魔法の才能を見い出され、六大神の神殿へと送られた。

 熱心な教徒であった両親に誉めそやされるまま、彼女は闇の神官団に預けられ、父母の手から、離れた。

 片田舎の貧しい大工の娘が、六大神殿の建立された聖地・神の都へ招かれた。一族の誉れ。ささやかな宴まで開かれた。

 

「都へ行けば、美味しいゴハンがたくさんある」──「今までのように、ひもじい思いなんてすることない。お腹いっぱい、食べられるわ」──そう告げた両親の表情は、……。

 

 シモーヌが拙く「いってきます」と手を振る姿に、二人は……。

 

 悲しくはなかった。

 だが、寂しくはあった。

 

 父の仕事を、材木をノコギリで切り落とすさまを、見守れなくなった。

 シモーヌは母の質素な手料理と同じくらい、何かを作る父の仕事が、大好きだった。

 

 父と母の誇りになれたことを喜ぶべきだと、五歳の頭で理解はしていたが、それでも、大好きな両親との生活を奪われた事実に変わりなかった。

 

 そうして程なくして、シモーヌは“とあるマジックアイテム”との適合性を見出され、死の神の神殿において最も重要な存在として君臨する。

 

 マジックアイテム“叡者の額冠”──

 

 スレイン法国の最秘宝を身に帯びた、闇の巫女姫としての生を、シモーヌは与えられた。

 

 ただ強大な、人知の領域を超越した位階魔法を発動するためだけの器──大儀式のための道具として、シモーヌは数年もの間、巫女姫の役儀を(つかさど)った。

 

 漆黒の薄衣を身に纏い──

 両目を黒布で覆い──

 感覚を塞がれ──

 声も意思も──

 何もかも──

 失った──

 

 しかし、

 

 数年後。

 

 彼女以上に、“叡者の額冠”に適合する後継が見つかり、当時、六人いた中で最も適性が劣化し始めていたシモーヌは、巫女姫の地位を、一方的に追われた。

 

 ──巫女姫の役儀において、尋常ならざる魔力の集中により、発動の器となる巫女姫は肉体的負荷による“消耗”が激しい。本来であればありえない魔法の起動で、鼻から流血を起こすこともしばしば。故に、長くても数年で、巫女姫の能力か、あるいは人としての寿命が尽きるのである。

 

 ──そして、寿命を迎えるまで使いきるよりも、より安定的に、より効率的に、強力な魔法を成功させうる巫女姫に「交換」した方が、儀式の成功率はあがるもの。失敗など、万が一にもあってはならない。実際として、シモーヌは強大な魔法を支える器物としての役目を、十分にこなせなくなっていた。

 

 ……切れかけた電池を家電製品から抜き取るように、擦り減り摩耗した精密機械のネジを換えるように、使えなくなった巫女姫は、交代を余儀なくされるのだ。

 

 故に、闇の巫女姫は、“叡者の額冠”を次代へ、ふさわしき後継者へと託した──

 

 スレイン法国の最秘宝たる“叡者の額冠”──着用者の自我を封じ、高位の魔法を発動するためだけの存在に昇華・変転させるための神器は、安全に取り外すことは不可能。

 

 つまり、シモーヌは……

 

 発狂した。

 

 

 

 

 彼女は、400年前の、当時の神官長たちの手によって、歴史の闇に葬られた。

 

 

(──「可哀そうだが、これも人類のため」──)

 

 

 400年前の当時、“叡者の額冠”を外された者は、スレイン法国の暗部……その最深部へと身を落としていくのが通例であった。

 

 

(──「許してくれ……とは言わぬよ」──)

 

 

 この発狂の症状は、治癒の魔法やポーションなど、一切通用しない。

 

 

(──「巫女姫の適性を失ったものは遅かれ早かれ、こうなってしまうもの」──)

 

 

 治癒不能の狂気──そんな簡単に、癒えるはずがないのだ。

 

 

(──「すべての神亡き今の世において、我らスレイン法国は、人類を守護し、人間という種を存続するために、できる限りのことをせねばならない……今も人類の敵と戦っていただいている、あの御方と共に」──)

 

 

 神の力を模倣・再現した者としての末路──その「代償」を支払わねばならない。

 

 

(──「せめて、あの御方が大陸中央に御出征される前に……いいや、よそう」──)

 

 

 大儀式を担うためだけの装置になった者で、元の人生を歩めた巫女姫は、まったくの、皆無(ゼロ)

 

 

(──「恨むのであれば、力なき我等を、生殺与奪の権を持てぬ弱き我等を、恨んでくれ」──)

 

 

 外せば、着用者が無事で済まないこと──泣き叫び、喚き散らし、涙と涎と糞尿を垂れ流す暴悪の狂人になることを理解していても、神官長たちは断固とした口調で、最後の儀式を終える。

 

 

(──「では、……“外すぞ”」──)

 

 

 発狂に備え、全身を拘束された闇の巫女姫──生贄の頭を覆うサークレットに、神官長らが一斉に一礼。

 厳かに進められた、継承の儀──そして、

 

 

 

「  あ ァぁあアぁァアあア─────ッ!!!??? 」

 

 

 

 

 狂っていた時のことで、シモーヌが覚えていることはほとんどない。

 

 ただ、毎日毎朝毎昼毎晩、狂い叫び続けていたことだけは、確かだ。

 

 

 

 以前まで、

 こんなことになるまで、

 父を、母を、国を、世界を、信仰と神を、シモーヌは……信じていた。

 

 きっと、すべてがうまくいくと……

 きっと、何もかもうまくいくと……

 きっと、皆が褒めてくれると……

 きっと、迎えに来てくれると……

 きっと、元の家に戻れると……

 きっと、元通りになれると……

 きっと、幸せになれると……

 きっと、幸福になれると……

 

 ──信じ抜いた。

 

 なのに……

 

 その結末は、あまりにも凄惨で──残酷で──無意味だった。

 

 父母に捨てられ、

 国家に裏切られ、

 民からも忘れられ、

 誰からも見捨てられ、

 信仰も、神も、何ひとつとして救いにならないほどの、────絶望────狂気。

 

 あれだけ慈しまれ、大事に大切にしてきてくれたものたちに背を向けられ──暗い、何もない、神殿の地下空間で発狂したまま、衰弱死していく。

 意味不明瞭な罵倒と雑言と叫喚と泣声を響かせるだけの、治癒不能な発狂者の末路など、誰もいない場所で、勝手に野垂れ死にするだけ。

 自分以外にもそのような境遇に落ちた──堕とされた元・巫女姫たちの骨を踏み、壁の血文字に爪を立てながら、彼女は■ヶ月、生き続けた。

 

 スレイン法国の教義・神の遺した聖典・宗教において、殺人は厳禁。

 曰く、同じ信仰の徒を、人類を慈しみ、護るべし。

 殺してよいのは、六大神信仰以外の「異教の存在」や「不信仰者」、そして「非人間」──「異形の化け物」のみ。

 

 自殺幇助(ほうじょ)や、安楽死の(たぐい)も、六色聖典において認められていない。

 いくら発狂しているとはいえ、同門の極みにして、神に寄り添う資格を得た元・巫女姫を殺すなど、許されざる大罪だ。

 

 後の時代、設立された特殊部隊……その中でも最強の“漆黒聖典”の手によって行われる「神の御許に送る儀」が黙認・了承されるまで、巫女姫の代替わりは“あの御方”による死か、このような「廃棄」に頼るしかなかったのだ。

 人の域を超える高位魔法を仮初(かりそめ)にも吐き出し続けた人間が、そこいらの戦士や神官に殺せるような、そんな脆弱なモノであるはずがない。

 

 ──故に、400年前のシモーヌは、生きたまま、誰もいない奈落の底で、地の獄の底で、その生涯を終えるべく……棄てられた。

 

 そこは、神の加護──六大神の魔法が()きる場所。

 城郭や神殿を、一瞬の内に創りあげた、神の力の残る領域。

 魔法によって隔絶され、魔法によって空気だけは生産され、閉じ込められたものは枯死(こし)していくだけの……生き地獄。

 

 彼女の人生は、ここで終わる運命にあった。

 

 奈落の底に散らばる骨と拘束具の残骸。

 掻き毟って掴み千切った薄桃色の髪。

 栄養失調で骨と皮だけになった体。

 爪や歯が剥がれるほどの自傷痕。

 狂声によって腫れまくった喉。

 不眠不休で暴れ続けた結末。

 

 それでも。

 

 彼女は狂ったまま、生きていた。

 

「 ──ダ セ 」

 

 狂った姫は、呪いの歌を囁き続けた。

 衰弱した狂人は、心も体も魂も、何もかもが崩れ壊れていた。

 

「 ダ セ、 コ コカ ラ ── ダセ 」

 

 もはや生と死の境界は失われた。

 死にかけの狂姫は、無限の怨嗟を声に変え、殺戮の讃歌を奏で続けた。

 

「 コ ロシ テ ヤル ── コロ ジテ  ヤ ── ゴロシ テ ── ミンナ ── ミィンナァ ── 」

 

 涙すら零れない。

 起き上がることもできない。

 唇を噛む力も、指を伸ばす感覚も……瞬きすら──

 そうして、微睡(まどろ)みに落ちるように、冷たい終わりに(いだ)かれていく。

 死という揺籠の中で、狂った姫は、かつての己自身を取り戻していく。

 

「 ──ダ レ ──か 」

 

 たすけて

 そばに いて

 ここから だして

 わたし を ■■って

 

「 ── だ …… 」

 

 死の間際に紡いだ願いは、誰かに届くことはない。

 一縷の望みもなく、誰にも看取られることもなく、元・闇の巫女姫……シモーヌは死に至った、

 

 はずだった。

 

 出口のない闇の中で、突如、光が差し込んだ。

 ただの光とは、まったく違う。光というには、あまりにも不自然な……漆黒の輝煌。

 そもそもにおいて、光を捕らえるべき眼球を、シモーヌは狂乱による衝動のまま、自分自身の指で抉り取っていた。

 しかし、……わかる。

 それは闇の中にあって、なお黒く輝く玉体──禍々しいオーラ。

 首を動かすこともできない半死体の少女は、眼球のあった黒い眼底で、その威光の主を見つめる。

 そして、声をかけられた。

 

 

 

『──私を呼んだのは、あなた?』

 

 

 

 とても優しい音色。

 真実、慈愛に満ち溢れた旋律。

 漆黒のローブが、死骸同然の幼女を抱き起こす。

 途端、まるで聖母の抱擁とも形容すべき、多幸感の繭に包まれた。

 

「……ダ れ?」

 

 死の間際に現れた、神々しい気配。

 シモーヌは直感的に口走った。

 己が信仰していた神の名を。

 

「ス ル シ ャー  ナ さま?」

 

 脳裏を(よぎ)るのは、法国の聖典と、寝物語の御伽噺に語られる──神の末路。

 八人の大罪人……八欲王たちによって、この地を去らねばならなくなったと言われる、法国を導いた最高神・最後の一柱。

 死の神の名を、己が信仰していた存在の尊名を、狂姫は口にしていた。

 

 しかし、“違った”。

 

 

 声は告げる。

 

 

 

 

『────私は、スルシャーナ様の…………』

 

 

 

 

 それがシモーヌと、ズーラーノーン盟主との、出会いであった。

 

 

 

 

 



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