土曜「聞く・語る」【北の文化】
アイヌ民族と朝鮮人のつながり 石純姫
●石純姫 苫小牧駒沢大学教授
■協力と抵抗の間で生まれた奇跡
来年は、アイヌモシリが「北海道」と命名されて150年目だという。行政や企業の様々な記念イベントが展開されるだろう。「開拓」や「近代化」の物語の中で、先住民であるアイヌや植民地の被支配民族であった朝鮮人の北海道での存在や歴史は、どのように表象されていくのだろうか。
国境や様々な境界線を越えて、人々は移動を繰り返してきた。近代期の大日本帝国では、植民地の包含と領土拡大の中で、民族の多様性や血統の混合の歴史も体制の言説として強調されてもいた。近代という時代はそのような移住が、自らの意思であっても、それを余儀なくされた場合であることも多く、意思に反した強制的な移動も大規模に行われた時代だった。日本の植民地支配も、アジアにおいて過酷な状況下の人間の移動と移住を進行させた。しかし、大日本帝国の崩壊と共に、血統や文化の混合や交流の記憶は一掃された。
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このほど出版した「朝鮮人とアイヌ民族の歴史的つながり」(寿郎社刊)では、北海道において、強制連行による過酷な労働現場から脱出する朝鮮人をアイヌの人々が支援し、血縁を結ぶなど、定住化につながる深い関係性の歴史について明らかにした。その定住化も、通常考えられてきた植民地統治期をはるかにさかのぼるものであった。また、そのつながりは、アイヌ文化を伝承する朝鮮の人々を創出した。
権力機構が決定した大きな暴力の枠組みから末端の直接的な暴力組織に至るまで、教条的な体制に抵抗する思考力を持つことは、極めて困難なことである。そして、このような思考停止と対極にあるのが、アイヌの人々の行為だった。朝鮮人労務者の脱出は、厳しく罰せられ、死に至る暴行も少なくなかったと言われる。その脱出者をかくまい、血縁関係を結び、定住化させるまでの行為は、まさに命懸けのものだったと言える。
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北海道における先住民アイヌと植民地被支配者である朝鮮人のつながりは、従来のアイヌ像を覆すものであると同時に、「協力」と「抵抗」のはざまで生まれた一瞬の奇跡的な希望の行為として記録・記憶されるべきものであろう。その局面を大きな視点から再考した時に見えるものは、人間として、思考力を失わず、生命の大切さや他者との共存を目指したアイヌの人々の行為ではないだろうか。
このような行為を、ことさら、アイヌ民族の崇高さや朝鮮人の悲惨さだけで語る意図はない。したたかに過酷な状況を乗り越える手段として、双方が協力したこともあるだろう。しかし、そこには、美談やしたたかなつながりを越えて、人間を分断し、思考停止に陥らせる帝国主義の戦時下の状況があったことを忘れてはならない。
国家や国民というものが身体化されず、居心地の悪さを保ち続けることによって見えてくる様々な歴史の諸相がある。故郷を失った者たちが夢見続ける安住の地は、グローバル化が進行する現在、どこにもないことがわかる。そして、それはディアスポラ(離散)だけの結末ではない。多様性に満ちた重層的なアイデンティティーは、常に揺らぎと葛藤のはざまでさまよい続けながら、グローバル化やそのなかで進行する排外的なナショナリズムにあらがう新たな可能性を探り続けるだろう。
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ソク・スニ 苫小牧駒沢大学教授 1960年、東京生まれ。苫小牧駒沢大国際文化学部教授。専門は植民地研究、近代日本言語思想。近代期北海道における朝鮮人の移動と定住化の形成過程を研究する。
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