ARスマートグラス、EPSON MOVERIO「BT-300」をレビュー【開発者向け】
エプソン販売株式会社は2016年11月30日に、ARスマートグラス EPSON MOVERIO「BT-300」を発売しました。本製品は、コントローラ兼用の本体がセットとなったスマートデバイス。独自開発の有機ELディスプレイを採用し、軽量化、高輝度、高コンストラスト、高解像度、高画質化まで実現した「表示枠を意識させない映像表現」が特徴です。
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過去にBT-200のアプリ開発に関わった筆者が、「BT-300」の気になる点を実機でレビューします。
スクリーン感を意識させない映像表現
「BT-300」の最大の特徴はエプソン独自の0.43型超小型高精細カラーのシリコンOLED(Organic Light Emitting Diode:有機EL)ディスプレイを採用したことによる「スクリーン感を意識させない映像表現」です。
左写真の従来機BT-200では、バックライトを使用しているため、完全に透過にしても背景が薄く光り、スクリーン領域が分かってしまいます。
右写真の「BT-300」のOLEDディスプレイは自発光であるためバックライトを使用しません。このため、背景は全く光らずキャラクターのみがくっきりと浮かび上がります。拡張現実(AR) コンテンツにおいて、スクリーンが見えなくなることで、より現実とバーチャルの垣根がなくなりました。スクリーン感を意識させない映像表現です。
輝度については、全く同じ画像がなかったため、BT-200のホーム画面と本製品のストップウォッチ画面で輝度を比較。青色と水色で使用している色は違いますが、明らかに「BT-300」の方が濃く表示されていることがわかります。
ARは、強調したい部分が濃く表示されることで、実在感がアップ。5人に「BT-300」を試してもらったところ、3人は自然と目の前の画面を掴もうとする動きをみせました。
もう一つ重要な利点としては、現実の物体に「目のピントが持っていかれる」ことが少なくなる事。視界内にコントラストの高い現実の物体(例えば人の顔等)が見えると、眼は無意識にそれを追うように人間はできています。従来のスマートグラスは、眼が現実の物体を追うため、グラスのシースルー映像からはピントが外れて二重にボケて見えてしまう事もありました。
BT-200の液晶では表示が薄く、現実の物体のコントラストに負けてしまうことも頻出。「BT-300」は輝度が高いため、シースルー映像と現実を自然に組み合わせて見ることが可能です。もちろん、少し意識すれば周囲の方にピントを合わせることも問題なく行えます。
また、戸外でのシースルー映像の見え方を確認したところ、BT-200ではサンシェードをしても太陽光下では見えづらいとデメリットがありましたが、「BT-300」でサンシェードを付けると晴れた秋空の下でもくっきり見ることができます。
映像以外のハード面の進化
装着感としては、ヘッドセット部分が88gから69gへと19g軽量化されました。おおよそ500円玉2枚+100円玉1枚分が軽量したことで、手に持った段階でも軽くなったのが明らかにわかります。BT-200では鼻に重力がかかるので、長時間の利用は疲労が感じられました。それに比べると「BT-300」は、かけているのを忘れてしまいそうな錯覚に陥ります。
ヘッドセットを保持するツルの部分が、BT-200では耳たぶにかける形で保持してましたが、本製品ではテンプルをおさえる形にチェンジ。これにより耳たぶの付け根に負担がかかることがなく、長時間の利用も快適になりました。
開発者にとって大事な眼鏡対応も万全です。BT-200では自由に曲がる素材の鼻パッドを目いっぱいに伸ばすことで眼鏡対応することになっていましたが、どうしても右に傾いたり左に傾いたりと不安定でした。一方、「BT-300」では専用の鼻パッドが付属していますので、鼻柱をしっかりホールドしてくれるためどっしりと安定します。この改善点は非常にお気に入りです。
コントローラ部については、十字キーが新たに追加されています。BT-200では方向操作を全てトラックパッドのスワイプなどで操作を行っていたため、細かい操作を行うにはBluetoothキーボードがないと非常に大変でした。特に、体験イベント用のアプリケーションの場合、利用者はタッチパッド操作に慣れていない方ばかり。「コンテンツ選択には確実に押せるキーが欲しい」。そういった時、十字キーがないBT-200では、苦肉の策として音量キーの上下を割り当てるといった工夫をしました。
十字キーが追加された「BT-300」では、初体験のユーザも直感的に操作できるようになるでしょう。
十字キーが追加され、丸みがあり持ちやすくなったコントローラ部
カメラ性能
カメラの解像度は各段に良くなりました。BT-200の30万画素から一気に500万画素へと高画質に。これにより、マーカー利用のARだけでなく、SLAMなどの技術を利用したマーカレスAR(例えば、KudanやSmartAR等)の認識精度の向上が期待できます。また、ハンズフリーでカメラ映像を動画でライブ配信することや、遠隔トレーニングに利用することも想定できそうです。
解像度こそ高いものの滲みや色被りがあるので、静止画としては観賞向きではありません。ARのためのセンシングや、動画のライブ配信などが本領を発揮するでしょう。
「BT-300」動画撮影テスト
なお、BT-200のカメラは長時間使用すると強く発熱する点が問題でした。一方、「BT-300」で試しに1時間ほどカメラプレビューさせ続けてコントローラを触ってみたところ、気にすれば気づく程度の暖かさで発熱は気になりません。もちろん問題なく動作し続けています。
仕様の比較
続いて、前機種BT-200との仕様比較です。動作温度等の細かい点は省いたので、詳細はこちら(BT-200の仕様と「BT-300」の仕様)でご確認ください。
機種名 | BT-200AV | 「BT-300」 |
---|---|---|
方式 | 高温ポリシリコンTFT | シリコンOLED(有機EL) |
液晶パネルサイズ | 0.42型ワイドパネル(16:9) | 0.43型ワイドパネル(16:9) |
液晶パネル画素数 | 960×540(QHD) | 1280×720ドット(HD) |
画角 | 約23度 | 約23度(対角) |
仮想画面サイズ | 320型相当(仮想視聴距離20m時) | 320型相当(仮想視聴距離20m時) |
色再現性 | 24bitカラー(約1677万色) | 24bitカラー(約1677万色) |
プラットフォーム | Android™4.0搭載(GooglePlay非対応) | Android™ 5.1搭載(GooglePlay非対応) |
対応動画(注3) | MP4(MPEG4+AAC/Dolby Digital Plus)、MPEG2(H.264+AAC/Dolby Digital Plus) | MP4 (MPEG4/H.264+AAC)、MPEG2 (H.264+AAC)、VP8 |
対応静止画 | JPEG、PNG、BMP、GIF | JPEG、PNG、BMP、GIF |
対応音声フォーマット | WAV、MP3、AAC、Dolby Digital Plus | WAV、MP3、AAC |
3D対応 | サイドバイサイド方式 | サイドバイサイド方式 |
内部メモリー(メインメモリー) | 1GB | 2GB |
内部メモリー(ユーザーメモリー) | 8GB | 16GB |
外部メモリー(注4) | microSD(最大2GB)、microSDHC(最大32GB) | microSD(最大2GB)、microSDHC(最大32GB) |
接続端子 | micro USB、ヘッドセット接続端子、4極ミニジャック(マイク付イヤフォンCTIA規格対応)、microSDカードスロット | micro USB、コントローラ接続端子、4極ミニジャック(CTIA規格マイク付きイヤフォン対応)(注4)、microSDカードスロット |
無線規格 | IEEE802.11b/g/n | IEEE802.11a/b/g/n/ac、Miracast®(Source/Sink) |
無線周波数帯 | - | 2.4GHz帯 1-13ch、5GHz帯 36-144ch |
モジュレーション | - | ODFM、DS-SS |
想定干渉距離 | - | 10m |
駆動時間 | 約6時間(動画ファイル連続再生時) | 約6時間 |
ヘッドセット外形寸法(W×D×H) | 185mm×170mm×32mm(シェード含まず) | 191mm×178mm×25mm(シェード除く) |
コントローラ外形寸法(W×D×H) | 55mm×120mm×19mm(突起部含まず) | 56mm×116mm×23mm(突起部除く) |
ヘッドセット 質量 | 88g(ケーブル・シェード含まず) | 69g(ケーブル・シェード除く) |
コントローラ 質量 | 124g | 129g |
カメラ | 30万画素 | 500万画素 |
センサー | GPS/地磁気センサー/加速度センサー/ジャイロ | GPS/地磁気センサー/加速度センサー/ジャイロセンサー/照度センサー |
Bluetooth® | 規格V3.0 | バージョン4.1(Bluetooth® Smart Ready対応 ) |
Bluetooth®プロファイル | HSP/A2DP/HID/OPP/SPP | HSP/A2DP/HID/OPP/SPP/AVRCP/PAN |
同梱物 | USBケーブル(0.8m)、ACアダプター、シェード(2枚)、レンズホルダー、キャリングケース、マイク付イヤフォン、イヤフック、取扱説明書、保証書 | シェード(1枚)、レンズホルダー、鼻パッド(本体に装着済)、めがね用鼻パッド、キャリングケース、テンプルラバー、イヤフォンマイク、ACアダプター、USBケーブル(0.8m)、スタートガイド、ユーザーズガイド、保証書 |
映像面では、ディスプレイの方式がシリコンOLED(有機EL)になり、またパネル画素数が960×540(QHD)から1280×720ドット(HD)に向上。HD画質の動画をそのまま楽しむことができます。BT-200発売時から広画角化は望まれていましたが、今回は据え置きでした。画角は光学系の重量とのトレードオフの関係にあります(エプソンのコア技術を結集!スマートグラス MOVERIO BT-200を参照)。
CPUについては仕様には書かれていませんが、技術FAQ*1によると Intel® Cherry Trail. Atom™ x5 1.44GHz Quad Coreだそう。
面白いのは、センサーに照度センサーが追加されていることです。例えば、戸外に出て急に明るくなったなら画面の輝度を最大まで上げるといった用途が考えられます。逆に、部屋が急に暗くなった瞬間に画面にキャラクターを表示させる等のコンテンツも面白いですね。
対応動画コーデックとしてGoogle(そしてYoutube)が推進するVP8が追加されました。なお、対応音声フォーマットからはDolby Digital Plusが消えています。
ソフトウェアとして大きな変化はAndroid5.1搭載になったこと。BT-200に搭載のAndroid4.0.3は2014年6月発売当時で既に時代遅れでしたが、「BT-300」のAndroid5.1は2016年11月時点でシェアの30%、Android5系とそれ以前バージョンを合わせると過半数以上のシェアとなります。メインストリームといっても過言ではないでしょう。
既存のAndroidアプリをMOVERIO向けとしてMOVERIO Apps Marketへ登録する場合も、わざわざAndroid4.0.3に合わせる必要がなくなります。また、アプリケーション開発用のライブラリやSDKは、概ねメインストリームのバージョンをターゲットに。これらをフル活用できるメリットも大きいです。
OSが新しくなったことで、搭載のWebブラウザがChromiumベースにもなりました。
HTML5 APIの可能性
OSがAndroid5.1となったことで、モダンなブラウザが搭載されました。ブラウザのバージョンは組み込みブラウザがのChrome39(MOVERIO BT-300 Hands On Review参照*2、2014年11月リリース)。WebViewはChromium50(技術FAQ*1参照、2016年4月リリース)とされているが、筆者の環境で確認したところ、こちらもChrome39でした(後から更新されるのかもしれません)。
HTML5test
HTML5test - How well does your browser support HTML5?
WebGLによるグラフィック
WebGLの機能チェックを行った結果をスクリーンショットで取得。
いくつかデモを試しました。特に遅さを感じさせずスムーズに表示されます。
その他のAPIについては確認中
YoutubeのMOVERIOチャンネル*2によるとヘッドトラッキングによるWebVRやWebRTCが出来るようですが、筆者の環境ではまだ動作を確認できませんでした。
仕様には現れないポイントをチェック
仕様書には書かれていないが、BT-200の開発ドキュメントと「BT-300」の開発ドキュメント*3を読み比べると色々と違いがあります。
センサーに関しては、BT-200ではトラックパッドかヘッドセットどちらのセンサーユニットを利用するか、または切り替える仕様でしたが、本製品では同時に使用可能となっています。ヘッドセンサを使用しながら、同時にトラックパッドを3Dマウスの様に使うことも可能。また、「BT-300」の開発ドキュメントの6.1.1センサー一覧を見ると、温度センサー、重力センサー、タップセンサー、直線加速度センサー、回転ベクトルセンサー、補正なしの地磁気センサー等などが並んでいます。
5.1.2の外部接続カメラの項目では、「micro-USB コネクタに、UVC1.0 対応カメラを接続して使用することができます」と記載。
左の写真のように「BT-300」のトラックパッド部にUSBカメラ(Microsoft HD-5000)を接続したところ、問題なくUSBカメラを認識することが確認できました(「USBカメラ トライアル版」を使用)。全てのUVC対応カメラの動作を保証するわけではないと書かれているが、これは色々な拡張が期待できます。
快適な開発環境
前機種BT-200の開発ドキュメントと「BT-300」の開発ドキュメント*3を見比べてると、本製品の内容はずいぶんとシンプルになりました。
BT-200でのアプリケーション開発環境構築には、以下のような煩雑な手順があり、Unity等で手軽にコンテンツを作りたい非開発者(例えばデザイナーや学生)にとってはハードルが高かったのです。
- 開発者サイトへの登録
- USB ドライバの設定ファイルを手作業で書き換え
- 開発者用システムソフトウェアの適用(適用後はDRM非対応となり、二度と元に戻せない)
「BT-300」ではこれらの手順が全て不要。一般的なAndroidアプリケーションの開発環境があれば、あとはUSBドライバのインストーラを実行するだけで、すぐにでも開発をスタートすることが可能です。
MOVERIO独自のAPIを使用するには、開発者サイトからjarファイルをダウンロードしてプロジェクトに組み込むだけ。また、Unityにも対応しており、「BT-300」用Unity Plug-inを提供予定です*1。
今後はハンズオンなどのイベントで各種SDKを使った開発レクチャーを行いやすくなるでしょう。参加者にはAndroid開発環境を整える手順を予め通知し、ノートPCにセットアップして来てもらえばハンズオン開始と同時に「BT-300」アプリの開発に入ることができます。
「視聴」から「体験」へ
MOVERIOシリーズを振り返ると、初代のBT-100にはカメラはついておらず、パーソナルシアターとしてのAV機器でした。二代目のBT-200になってカメラが付きましたが、BT-200のイメージムービーでは、動画やWebブラウザを“視聴する”シーンがほとんど。
「BT-300」では「視聴から体験へ」を大々的に謳い、イメージムービーでは冒頭から「エアロバイクの回転数をHUD風に表示、さらにサイクリング風景の重畳表示」や「ドローンのカメラビュー表示、加えて風速のAR表示」など、他の機器とのデータ連携を行うアプリケーションの体験から開始。三代目にしてついに、体験型のアプリケーションプラットフォームとして生まれ変わりました。
今後、対応SDKやアプリケーションが増えることで、企業利用はもとより一般ユーザにもウェアラブルデバイスを広げる先駆者になることを期待したいです。
*1 技術FAQ
*2 MOVERIO BT-300 Hands On ReviewおよびMastering the Video Camera
*3 BT-200の開発ドキュメントと「BT-300」の開発ドキュメント