タイ最大手のショップ「K-SPEED」が手がけた『スーパーカブ』のカスタムモデル
カスタムバイク、あるいはカスタムビルダーの命は、オリジナリティにあるといっても言い過ぎではない。とはいえ、奇抜さだけでは評価してもらえず、細部にわたって美しく仕上げるための技術や知識を広範に持っていなければならない。インスピレーションを実体化するのは簡単な作業ではないが、他者に認めさせる技術力が重要なのだ。
能書きはさておき、このカスタムバイクの写真を見たら理屈抜きに称賛したくなるのではないか。ベースは、ホンダが誇る世界的ロングセラーの小型バイク『スーパーカブ』。その頑丈さと扱いやすい操作性から、日本ではおもに業務用バイクとしておなじみだが、じつは汎用性も高く、海外ではカスタムベースに用いられることも多い。聞くところによれば、上海には『スーパーカブ』を電動化してしまったカスタムショップもあるという。
今回のカスタムモデルを手がけたのは、バンコクに拠点を置く「K-SPEED」というカスタムショップだ。タイ国内だけでも10店舗以上を展開する東南アジア最大手のビルダーである。この『スーパーカブ』は、やはり当地でよく知られる外装ブランド「STORM AEROPARTS(ストーム・エアロパーツ)」との技術協力によって誕生したものだという。
英国スタイルではなく、「タイの若者がカフェで自慢したくなる愛車」がコンセプト
カスタムにあたっては、まずフロントセクションを重点的に再設計した。フォーク間隔ぎりぎりの極太タイヤを履かせたうえ、ディスクブレーキ、そしてカーボンホイールカバーを取り入れ、さらに特徴的なデザインをもったフォークカバーを装着。そうすることにより、『スーパーカブ』のもつ大衆的なイメージを一新することに成功している。
トリミングされたリアエンドと、ドリルされたサイドパネルへと続くデザイン処理も、じつに見事というほかはない。ハンドルバー、フットレスト、リアショック、ショートマフラーなどの選択も、慎重に行われたであろうことが容易に想像できるのだ。
しかし、このカスタムモデルが注目を集める理由は、むしろ配色と質感が大きな要因だろう。「メタリックブラウン×マットブラック」のカラーコンビネーションは、これまでの『スーパーカブ』にはなかった洗練されたイメージだ。さらに、塗装では得られない独特のツヤは、素材に着色されたプラスチックパーツによるもの。これらのパーツはK-SPEEDとストーム・エアロパーツが共同で開発している。それゆえの完成度となったわけだ。
コンセプトは「カフェレーサー」だが、ブリティッシュスタイルではなく、タイの若者が「カフェで自慢したくなる愛車」といった存在感を感じさせる。それは、タイならではの感性とアイデアというべき個性だ。ほかの東南アジアの国々と同じように、タイでは小型バイクの存在と意義が日本とはまったく違う。タイの庶民にとってクルマはまだ簡単に乗れるシロモノではなく、多くの人々は日々の生活の足として小型バイクを利用している。
なかでも、『スーパーカブ』はその代表的な存在で、タイでは古くから現地生産もされてきた。そもそも、ホンダの本格的な東南アジア進出は、1964年にタイに設立した現地法人から始まったくらいだ。タイでは、カフェに集まった若者が『スーパーカブ』をはじめとする自分の小型バイクを自慢し合ったりするのがリアルタイムな風景なのである。
もしタイの技術力やデザイン能力を低く見ているなら、その認識をあらためるべきだ
K-SPEEDは今回のモデル以外にも、モダンレトロな『Super Power Cub』というカスタムモデルの『スーパーカブ』を製作したことがあり、そちらの仕上がりも素晴らしかった。さらに、『スーパーカブ』に限らず大型車のカスタムやカスタムパーツも手がけており、いずれのデザインも高い評価を得ている。タイ企業の開発力や加工技術を低く見る向きがあるかもしれないが、そう考えているなら認識をあらためる必要があるだろう。
エディトゥールでは、ベトナムのファクトリーによる超ユニークなカスタムバイク『ODYSSEY』を紹介したことがあるが、やはりアイデアと技術において目を見張るものがあった。経済界のみならず、アジアの未来には目を向けなければならないようだ。
今回のカスタムモデルは、現時点ではショップの宣伝用のワンオフモデルにすぎないが、いずれコンプリートとパーツのどちらでも販売されることになると思われる。K-SPEEDの特約店は日本国内にも多数あるので、日本でも購入できるようになる可能性は高いだろう。
Text by Koji Okamura
Photo by (C) K-SPEED
Edit by Takeshi Sogabe(Seidansha)