ヒトラーが首相に就任し、欧州が緊張に包まれるなかで作られた幻のプロトタイプ
この『Nostalgia(ノスタルジア)』というカスタムバイクを紹介するには、まずそのモデルである80年以上前に作られたプロトタイプについて語っておく必要がある。
BMWオートバイの愛好家にも、『R7』について知っているライダーはそう多くはないだろう。有機的で流麗なデザインを持ち、むろんメカニズム的にも当時の最先端技術が凝縮されたプロトタイプだった。BMWの頂点を指し示すべく作られた車両である。
しかしその美しくも革新的なオートバイは陽の目を見ることなく、倉庫の奥深くに納められてしまった。なにしろ『R7』が誕生したのは1934年のこと。ドイツでヒトラーが首相に就任した翌年であり、満州では関東軍が執政薄儀を皇帝に帝政を開始した。世界各地で紛争や反乱が頻発し、ヨーロッパ全土が不安と緊張感に包まれていたのだ。
そんな時期に、量産性や採算性を無視したかのような二輪車の製造が認められるはずがなかった。『R7』は一台のみ作られた試作車として歴史の陰に消え、写真だけが残された。少なくともそう信じられてきた。存在すら忘れられていたかもしれない。
写真しか残っていないと思われていたBMW『R7』が2005年に倉庫の隅で発見された
事態が動き出したのは2005年のことだ。あるとき、木製パレットに縛りつけられたホコリまみれのオートバイとして『R7』が再発見されたのだ。
2000年代半ばの当時のヨーロッパでは、折しもクラシカルなクルマやオートバイの人気が高まっていた。特に、ノスタルジックなオートバイは幅広い年齢層にファッションアイテムとしても支持され、BMWグループも「BMW Mobile Tradition(現:BMW Classic)」を設立し、レストアやパーツの製造によってヘリテージに力を入れようとしていた。
再発見された『R7』はけっして良い状態ではなく、割れたバッテリーから酸が漏れ出して腐食が進み、各部はサビに覆われ多数のパーツが欠損していたという。しかし本社のサポートもあり、BMW Classicは2年の月日をかけて完璧に修復。以降、『R7』はBMWミュージアムの展示品となり、ヨーロッパ各地のイベントでも披露された。
おそらくそうしたヒストリックバイクのイベントのひとつに足を運び、そこで目を奪われたのではないだろうか。アメリカ・フロリダ州でレストアショップ「Florida Motors」を営むスタンリー氏が、『R7』を現代に甦らせようと決意するのである。
BMW『R nineT Pure』をベースに、100点近いパーツを手作りして『R7』を再現
スタンリー氏は、アールデコ時代(1910〜30年に欧米で流行した幾何学的なデザイン傾向)に敬意を表したうえで、『R7』の再現についておおよそこう述べている。
「私たちはそれを『Nostalgia Project』と名づけました。社内で作成した手作りのコンポーネントを備えたR7スタイルの再現です。 2人の世界的に有名なデザイナーと協力し、手頃な価格でアートデコレーションの精神を捉えたキットを作り上げました」
ベースは現行モデルのBMW『R nineT Pure』。1170ccのボクサーエンジンを積み、7750rpm で110hpを発生する。車体重量は205kg。アルミパーツを多用したことでベースの219kgから14kgも軽量化された。そのため、最高速度も125mphから140mph(約225km/h)に伸びているようだ。ちなみに、スタンリー氏のコメントにあるとおり、『ノスタルジア』のキットには100点近い手作りのパーツが使用され、軽量化だけではなく、空力や総合性能も現代のオートバイと遜色ないレベルに向上させている。
『R7』を再現した『ノスタルジア』は約558万円。注文が殺到して新規受注は困難に
『ノスタルジア』の価格は、ベースとなる『R nineT Pure』の車両代込みで4万9500ドル。日本円に換算すると、およそ558万円だ。かなり高価となるが、驚いたことに、すでにNmoto Designの特設サイトを通じて40以上の注文を受けているという。
そのため、現在は新規受注が3カ月から6カ月延期されている。おそらくコンプリートでの入手は困難だろう。しかし、それでもほしいという人は、キットパーツを購入して組み上げるという手もある。こちらは2019年5月のリリースを予定している。
Text by Koji Okamura
Photo by (C) Nmoto
Edit by Takeshi Sogabe(Seidansha)