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(富子)時間がある今 この間にトレースの練習をします。トレースは 見てのとおり動画の線を崩さずセルに写し取ることです。
なかなか うまいじゃない。(なつ)ありがとうございます!
それじゃ もう一度同じ絵を描いてごらんなさい。
おんなじものを?
それじゃ もう一回 同じものを。
もう一回。
もう一回。
それじゃ もう一回。
それじゃ もう一回。
なつは 同じ絵を 10枚も描かされました。
トレースしたセルを全部重ねてごらんなさい。
(一同)あ~…。
ああっ…。
♪~
♪「重い扉を押し開けたら暗い道が続いてて」
♪「めげずに歩いたその先に知らなかった世界」
♪「氷を散らす風すら味方にもできるんだなあ」
♪「切り取られることのない丸い大空の色を」
♪「優しいあの子にも教えたい」
♪「ルルル…」
(一同)あ~…。
それと同じことを ここにいるトレーサーの西部さんにもしてもらいました。
それが これです。
すごい きれい…。
(富子)映画のフィルムは1秒間に24コマです。私たちが作っているアニメーションは大半が セル画1枚を2コマずつ使って12コマで出来ています。
その1秒間に 動いていない部分がこれだけ動けば どうなりますか?
しかし こっちもきれいに 一本の線に重なっているように見えて微妙に ズレがあります。
(富子)どんなに うまく描いても完璧に重なることはないんです。けど これが絵に命を与えることになります。動いてないように見えるところでさえもこうやって かすかに動いてるから絵が生きてるように見えるんです。
へえ…。
これが トレースの技術です。それじゃ みんなも心して練習して下さい。
(桃代)なっちゃん 見事にいけにえにされちゃったわね トミさんに。トミさん?
あ… 会社で 石井富子をトミさんって呼べる人は限られてるけど私たちは 陰で呼んでるの。おトミさんとか。
まあ 腹が立った時は トミ公だけど。
トミコー?うん。
あっ 本人に言っちゃダメよ。
言えないってば。
でも うまく描けた方なんじゃないの?初めてにしては。
う~ん… 子どもの頃初めて 見よう見まねで牛の乳を搾ったこと思い出したわ。
あん時は うまくいったんだけどね…。
やっぱり どんな仕事も 奥が深いんだわ。
ねえ その服は自分で買ったの?
え 買ってない。これも 同居してる亜矢美さんの。
いいわね。給料安くて そんなに買えないもんね。
モモッチは どんどんおしゃれになっていくべさ。
安物で工夫してんのよ。
モモッチ 色のセンスあるわ。
なっちゃんのセンスに合ってるだけでしょ。
そうかも。
なっちゃんは 今も 亜矢美さんに服を選んでもらってるの?
ん~… 選んでくれたのは最初の1週間だけ。
あとは自分で磨けって。
(下山)2人とも よく頑張っているよ。
びっくりした。下山さん。
今のところ まだ同じ服装を見たことない。
いや 同じ服は着てても組み合わせは 必ず何か替えてる。
感心するよ ハハハハ…。
どうして そんなこと分かるんですか?
ん? 証拠なら ここにあります。
えっ 毎日描いてたんですか!?うん。だって 同じ服装が来たらやめようと思ってたらこんなことになっちゃった。
いや そんなこと言われたら明日から毎日服 選ぶの難しくなるじゃないですか!
同じ服装で来たら 逮捕するからね。
よし 逃げきってやるわ!
(下山)うん。モモッチ…。
バン! バン! ハハハ… 頑張って。
逃げきろうね なっちゃん!
(野上)いらっしゃいませ。
お久しぶりです。
見る度に あなた 安っぽい芸術家のような格好になってきますね。
えっ…。
服は変でも 芸術が安っぽいとは限らないじゃないですか。
服は変だと思ってるんですね。
(佐知子)あっ なっちゃん!
お帰りなさい!佐知子さん!
(せきばらい)
いらっしゃいませ。1人ですけど。
あいにくと今 満席でして…。
川村屋では 去年の暮れからテレビが置かれてますます 商売繁盛しておりました。
(光子)あっ なっちゃん 久しぶりね。
あっ マダム。元気そうね。
はい。 東京の兄も元気です。
誰も聞いてないわよ そんなこと。
あっ マダムは「人形の家」見て下さいましたか?
あ… 忙しくて無理ね。
チケットは買ってましたけどね 10枚も。えっ?
それは… 新劇好きのお客様にあげるためですよ。
マダムは やっぱり 兄を…。
違うわよ! 恋じゃない!いえ…応援してくれてるのかと思って。
実のところ似た者同士だったりはしますね。
野上さんまで 何を言ってるんですか。(信哉)こんにちは。
(光子)あら いらっしゃい。(野上)いらっしゃい。
なっちゃん!信さん。来てたんだ。うん。
あっ ちょうどよかった。
もうじき テレビジョンで僕が取材したニュースが流れるんだ。
一緒に見てよ。へえ~ 本当に?
(信哉)うん。
♪~
(テレビ)「日夜 増幅し続ける街 東京。そんな中 取り残されるのが子どもたちの存在です。東京の玄関口 上野では毎月30人の迷い子が保護されます。一日3回 駅を巡回しているのは上野署の警察官たち。この日も 駅で泣きべそをかいていたマツカワカツミちゃん 7歳に声をかけました。どうやら 離れて暮らす父親に会いに行こうと駅まで来たものの途方に暮れていた様子。母親が迎えに来た瞬間大粒の涙をこぼす カツミちゃん。その姿に警察官も…」。
(千遥)お母さんに会いたい!大丈夫だってば!
(テレビ)「恋しくて しようがなかったという感じで何度も見つめ合う2人。都会という名の砂漠を潤す家族の絆です」。
これが 信さんのニュース?
はい。1年かけて 顔なじみの警察官も増えてやっと踏み込んだ取材ができるようになったんですよ。
ねえ 信さん…お願いがあるんだけど。
何?
千遥を見つけたい。
えっ?千遥の行方を捜したいの。
♪~
なつの知りたいニュースは それだよな。
それは 僕も ずっと気にはなってはいるけど…咲太郎は捜してもしょうがないと言うし…。
お兄ちゃんは 千遥は とっくに私らのことを忘れて幸せにしてるからそれを邪魔しちゃいけないって言ってるだけ。
居場所が分かったって千遥の幸せを邪魔するようなことは絶対にしない…。
咲ちゃんは 違うんじゃないのかな。
えっ…?
もし会っちゃったら自分が どうなるか分からなくて苦しんでるんじゃないかしら?
(信哉)どういう意味ですか?
千遥ちゃんに今の自分が何をしてやれるかって…そんなふうに 自分の心が乱れるのが怖いのよ きっと…。
なっちゃんの時も そうだったじゃない。
お兄ちゃんには 私が話す。
したら 信さん 捜してくれる?
それは もちろん 必ず捜すよ。
♪~
(2人の遊ぶ声)
(咲太郎)ただいま。お帰りなさい。
相変わらず頑張ってるな。体 気を付けろよ。
うん お兄ちゃんもね。
こっちは 明日が千秋楽だ。
おい 雪次郎が 毎日見に来てるぞ仕事が終わってから。
だから 第3幕だけな。何回も見てるよ。
あのさ お兄ちゃん。ん?
話があるんだけど。話?
何だ?
千遥のこと。
今 どこにいるのか知りたい。
なつ…。千遥が 私らのこと忘れててもいい。
千遥がいることを確認するだけ。
遠くから見るだけでもいい…。
千遥に会いたい…。
だけど どうやって捜すんだ?
信さんが捜してくれるって。
信が…?
ねえ お願い…おばさんが引っ越す前の住所 教えて。
♪~
これが おばさんから孤児院に来た最後の手紙だ。
そこに 千遥は幸せに暮らしてると書いてある。
ねえ それじゃ…お兄ちゃんが孤児院を出たあと引っ越し先を知らせる手紙が来てるかもしれないね。
来てないよ。それからは 一通も来てないそうだ。
引っ越す前の家にも行ったんだ。
えっ…。
近所の人に聞いてもどこに行ったか分からなくて。
お兄ちゃんも やっぱり会いたかったんだよね。
当たり前だろ。
信に よろしく頼むと言ってくれ。
ありがとう お兄ちゃん。
無理するなよ。
♪~
川谷としは なつの母親のいとこです。
なつよ どうしても知りたいか?
知りたいよな…。