【特集】自殺した現場監督 月に140時間の残業...メモが語る過労死の現実
2019年06月07日(金)放送
おととし9月、ある男性が過労の末、単身赴任先のアパートで自殺しました。男性は月に140時間の残業を強いられていましたが、その背景には「働かせ放題」ともいえる無責任な契約がありました。
定年後も現場監督として働いていた男性が自殺
『もうつかれた』
そう書き残して、ひとりの男性が電気コードで首を吊り自ら命を絶ちました。Aさん(当時66)。家庭では孫の成長を温かな目で見つめる「優しいおじいちゃん」でした。家族は2年経った今も納骨できずにいます。
「いまだに娘も言いますね、『“ただいま”って帰ってきそうな気がする』って。私もそうですし、息子も。まだ出張に行っている気分です」(Aさんの妻)
配管工事のスペシャリストだったAさん。大手建設会社で技術を磨き、定年後は家族の暮らしを支えるため個人で仕事を請け負っていました。おととし4月からは茨城県の建設会社・三幸設備から仕事を受け製薬会社のプラント建設の現場監督として働き始めました。大阪で暮らす家族とは離れての単身赴任生活。66歳という年齢ながらも精力的に働いていました。
「一言で言えば真面目です。責任感が強くて。忍耐強い人やから、『しんどい』とか『疲れた』って言えへん人やからね」(Aさんの妻)
いつも前向きだったというAさんを自殺に追い込んだものとはいったい何だったのでしょうか。
Aさんが従事していたプラント建設は、大手製薬会社が日立製作所に発注したものでした。日立製作所の下には一次下請けの会社が2社あり、三幸設備はさらにその下請けという構図です。Aさんは、この三幸設備から派遣される形で現場に入っていました。
「30日間の連勤」「4か月の工程を2か月でと指示」
妻はAさんが自ら命を絶つ1か月ほど前から、電話越しに“異変”を感じていたと振り返ります。
「『忙しい』『忙しい』、とりあえず(電話を)かけても『忙しい』。メールをしたら必ず返信があった人がもう何日か後になってきたりね。『寝てるー?』って聞いたら、『ああ…』って素っ気ない返事やったし」(Aさんの妻)
遺品整理の過程でAさんの車から見つかった作業日報。よく見ると、休みはほとんどありません。Aさんは、自ら命を絶つ「9月4日」まで実に30日間も連続で勤務していたのです。自殺の2日前には、朝8時から翌日の明け方4時まで働いていたという記録が残っていました。実はこのころ、4か月だった工程を2か月で行うよう指示があり、Aさんの業務量は格段に増えていたのです。疲れ果てたAさんのスマートフォンには、三幸設備の社長宛てに送った悲痛なメールが残されていました。
『納期通りに工事が終わりません。もう無理です。』
Aさんはこのメールから約1か月後、首を吊りました。テーブルに残されたメモには直前まで仕事のことを考えていた形跡が。そして、その下にはたった一言…『もうつかれた』。
「結婚して43年、ずっと一緒にいたのに何でわからなかったんだろうって。なぜあのときにもうひと言、声をかけなかったんだろうって。それはいまでも思っています」(Aさんの妻)
責任の所在をあいまいにする“契約形態”
Aさんを自殺へと追い込んだ常軌を逸した長時間労働。いったいなぜ、見過ごされてしまったのでしょうか。背後には、責任の所在をあいまいにする契約形態がありました。それが「請負労働」です。
Aさんが三幸設備に雇われて働く場合は「雇用契約」となり、労働に伴う監督責任は三幸設備が負うことになります。しかし、今回両者が結んでいたのは「請負契約」。三幸設備がAさん個人に業務を委託し、その成果に対して報酬を支払うというものです。つまり、「どんな働き方をしようと、三幸設備に監督責任はない」という契約だったのです。
しかし、実態は本来の請負契約とはかけ離れたものだったとして、家族はAさんの日報などを基に、労働基準監督署の判断を仰ぎました。そして去年6月、労基署の調査結果が出ました。
『本件を業務上の災害であると考える』
労基署は、自殺直前のひと月で約140時間の時間外労働があったと認定。過労により気分障害を発症して自殺に至ったと判断しました。また、「三幸設備による指示や拘束性が認められる」と言及。その実態は「請負契約ではなく、Aさんの労働の監督責任が生じる雇用契約だったと認めた」のです。
これに対し、三幸設備側は「あくまで請負契約だった」とMBSの電話取材で主張しました。
『Aさんとの間に、いっさい雇用契約はございません。管理監督責任はなく、労基署がなぜそういう判断をしたのかわりません』
労働問題に詳しい松丸正弁護士は、労働者を都合よく利用するため「請負契約」を悪用するケースが後を絶たないと指摘します。
「意図的に放置されたとしか考えられません。労働基準法の規制を免れるために、偽装するために、そういう雇用形態(請負契約)が使われているということは言えると思います」(松丸正弁護士)
無念を晴らすため裁判へ
Aさんと同じように過酷な労働を強いられている人たちのためになればと思い、取材に応じた家族。しかし、顔を伏せ匿名でしかインタビューに答えられない背景には、100歳を超えたAさんの母親の存在がありました。
「いまだに主人の母は(Aさんが)生きている、と思ってるんです。賛否両論いろいろあると思うんですけど、年いっている、苦労してきた母ですから(Aさんが自殺したと)知らされたら、衝撃受けると思うんですね。それで命を縮めてやりたくないんです」(Aさんの妻)
Aさんが大好きだったという水炊き、しかし鍋を囲む食卓にAさんはもういません。家族は今なお、死を受け止めきれずにいます。家族はAさんの無念を晴らすため、裁判を起こしました。納骨は、長い闘いが終わってからと決めています。
「管理してもらっていたら、主人は死ななくて済んだ」(Aさんの妻)
「命亡くほど大事な仕事ってないやろ」(Aさんの娘)
「返してほしいよね、パパの命を」(Aさんの妻)
(「Newsミント!」内『特集』より)