トラッカー、スクランブラー、そしてカフェレーサー。欧州で高まるカスタムバイク熱
ヨーロッパではここ数年、カスタムバイク熱が高まっている。それもスタイリングの傾向としては、往年の「トラッカー」をはじめ、ブロックタイヤが似合う泥系やボバー系の「スクランブラー」、さらにシングルシートにセパレートハンドルを組み合わせた「カフェレーサー」といった、どちらかというとクラシカルなベクトルを見ることができる。
それを流行といってしまえばそれまでだ。しかし、オートバイにも電動化が進むなかで、その波への抵抗感があるのも事実。カスタム熱は、ガソリンエンジンならではの躍動感やボリューム、そしてメカニズムとしての存在感が見直されているためでもある。
エディトゥールでカスタムバイクを取り上げることは少ない。それは多くの場合、カスタムバイクは一品モノの車両で、いくら手に入れたくても購入するのは難しいからだ。
しかし、この『Z900RS』のカフェレーサーは、カワサキのフランス法人とカスタムビルダーとして急成長するMRS oficine(エムアールエス・オフィシナ)がコラボレーションしたモデル。望めば購入も可能なのである(日本で型式認定が取得できるかは不明)。
60年代のロンドンというより、70年代に日本で流行したカフェレーサーのスタイル
ロケットカウルにシングルシート、セパレートハンドルというカスタムは、まさにカフェレーサーそのもの。とはいえ、60年代にロンドンの「Ace Cafe(エースカフェ)」で見られたロッカーズのノートンやトライアンフのそれと違い、これは70年代に日本でも流行したスタイルだ。当時を知る大人ライダーには懐かしく、今の若者には新鮮だろう。
しかし、それでいて十分なポテンシャルを秘めているように見える。このカスタムテーマにとって、カワサキ『Z900RS』という素材はうってつけだったに違いない。
注目すべきは、モノからツインへのリアショックの変更だ。さすがに、カフェレーサーへとカスタムするのにモノショックというわけにはいかなかったようだが、ショックユニットの上端部を支えるリアフレームには十分な強度が必要で、ツインに変更するにはフレームを大改造することになったはずである。そしてぎりぎりまで短くされたシングルシートに、艶やかな曲線を描き、昔のような「手曲げ」を思わせるエキゾーストパイプ。いずれも巧みにツボを突いたもので、そのカスタムセンスとテクニックには感心する。
「並列4気筒エンジンに集合マフラー」というのも重要な要素だ。カフェレーサーに限らず、この組み合わせは70年代のイメージに欠かせないもの。ビルダーとしてはラジエターの存在が邪魔だったかもしれないが、こればかりは仕方がないだろう。
また、気づきにくいところだが、塗装と細部の仕上げにも心憎い配慮や感性を見ることができる。たとえばメタリックはかつて流行した塗装で、それを要所に使い、デザイン的に往時のカフェレーサーらしさを演出している。この点についてビルダーは特にアピールしていないが、今となっては逆に新しさを感じさせる手法になっている。
さらに、取り外したノーマルパーツの痕跡として残るラグを取り去り、完璧にスムージングしている点も見逃せない。これが中途半端に残っていると確実に仕上がりに影響してしまうので、意外と重要なのだ。開発上のキーワードは「創造性、スポーツマンシップ、優雅さ、細部への配慮」とのことだが、その意思が完遂されたのだと受け取れる。
下画像の上段が通常の『Z900RS』。下段がMRS oficineによるカフェレーサーである。
フランスのカスタムビルダーは、日本メーカーのオートバイを改造するのがお好き?
MRS oficineはカフェレーサーを得意とするビルダーで、同社が手がけたカスタムモデルはほかにも多い。しかし、さまざまなメーカーの車両をベースにしているなかで、圧倒的に多いのは日本車だ。この点は日本人ライダーとして喜ばしい気持ちになる。
どうやらMRS oficineのオフィスはパリのど真ん中にあるようだ。現在のパリは、もはや60年代以前のように世界中から芸術家が集まってくる場所ではなくなっているが、町並みやファッションには往時の面影を見ることができる。この『Z900RS』のカフェレーサーにもその欠片が混ざっているというのは、ちょっと言い過ぎだろうか。
Text by Koji Okamura
Photo by (C) MRS oficine
Edit by Takeshi Sogabe(Seidansha)