まあ、鯖折にはならんでしょう……多分。
「クレマンティーヌ、大儀であった」
立ち上がると同時にひょいとネムを抱き上げ、
「村の外へと勝手に出てもらっては困るが……だが、これより先は村に害をなさない限りはクレマンティーヌ・メルヴィン・クィンティアを客人待遇とする!」
高らかに宣言する
「「「「「ハイッ! お館様!!」」」」」
周囲の見学あるいは見物していた村人達は一糸乱れぬ様子で了解の声をあげる。
エンリの治癒魔法で瞬時に治った手の具合を確かめていたクレマンティーヌは思わずきょとんした表情で、
「へっ?」
「村の中を歩き回るのは自由だ。いい機会だ。村の内部を気が済むまで視察し、漆黒聖典の一員としての役割を果たすといい」
「ええぇ……そういうのは風花とかの仕事だし」
ダークウォリアーはニヤリと笑い、
「偵察任務は
「いや、だからそのあたりの記憶はすっぽり抜けててさ」
ざっくばらんな素の話し方に好印象を持つモモンガは、
「そうだったな。ああ、あと少なくともお前が潜入を命じられていたエ・ランテルに潜伏していたズーラーノーンは心配しなくていいぞ?」
「えっ? なんで?」
するとモモンガは事も無げに、
「全滅したから」
正確には、主犯格のカジットは捕縛なのだが……結果的には変らないだろう。精々、粛清されるか処刑されるか、遅いか早いかの差ぐらいだ。
「はぁっ!?」
「言い方が悪かったか? 共同墓地で悪さしてたからまとめて駆除した」
「いや、まとめて駆除って……下水道にたむろってるネズミとかじゃないんだからさ」
「似たようなもんだろ。どっちも人目のつかない暗がりでコソコソ動いて害をばらまく」
実際、モモンガに言わせればカジットもネズミも強さ込みで大差ない。片方はアンデッドばらまいたし、片方は病原菌をばらまく。モモンガ的にはむしろ目に見えない分、ペストとかの方が厄介だと思っていた。
もっともこの世界は薬草を由来とする生薬を中心とする薬学や治癒魔法、間接的に人の健康を保つ清潔を保つ魔法なども発展していて、インフラを見ても都市部なら下水道なんかもわりと整備されており、公衆衛生概念は少なくともよく似た文化形式の中世の欧州よりはよっぽど発達しているので不衛生や不潔を原因とした疫病の大流行は起こりにくいだろう。
まあ、こういう21世紀の日本と比べるべくもないがささやかながらも広範囲な公衆衛生概念の浸透や生活環境の改善は、実は八欲王の隠れた功績だったりもするのだが……
「お前が戻らなくとも、詳細と顛末は既に法国には伝わっているだろう。風花や法国と繋がってる神殿の連中は普通に生き残ってたし。連中、時折こっちが呆れるぐらいしぶとかったりするし」
大体、エ・ランテルと王都に潜伏してる法国勢力は把握しているモモンガであった。
割と好き勝手に過ごしているように見えるモモンガであるが、そこはツアー直々指名で手塩かけて育てた100年物のエージェント。やるべきことはやってるし、潜り込ませるべきとこには潜り込ませている。
召喚したシャドウデーモンも使うが、長期的あるいは恒常的に観測が必要な場所には、きっちりアンダーカバーを差し込んである。具体的に言うなら王都の目はラナーだけではなく、某巨大犯罪組織の警備部門にも手駒はいるのだ。
そのせいもあり、モモンガは驚くほどの精度で王都の現状を把握している。
「という訳でクレマンティーヌ、お前の任務は無事終了した。何しろ潜入工作するべき場所が無くなってしまったんだからな。任務達成、おめでとう」
「えっと……ありがとう?」
「取り立てて急ぐ案件も無い様だし、しばらく村で羽根を伸ばしておけ」
いけしゃあしゃあと言い放つ
「結局、村の外には出さないってことじゃん」
「まあ、そうなるな。出てもいいが命の保障はないぞ?」
「……了解」
流石のクレマンティーヌも骨身に染みていた。
彼女だって実のある努力ならしたいとこだが、どう考えても無駄にしかならない努力はしたくないのだ。
「さっきも言ったがせっかくの客人待遇、謎と神秘のベールに包まれた”異端異教の村”の現状でも視察したらどうだ? 少なくとも暇つぶしくらいにはなるぞ」
「ああ、そういえばここって王国じゃ珍しく”
その瞬間、周囲からかすかな殺気が立ち昇り、クレマンティーヌはそれに当てられたのかビクッと体を震わせ反射的にファイティングポーズをとってしまうが、
「厳密には少々異なる。カルネ村で信仰されてる”死の神”で、スルシャーナとは限定されていないのさ」
と苦笑するモモンガ。さりげに手を上げる仕草が『殺気を収めよ』という命令であることを村人達は理解していた。
「そうなんだ……」
「勉強になるだろ?」
「まあ、少しは……って、スルシャーナ様以外に死を司る神様っていたっけ?」
「いるんだ。これがな」
(まあ、俺のことなんだが)
「クレマンティーヌ、お前が思ってる以上に世の中は広いぞ?」
などと流石転移してから100年間、そのかなりの時間を
「それに実際、お前の身柄をどうするかって話も法国とつけねばならん」
『うげぇ~』と言いたげに、露骨に嫌な顔をするクレマンティーヌ。
「なんだ? 国に帰りたくないのか?」
「そ、そういうわけじゃないけど……絶対に叱責されるだろうし」
正確には、『国に帰りたいというよりはお兄ちゃんに会いたい』とうところだろう。
お忘れかもしれないが、この世界線のクレマンティーヌかなりのブラコン……というか露骨なまでに兄に恋愛感情を持っているのだ。
”倫理観? 道徳心? なにそれ美味しいの?”ってなものである。
「なぜ? 潜入先が綺麗サッパリ無くなった以上、任務失敗にはならんだろう?」
「でも、成功とも言えないじゃん」
「なるほどな……」
モモンガは軽く腕を組み、
「なら、どこまで援護になるかは知らんが……法国との交渉の際、少しは口添えしてやろう」
「い、いいの?」
原作での邂逅を考えれば、正反対のありえないほどの温情だった。
だが、ここでクレマンティーヌは気づいてしまう。
「ちょっと待って……ダークウォリアー、法国と直接やりあうの? 王国にアタシを引き渡すとかじゃなくて」
すると今度はモモンガが意外そうな顔で、
「なんでわざわざアテにならない王国に仲介を任せなければならん? これはカルネ村の問題だぞ?」
おかしい。なんだこの違和感は……そうクレマンティーヌは疑問を感じたが、
「心配しなくとも法国へのツテ、ああ、交渉の窓口くらいはあるさ」
(ツアーに頼めば一発だろうし)
いざとなったら自分が評議国特使、”アインズ・ウール・ゴウン”として堂々と乗り込めばいいとさえ思っていた。
幸い竜王国での活躍は、それを鉄板ネタにしてる舞台や
『ダークウォリアーに頼まれ交渉役を買って出た』と言ってもさほど不自然ではないだろう。
実際には同一人物なのは御承知の通りなのだが。
「そ、そうなんだ……」
だが、クレマンティーヌは知らない。
自分が今想像してるよりずっと長い間、この死の神を奉じる村に留まることになることを。
お読みいただきありがとうございました。
今回はちょっと繋ぎ回っぽい感じに……というのは建前で、原作とはまた違う
ついでにクレマンさんの生存フラグでもあります。
書いてるうちに妙に可愛くなってしまったような気がするクレマンさんですが……もしかしてカルネ村レギュラー入り?