その名は『デュモン』。もはやカスタムバイクというよりモダンアートのような外観
F1グランプリのファンでも、タルソ・マルケスという名を覚えている人は少ないのではないか。経済動向の影響を受けやすいF1サーカスは、才能がありながらチャンスを与えられなかったドライバーを数多く生んだが、マルケスも間違いなくそのひとりだ。
彼は今、母国であるブラジル国内のレースを中心に活動しているが、じつは航空機やボートのカスタムを手がけ、各種の競技用パーツを開発して成功を収めている。さらに、カスタムバイクビルダーとしての名声も得ているようだ。しかし、そのクレイジーで独創的な仕上がりは、もはやカスタムバイクというよりモダンアートと呼ぶべきかもしれない。
マルケスの開発チームはTMC(Tarso Marques Concept)といい、彼らが数年がかりで完成させたその独創的なカスタムバイクは『デュモン(Dumont)』という。
ご覧のとおり、そのルックスはもはや奇抜というレベルを超えているが、じつはこの『デュモン』、2018年のデイトナ・バイク・ウィークで開催されたカスタムコンペで「Best in Show」に輝いているのだ。権威あるアワードが興味本位でタイトルを与えるわけがなく、マルケスの企画力と技術力の両面が評価されたことの証明になっているのである。
ロールス・ロイスの航空機用エンジンを搭載し、36インチのハブレスホイールを装着
片側3気筒ずつ真横に飛び出したエンジンは、ロールス・ロイスが製造した航空機用の水平対向6気筒で、標準仕様なら排気量は5000cc、最高出力は300hpだ。
エンジン単体車重は120kgを超え、その巨大な心臓を支えるのは、なんと36インチという大径のハブレスホイール(スポークもハブもないホイール)である。ハブレスなのでスピンドルを介するサスペンションの概念はなく、強力なトルクを伝達するドライブユニットの詳細も不明。しかし、ちゃんと走れることはTMCが公開している映像で確認できる。それも、映像を見るかぎり快適そうだ(ただし、航空機用エンジンなので爆音が凄まじいが)。
航空機用エンジンを搭載したカスタムバイクはめずらしくないが、とはいえ、ここまでオリジナリティに溢れてチャレンジングなカスタムモデルは見たことがない。
じつは、マルケスがここまで強烈な個性を実体化したのにはいくつか理由があった。ひとつは、『デュモン』という名の由来と大きく関係している。デュモン(Dumont)とは、アルベルト・サントス=デュモンのこと。発明家であり航空機設計者、そしてヨーロッパにおける飛行家のパイオニアで、平和主義者としても知られたブラジルの偉人である。
デュモンはライト兄弟に遅れはしたものの、動力飛行の開発によって賞金を得て、慈善活動に使い、さらに飛行原理を広く知らしめるために設計図を公開した。マルケスは同じブラジル人としてデュモンをオマージュし、自分が生んだバイクにその名をつけたのだ。
もうひとつは、このカスタムが「純粋なブラジルの技術と設備」で作られたこと。設計はもちろん、加工機械もブラジル製で、マルケスはブラジル国内で調達されたパーツをブラジル人の手で組み上げることに執着した。それによってブラジルの技術力と感性を世界にアピールしたかったのだろう。その手法として選んだのが『デュモン』だったのである。
マルケスがメイド・イン・ブラジルの独創的すぎるカスタムバイクを製作した理由
F1ドライバーとしてのタルソ・マルケスは、1996年のブラジルGPでデビューし、何シーズンかのブランクを経て2001年のベルギーGPがラストレースとなった。在籍したのはいずれもイタリアのコンストラクター、ミナルディだ(2005年にレッドブルに買収されたのち、2006年シーズンからスクーデリア・トロ・ロッソへと移行した)。ちなみに、2001年シーズンにチームメイトだったのは、あのフェルナンド・アロンソである。
ミナルディといえば、小規模チームの典型で、いつも財政難に陥っている万年テールエンダーとの印象が強い。まさにそれこそマルケスがF1で成績を残せなかった原因だ。1996年にいたっては、全レースでリタイアを余儀なくされている。カートレース、南アメリカF3、そしてF3000と、数々のレースで最年少優勝者の記録を作りながら、F1ではいいマシンに恵まれず、そればかりかスポンサーをもつドライバーにシートを奪われた。
そのマルケスが今度はビルダーとして、メイド・イン・ブラジルの独創的なカスタムバイクで世界を驚かせているわけだ。なおマルケスの年齢は、まだ若干43歳である。
Text by Koji Okamura
Photo by (C) Tarso Marques
Edit by Takeshi Sogabe(Seidansha)