NSDAPの「Nationalsozialismus」の日本語訳に「社会主義」と入っている、という「だけ」の連想から、マルクス主義やインターナショナリズムや、要するに「サヨク」の列にナチを連なるものと考えるのは、無知に加えて「嫌いなもの(サヨク)に汚いもの(ナチ)を連結させよう」という浅ましい根性がある
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ナチはNationalsozialismusだから社会主義だ、なんて言ってしまうバカどもに想像しろと言っても無駄なのは百も承知だけど、右翼左翼なんてのは相対的なものでしかなく、当然、戦間期のドイツには当時なりの対立軸があっての右翼と左翼であり、そして双方とも一枚板ではない。
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たとえばナチ(NSDAP)の中ですら、社会主義的な政策を重視するシュトラッサー兄弟ら「左派」がいて、ヒトラーとの政治闘争の果てに排除されてるし
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当時のドイツでも「正統派」の右翼といえば帝政の復活を主張する国家人民党だが、対してナチは皇帝を帰還させようなどとは考えて無かった。だからといって「サヨク」なのかというと、ナチの資金源は企業経営者とかブルジョワからの献金が多くて、全然サヨクっぽくねえ
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で、「左翼」のほうに目を転じてみると、ドイツ社会民主党(SPD)から急進派が分派してUSPDやスパルタクス団が生まれ、そこからドイツ共産党(KPD)が生まれ、そんでもってKPDは辿れば先祖のSPDとガチで武力闘争する犬猿の仲でしたね
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ナチが党名にNationalsozialistischeを含むのは、1920年代初頭の党草莽期においては、彼らはミュンヘンのビアホールで飲んだくれながら床屋政談に毛が生えたような集会をする貧乏な労働者の、反ブルジョワ的な性格を持つ集団で、しかもヒトラーは一時期レーテに所属していたことすらある影響からでしょ
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ところがヒトラーが演説の才能を発揮して人をどんどん集め出してから、パトロンとしてアッパーミドルの人々と繋がりを持つようになり、党綱領に謳われていたような反ブルジョワ的な実態は急速に薄れていった。
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ナチスが左翼か右翼か、の問題を歴史的な時系列から紐解くなら、もうこの時点でナチは少なくともサヨクではないんよ。
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ナチが左翼か右翼か、で決定的な事件が起こったのは1926年の党内ミーティング「バンベルク会議」。ヒトラーが収監中に勢力を伸ばしていた「左派」シュトラッサー兄弟の左派的な主義主張が却下され、以後はヒトラーの指導者原理が強化・優先されていく。そしてそのヒトラーが選んだのは民族主義
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書けば書ききれないほどに、ありとあらゆる方向から見てナチは「右翼」なんだけど、これを「左翼」「社会主義」と主張するその根拠が「日本語でNSDAPをどう書くか」って、しかもさーそれドヤ顔でやられんのよ、気持ちわかる?
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バンベルク会議でシュトラッサー兄弟とゲッベルスがヒトラーに勝って、党綱領をさらに改定して反ブルジョワ主義の政党としての政策や性格をハッキリさせて、その後も方針を一貫させれば、「左翼」「社会主義」と呼んでてもさしつかえないかもね。でも史実はそうじゃないんで。
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