第56話 初登校で誤解
その日は朝からフィニアが張り切りまくっていた。
長い俺の髪にいつもより念入りに櫛を通し、いつもより丁寧にセットする。
邪魔にならないようにサイドを後ろに流してまとめる、いつもの髪型。自分で触ってみたら、いつもと比べ物にならない位サラサラしていた。
そして純白のシャツ。胸元には魔術学院の校章が入っている。
濃紺のスカートは裾に白いラインが入っていて、これに同色のジャケットを羽織る。
あとは羽飾りのついたベレー帽をかぶれば、着付けは完成である。
俺の場合、露出を嫌う傾向にあるので、これにオーバーニーソックスを常備している。
「おお、ピッカピカの新入生だね!」
「コルティナ、おはよう」
部屋の前を通りかかったコルティナが、中を覗き込みながらこっちに親指を立ててくる。
彼女も今日はかっちりしたスーツでめかし込んでいる。
そう、今日は入学式の日だった。
学院では見学日にいきなりトラブルを起こしてしまったが、俺としては地味でひっそりとした修行の日々を送りたいと考えている。
下手に悪目立ちして、それがコルティナに伝われば、なにをきっかけにして俺の正体に辿り着くかわからないからだ。
「……もう遅いか」
「ニコル様、何か?」
「ううん、なんでもない」
考えてみれば、この街に着いた当日に大立ち回りを行っている。コルティナ相手に『目立たず』というのは、もはや無理だろう。
溜息を一つ吐いて玄関に向かった。コルティナの家は、玄関で靴を脱ぐスタイルの造りだ。
俺はその玄関口で頑丈なブーツに履き替えた。
今日くらいはミシェルちゃんよりも先に迎えに行きたいモノである。
彼女は猟師の娘らしく、非常に朝が早い。寝坊気味の俺とは正反対。おかげでこういう時は、彼女の方が迎えに来るパターンが多い。
「よし」
自分の頬をパンと叩き、気合を入れる。
そして玄関のドアを開けると、そこにミシェルちゃんとレティーナがいた。
「あ」
「あ、おはようニコルちゃん! 今日は早いね!」
「おはようございますわ。いつもお寝坊なあなたにしては珍しい」
「おはよ。また勝てなかった」
終盤は口の中でつぶやいたつもりだったのだが、背後にいたフィニアは聞き咎めたようで、プッと小さく吹き出していた。
俺は背後にジトリとした視線を向けると、慌てて視線を逸らす。そういう冗談が交わせるようになっただけ、彼女との仲も親密になっている。フィニアに牽制を入れておいてから、俺は二人の元へ向かう。
本来教師であるコルティナも、そろそろ出掛けないといけない時間なはずなのだが、彼女はまだ出てこない。
「コルティナは?」
「何か用事があるそうでして、少々遅れるそうです」
「ふーん?」
まぁ、彼女も教師の中でも特殊な立ち位置に居る事は間違いない。なにかと忙しいのはあるだろう。
この間のように拉致犯を捕まえるなどという、
「それではニコル様、お気をつけて」
「うん、いってきます」
「変なモノや珍しい事を目にしても、絶対ついて行っちゃダメですよ?」
「わかってる」
「悪人見ても突撃しちゃダメですよ? あと寄り道もしないでください」
「しないしない」
「ハンカチは持ちましたか? あと――」
「フィニア、うるさい」
彼女が心配性なのは理解していたが、この間の人攫い事件でさらに悪化したようだ。
少々可哀想かもしれないが、キリが無いので会話を切り上げて登校する事にしたのだった。
ミシェルちゃんは冒険者支援学園の所属になるので、校内に入る前に分かれる事になる。
とは言え校舎は隣なので、実はいつでも会える状態だったりした。
魔術学園の敷地に入ると、なにやら校内がさわさわと騒がしい。
これが入学式独特の空気かとも思ったが、どうもそうではないっぽい。なぜなら、野次馬の視線が、明らかにこちらに向かっているのだ。
そこで俺はふと思い当たった。
「ああ、レティーナは侯爵の子女だから」
「そんな訳ないでしょ。アナタのせいですわ」
前回の見学の日、レティーナのおかげで無駄にトラブルに巻き込まれてしまった。
その時に俺がライエルの娘である事もバレている。つまりは、そういう事なのだ。
「メンドくさい……」
「なにを今更。あのお二方の娘なら、慣れっこでしょう?」
「村ではそんな事なかったし」
村ではそもそも、当人がホイホイ出歩いていたのだ。その付属物の俺が注目される謂れはない。
だが聞こえてくる噂はそれだけではなかった。
「あれがあの……?」
「銀髪に色違いの瞳、間違いない」
「自分を突き飛ばした相手に、手を差し伸べて許したんだろ」
「それどころか、そいつ、直前に彼女に土下座を強要してたらしいぜ?」
「マジか。まさに聖女の再来だよな」
まずい。あの時事なかれ主義に走ったのが、変な効果を生んでいる。
あれは俺が優しい訳ではなく、面倒を避けただけなのだ。
しかも……
「まだ幼いというのに楚々とした
「物怖じしたところが無いのは、ライエル様の気質も感じられるぞ」
「将来、どれほどの傑物になるのか、見当もつかないな」
まだ入学式も終えていないというのに、噂が先行してとんでもない事になっている。
「……かんべんして」
俺は額を押さえて、小さく呻いた。
それを見てレティーナは心配気な声を掛けてくる。
「どうしたの? 人混みに酔った?」
「声、大きい」
「ああ、やはり身体は強くないのだな」
「あのお姿だ、か弱いのも無理はあるまい」
「まさしく姫君。そういえば北部三か国連合の国王に求婚されたんだって?」
「ライエル様が拒否してるらしいけどな」
「そりゃ、まだ早すぎるだろう。それに手放したくない気持ちも、痛いほどよくわかる」
レティーナも人一倍元気な少女だから、その声は大きい。
そんな彼女が大声で人混みに酔うとか言ったモノだから、その声が事実として周囲に認識されていく。
しかも国王が俺を嫁候補にした噂まで広がってるじゃないか。
「いい。レティーナ、早く行こう」
「そう? 無理はしないでね。あなた、ひ弱なんだから」
「うん」
レティーナも、決して悪い子ではないのだ……トラブルメーカーではあるけど。
それに手の平返しがきっかけになったとは言え、彼女は本気で俺と友達になってくれている。
その想いはありがたいと思うのだ。前世の俺は、ライエル達に出会うまでは孤独だったのだから。
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