Down with the Misogyny in Art

美術業界に男女平等を

発言が叩かれるのはもちろん、最近は発言しないこと自体でネット民から攻撃されることもある、と語る津田大介。今度は美術業界で炎上騒動となった。

Words 津田大介 Daisuke Tsuda Illustrations 大住憲生 Norio Osumi
美術業界に男女平等を

1976年にメキシコ国立造形芸術学校で開催された、フェミニスト・アート円卓会議のポスター。メイヤー作。

今年8月1日から10月14日までの75日間、愛知県名古屋市と豊田市で開催される国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の芸術監督を2年前から務めているのだが、3月末の記者会見で語った内容が、ネット上で大きな論争を巻き起こしている。「参加するアーティストの男女比を半々にする」と発表したからだ。  

なぜ参加作家の男女比を半々にする決断をしたのか。そもそものきっかけは、作家を選定するキュレーター会議でフェミニズム・アートのベテラン作家であるモニカ・メイヤーを入れるかどうかで紛糾したことにある。今回のトリエンナーレでは「情の時代」というテーマに合う作家を若手、ベテラン関係なく選出してきたのだが、モニカを入れることについては「テーマには合うが、フェミニズム・アートは色が強すぎて、お客さんが引いてしまう」という反対意見が出た。

迷っていた矢先に東京医科大学の医学部入試で女性が一律に減点されていたことが報道された。先進国である日本でこのような原始的な点数操作が行われ、それを「やむを得ない措置」と擁護する声が出てきたことにショックを受けた。報道後、最初のミーティングでモニカ・メイヤーを選出することを決め、ジェンダーの問題もトリエンナーレで大きく扱うことをキュレーターたちに告げた。  

気がつけば、魅力的な女性作家がどんどん採用されていき、トリエンナーレの全容が見えてきた。そんな秋のある日、キュレーターに今回の参加作家の男女比を尋ねてみたら「男性6割、女性4割。かなり女性が多いです」という回答が返ってきた。女性が4割なのに〝多い〟─この答えに引っかかった筆者は、美術業界のジェンダーバランスについてリサーチを始めた。

調べてみると想像以上に美術業界が男性優位社会であることが見えてきた。米国の18有名美術館の常設コレクションに収蔵された作家の男女比は男性87%、女性13%。美術品のオークション大手Artnetのベストセラーアーティスト100の中で女性はわずか5人。主な国際芸術祭の男女比を国内外問わず調べてみたが、ほとんどの芸術祭で男性作家が女性作家の2~5倍選出されていることがわかった。

しかし、現実の美術業界に目を向けると、女性プレーヤーの存在感は、年々増してきている。現在の主要美術大学の男女比は男性2~3割に対して女性が7~8割。美術館で企画を考えるキュレーター(学芸員)の男女比も男性34%、女性66%と女性の方が多い。ところが、美術館の「館長」という立場に絞ると男女比が逆転し、男性が84%にまで増える。美術館は女性が多い社会であるにもかかわらず、女性がトップにはなれない─わかりやすい「ガラスの天井」がそこにあった。

様々なデータをリサーチし、なぜこの構造が変わらないのか、その理由を現役で活躍している女性作家たちに取材した。彼女たちが口を揃えて言ったのは「美大の教育体制の男女比に問題がある」ということだった。現状でも美大の教員は8割以上が男性。10~20年前は9割以上男性で占められていた。美大教員の多くは現役のアーティストでもある。体力勝負の制作現場だと男性が勝ちやすく、教員とのパイプも太くしやすい環境がある。アーティストとして独り立ちできるかどうかは、男性教員の研究室に入れるかどうかが大きい。いくら女性作家が増え、女性美大生が増えたとしても、作家を選出する側や教える側が男性に偏る状況が続く限り、女性は男性に対してハンデ戦を強いられる。これは明らかに構造的な問題だ。この偏った状況に対して一石を投じたいと思い、今回のトリエンナーレでは参加作家を男女半々にすることを決めた。  

方針発表は大きな話題を呼び、多くの賛同者が現れる一方、「女性に下駄をはかせるなんて」「実力で評価すべきだ」「数字ありき」「質が落ちる」といった批判も巻き起こった。だが、よく考えてみてほしい。これまで公金を使った日本の芸術祭は、不自然にも一度としてジェンダー平等が達成されたことがないのだ。そもそもの男女比が著しく偏っている業界ならいざ知らず、男性以上に女性の存在感が大きい美術業界で、こうした現象が起こることは「歪み」以外の何物でもない。「歪み」は芸術祭の「質」に悪影響を与えていたと考えるのが自然であり、女性作家を男性と同数程度にまで増やすことは、むしろ質の向上に寄与するだろう。  

もちろん最終的には男性や女性といったカテゴリーではなく、個人の資質によって評価をされることが理想である。今回の取り組みは、美術業界のジェンダーバランスが適正化するまでの一プロセスとして評価していただければ幸いである。ぜひこの夏から秋にかけて愛知県を訪れてみてほしい。今までにない、個性的で楽しい芸術祭を体験できるはずだ。

美術業界に男女平等を

Daisuke Tsuda
1973年、東京都出身。ジャーナリスト/メディア・アクティビスト。早稲田大学社会科学部卒。早稲田大学文学学術院教授。メディア、IT・ネットサービス、コンテンツビジネスなどを専門分野に執筆活動を行う。主な著書に『Twitter社会論』(洋泉社新書)などがある。

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津田大介
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2019.06.03