Decipit exemplar vitiis imitabile 作:エンシェント・ワン
<< 前の話
†000 水魔法
サトル・スルシャーナと共に旅を始めてしばらく後、手持無沙汰だったキーノ・ファスリス・インベルンは魔法の向上を目指したいと進言した。
元々才能はあった。素質についてはよく分からないが、人並みではないかと。
まだまだ成長途中の能力故、正しく使いたいしサトルの役に立ちたい気持ちがあった。
「特定の魔法を覚えるにはどうすればいいの?」
「んっ? んー……。それは運……次第かな……」
魔法の事は何でも知っているサトルでも答えられない事がある。それが何なのかは正確には分からない。けれども秘密にしなければならない重要な事というわけでもないようで安心した。
サトルは何も覚えていないキーノを旅の伴侶に向かえ、様々な事を教えてくれる。
彼が
どうしてそうなったのか、キーノ自身には覚えが無い。けれどもある日突然全てが変わった事だけは理解できる。
何しろ脳機能が死んでいるのが
「手ごろな……宿を取って……。あまり
神秘は常に隠匿されなければならない。
これはあくまで風潮であって絶対ではない。サトルは雰囲気づくりの為にそうするのだと後で教えてくれた。
何事も雰囲気は大事である、と。
身体に覚え込ませるうえで効率を上げるには様々な方法がある。特別な食べ物や薬はもちろんのこと、時間や心身の精神状態も。
儀式魔法というものがある。これは大勢が一つの魔法を行使する際に互いの信頼関係が大事だと言われている。
実際の儀式魔法は効率を上げるために洗脳する場合があるとか。それはそれで一つの方法らしい。
小都市の宿に落ち着いてから周りに遮蔽物のない場所に移動する。
これは単に迷惑をかけないため。呪術的な意味合いは無い。
「まず君が取得している
「はい」
簡素な岩を椅子に見立て、キーノとサトルは向かい合う。
教師役はサトル。
普段の彼は街中では偽装用に戦士風の
対するキーノはボロボロの黒い衣服だが魔法的な加護が込められた由緒正しいマジックアイテムである。
普段は恥ずかしさの為にフードで隠す金色の髪の毛は今は自由に風に晒している。
元々色白だった肌はより白く、けれども汚らしく腐敗はしていない。
発汗しなくなったとはいえ風呂は大好きだ。
吸血鬼種になっているらしいが瞳は赤い。これは元々からなのか
――元々の色が関係しているのかもしれない。
「俺は知識は教えられるが人に使わせる事までは出来ない。期待されても無理な事があるからな」
「はい」
元気よく返事をするキーノ。
見た目は幼い女の子。しかし、
老化はしないがデメリットもある。
「俺は魔力系の約半分の魔法を習得している。全ての魔法が実益であるわけではない。中には危険なものも含まれている。キーノには実戦より知識を深めてもらいたい」
見た目が邪悪な
物腰が丁寧で威圧感が無い。
まずサトルは実際に魔法を唱えてキーノに披露する。
言葉より視覚から理解を早めようと思った。
高い位階魔法は辺りを焦土と化すし、騒ぎを聞きつけられると面倒だから。そういう理由で低い位階から始めた。
キーノにとっては低くても様々な魔法を扱う彼に羨望の眼差しを向ける。
魔法を覚えたくても覚えられない人間はたくさん知っている。それらを優に超えた能力を持つサトルはまさに偉大な
それが無名なのだから信じられない。――キーノはそこまで世間に精通しているわけではないので有名度は理解できていないけれど。
「見せたからとてすぐに『
そもそも魔法とは何か。それはサトル自身にも説明できないもの。
出来ないというか――
(……ステータス画面に載っているから、なんて言えないよな)
キーノには窺い知れない事実がある。
サトルはそもそも
(でも、この世界の人間達は実際に魔法を扱えているわけだし。俺にはそっちの方が凄いと思う。しかもステータス画面無しで。どうやって取得してるんだか……。それと経験値の振り分け。これが出来ないと能力値を増やすことも難しい筈なんだけどな)
軽く唸りつつ現実に意識を向ける。
仕様だの才能の違いはあれど発現する力はどちらも同じ。厳密には違うのかもしれないが大体のところでは一緒である。
「堅苦しい説明はやめて。いくつか戦闘以外の魔法を見せるとしよう」
「戦う以外と言えば治癒? それとも転移?」
「いやいや。日常生活にちょっとしたサプライズ……。心の拠り所というか……。あると便利だな、という……」
(ぶっちゃけ『微妙系』って奴だ。これ実装した奴の精神を疑うわ、みたいなのもあるし)
ゲームにおいて戦闘以外といえばアイテム制作やプレイが便利になるような補助的なものが浮かぶ。しかし、それ以外にも用途として存在する。
利用方法は千差万別。戦闘特価から見れば無価値にも思えるものも少なからずあるものだ。
(手当たり次第に習得した結果。俺にもなんでこれ取ったのか忘れているものもあるけどな。一回しか使わないようなニッチな魔法とか)
コンプリート。それはプレイヤーであれば誰もが憧れる単語だ。
特にサトルはやり込み系のプレイヤーだ。無意味だと分かっていても手を出さずにはいられない。
「では、見せてやろう。魔法の
両手を広げるように掲げるとキーノが拍手して喜んだ。期待に胸を躍らせる子供のように。
彼女の無垢なる笑顔は
生者憎しが通説の
「〈
開けた場所に突如として間欠泉が吹きがあり、それが治まるころには円形の温泉が出来上がった。
この魔法は――一応――攻撃魔法に属するが温泉を楽しむことも勿論出来る。出始めはかなりの高温なので適度に冷やす必要がある。
周りへの被害を出す魔法とは言え、攻撃の用途としては疑問を覚える。あと、温水が噴き出るので火を消す効果がある。
(いちいち噴き出るから温泉づくりに役立つかは微妙なんだよなー。しかも攻撃魔法だし、これ。……確か火傷じゃなくて殴打ダメージを与えるんだったか?)
ここは現実世界で、住人が居る。
「水源が無いのに水が噴き出た」
「そう。これが魔法の力だ。どういう原理なのか俺にも分からないが……」
魔法は不可能を可能にする。時には物理法則すら無視して――
理屈はおそらく誰にも説明できない。しかし、確かにこういう魔法がありますよ、とは言える。
普通の人間の感性から言えば理解不能だ。
水源が無いので埋めてしまえば処理できる。後々また噴き出るような事は無い。
本物の温泉ならば土で埋めた程度で収まるわけがない。
せっかく出た水たまりは時間と共に冷えていく。そして、消えていく。
それを温めたい時はどうするのか。焚火で炙ったり焼いた石を投入する。
原始的な手法もいいが、ここはやはり魔法の力を使いたい。
「そんな時に便利な~魔法がありま~す」
(まるで通販番組だ)
サトルは
対策を取っていれば短時間に限り、溶岩の中に手も入れられる。これはステータスの恩恵があるからこそ出来る芸当だ。普通なら火傷どころか手首が溶け落ちる。
いわゆるダメージ覚悟というもの。
「まだ温かいと思いますが……。冷たくなった、という想定で……」
「はい」
「〈
術者の意思によって温度を高めたり、冷やしたりする魔法だ。温度の高さは術者レベルによって変化する。
サトルの場合は一気に沸騰させたり、一瞬で凍結まで下げる事も可能だ。
(凍結させたければ氷魔法を使えばいいし。何の用途を目的としていたのか)
取得している
それにしては使いどころが限定される魔法だなと呆れてしまう。
(水を温めたいだけなら『
サトルが提示したもう一つの魔法は水筒の水を沸騰させたり、保温に適した小規模用途のものだ。
追加で水を足すと効果が失われる。
「水が足りないと思ったら……〈
信仰系に属する魔法もマジックアイテムの力で――一日に扱える回数が限られているが――行使することができる。
本来は豊富な魔法を扱いたいが出来ない事も多くある。それは戦闘用に調整した
キーノが現在取得していると思われる
問題はどう取得させるか、だ。
(もっと派手な魔法も使えるけれど、今の段階だと水芸と変わらないな)
サトルが気軽に行使している魔法もキーノにとっては未知のものだ。一部は知っているかもしれないが、多彩な魔法を行使できる
ただ見せるだけでは自慢でしかないので一つ一つ説明していく。
覚えているだけで詳細までは関知していない、という事は無い。
しかし、それでも必要最低限の情報くらいしか伝えられないのは実にもどかしいとサトルは思った。
うっかり用途不明の魔法を取得してしまったら、という危惧はある。そのことについては運が悪かったと思って諦めてもらうしかない。
〈
位階:信仰系第一位階
備考:何もない場所に水を創り出す。
位階:魔力系第一位階
備考:飲み水を駄目にする。
位階:魔力系第二位階
備考:温度を上げたり下げたりできる。
位階:魔力系第一位階
備考:容器に入れられた液体の水温を上昇させる。
位階:魔力系第三位階
備考:地面から熱湯を湧き出させる。噴出による突き上げの後、落下によるダメージと熱湯によるダメージを与えることも出来る。
位階:魔力系第一位階
備考:魔力を矢にして飛ばす。