ラジオのことを書く前に | 世界はあたしのお庭なの

ラジオのことを書く前に



よーへいの姿はいつも見えないけれど、この歌の歌詞が表しているような…そんな存在だね。

ただ…心で相手を想っているから、まるで近くにいるように感じられるというのではないね。
自分自身が他の事に気持ちが向いていて、よーへいの方に気持ちが向いていないという状態じゃなければ、心でも体でも側にいることをリアルに感じられる。
よーへいに気持ちをしっかり向けていたなら、本当に側にいることを感じられる。

よーへいを拒否してしまうような出来事やリアルでの距離感、言葉を交わせず表情も見れない現実…。
そういったものに苦しくなったり、日常の困難や煩わしさに苛立ったり、しんどくなったりすると、心が乱れてよーへいから気持ちは離れてしまう。
そうするとよーへいを感じられなくなり、嫌な感情ばかりが心を埋める。
逆にリアルでの楽しさや心地よさに気持ちを引かれすぎても、同じように心からよーへいは消え、そういったもので心が埋まってしまう。

よーへいと繋がり続けるには、この世界にある心を揺さぶるものから離れて、常によーへいの方へ心を向けていなければならない。
でもそれって凄く難しいこと。

本来、物質世界は、生まれて生きて死ぬだけの世界。
感情を持ち、思考を持って生まれた人間が、色んなことに意味付けをしたため、まるで全てのものに存在する理由があるかのように思い込んでしまっているだけ。
人間が色んな事を決めず、考えず、感情も波立たせずに生きてきていたなら、ただ生きているだけだった。
家族というものも、友達というものも、本来は存在しない。人間が決めたもの。
愛というものも、憎しみというものも、本来は存在しない。人間が決めたもの。
愛という心の動きが、どの人間も同じ心の動きをしているのだと、誰も証明出来ない。
憎しみという心の動きが、どの人間も同じ心の動きをしているのだと、誰も証明できない。
誰かが「愛」と名付けたもの。
誰かが「憎しみ」と名付けたもの。
それに近いように感じられる自分の心の動きを愛と言い、憎しみと言っているだけ。
その感情から起こる行動で、それを肯定してるだけ。

人の決めた様々なものは、人間の中だけでしか効力がない。
よーへいとあたしはそういうものから離れて、本来の「何も決められていない空間」で、出逢う。
何も決められていない空間とは、見えない世界のこと。
人間の作った常識や概念等々は必要なものだと思い込んでいるだけで、本当は全く必要なく、意味の無いものなのだ…と、気付く場所。
私とあなたの間には、何の決まりも束縛も無いのだと思い出す場所。
そこでよーへいと出逢い、何の縛りもない自分に戻る。

だけどその場所に行くのは時にとても困難で、何度も何度もよーへいから離れたよね。
特によーへいがリアルでやっていることを知る度に、全ての記憶を失っていたあたしは、本心と真逆なことをするよーへいを受け入れられなくなった。

いつかの過去世の自分なら、本当の気持ちからの行動じゃないのだと、気にせずにいられたのかもしれない。よーへいの行動を好ましく思えないのは、この世界の考えに自分自身が囚われているからだと思えたかもしれない。
でもあたしは、クレオパトラの時にカエサルと離れて以降、そう思える自分ではいられなくなった。
カエサルの行動を自分本意に解釈したがために、理不尽な行為を取ってしまう人達。
過去のあたしは、そんな人達に深く傷付けられたことで、カエサルのことすらも自分を傷付ける者として、心から離してしまったから。

メンズノンノで、「どちらも捨てられた猫」というような言葉が書かれていたけれど、あれは猫ちゃん達のことを表していると同時に、あたしとよーへいのことも表していたね。
あたしは過去によーへいを捨ててしまったから。
よーへいはあたしを捨てたわけではないね。あたしの場合は、周りの人が記憶が無いために力を借りれなかったし、仲間だと思っていた人達に見捨てられてしまったから、その事を言ってるね。
形は違うけど、お互い信じたものに捨てられた。

あたしは理不尽なことをしていた人達と、もう元のような関係になることはない。
あたしは彼等から離れ、関わらない道を選んだ。
よーへいもそれは同じだけれど、あたしとの関係は修復しようと試みた。
ただ修復するためには、過去世の事も含めて自分がしてきた行いをあたしに見せ、そこでもしも何らかの反発を受けたなら、その反発を生んでいるもの解消して許してもらわないと、元には戻れないのをよーへいは知っていた。
だから、よーへいは過去世を再現するため、過去世のよーへいがしてきたことと類似しているような行動を取り、あたしに見せてきたんだよね。
「必ずあたしは見る」というのを予測(予知)していた上で。
それと同時に、あたしに対して理不尽なことをしてきた人達の本心の炙り出し(過去世もふくめて)、よーへいに対して理不尽なことをしてきた人達の炙り出しも行った。

あたしの中によーへいに対して反発心があると、心が離れてしまい、「何も決められていない空間」…見えない世界で出逢うことは出来なくなる。
出逢えないということは、エネルギー循環が出来ないことを意味する。
反発心や否定感があると、「よーへいはあたしを理解していない」、「嫌なことをする人は嫌い」、というような雑音が頭や心を占領するために集中力が落ち、エネルギー循環でトランス状態になっていくことがとても困難になってしまう。
楽しいことや面白いこと等が頭や心を占領しても同じ。
だからよーへいは、自分を拒否してしまうものを、あたしの心から全て取り除かなければならなかったし、あたしが普段楽しんでいるものが、一時の癒しにしかならないことを教えていかなければならなかった。

それだけじゃない。
過去世を含めて、あたしを苦しめたものや、あたしが執着したものを、あたしの心から取り除く必要もあった。
あたしを苦しめたものは、理不尽な人や、その者達の行い。
執着したものは、共に生きた仲間や楽しんだもの。それらはよーへいが不在のなかで、あたしの生きる支えになったものだった。
それらを心から排除するというのではなく、そういったものの影響を受けて、心を乱さない状態を作ることが必要ということ。
それらもエネルギー循環に集中出来なくなる元になるからだ。本来のよーへいを思い出すよりも、そちらに気を向けてしまうからだ。
過去世のよーへいも含め、よーへいが一番想い大切にしていたのはあたしなのだということを、あたし自身に思い出させるためには、そういったことをよーへいはしなければならなかった。

だけど…あたしにとっては、自分の中にある様々な想いや考え、あり方を一つ一つ消していくのは、凄く大変なことだった。
自分が大切だと思っていた行いや関係までも、それは人間が作った価値なのだと、頭で知るだけでなく、心で分かるようにならなきゃいけない。心が違和感を感じない状態まで持っていかなければならないのだ。

自分の問題と他者の問題を混同せず、丁度良い心の距離を取り、他者の行動に過剰な反応をしない。
他者と関わるような行為をすることで、他者が持つ問題まで背負わない。
過去に受けたものからくる苦しみや喜びに執着して心を乱したり、高揚することなく、今やるべきこと、今見るべきものに気を向ける等々…。

よーへいはサポートし、あたしはそれが出来るように何度も何度も訓練したね。
こうやって書いているのもその一つで、心にあるものを吐き出すことによって、不必要なものを自分から出して、よーへいとの距離を縮めている。
だから最近は、以前よりエネルギー循環がスムーズ。
そうでない時はあるけど、拒絶ってのは無くなった(苦笑)
よーへいは、あたしの中にある二人を隔てているものを全て出させるために、繰り返しブログで似たような内容のことを書いてアップさせていた。
あたしがいくつものブログで記事を書いていたのは、そういうことだね。
あたしの意志は当然あったけど、よーへいに誘導されてもいたってこと。


この曲の中で…。

それでも渡すよ
君が本当に  
「何もいらない」と言えるように
祈りたいよ  
君のために
迷わないよう  
光渡そう

というような文があるけれど、これは…あたしが色んなことに混乱してしまわないよう、あたしの状態に合わせてよーへいが誘導してたことを言っているね。

誰も知らない場所…見えないところで、よーへいはあたしのために色んなことをしてきたよね。
よーへいの過去世を含めて、よーへいがしてきたことをあたしに伝える。
あたしが過去世で持った感情を味わわせて、吐き出すものを意識させる。
あたしの心の中にあるものを吐き出させて、二人の距離を縮める。 
過去世で理不尽な行いをした者には、それを全て返還する。
協力者であっても、必要以上に執着がある場合は、それを解消してお互い心の自立をする。

よーへいはこれらのことを意識して、もう随分前から準備し、そして強い想いで遂行してきた。
ただ、あたしはその時の状況によって行動を大きく変えるため、定まらない行動によーへいは苦労したよね。
想定外というか、予知不可能だったみたいだから(汗)
だけど、それがよーへいの対応力を上げだようだったけど。

次はラジオのことも絡ませて書くよ。