『ODYSSEY』は「未来的な」といった使い古された形容詞では語れない
独創的なデザインに対しては、しばしば「未来的な」といった形容詞が用いられるが、『ODYSSEY(オデッセイ)』にはそんな常套句は失礼に思える。
いかついメカを曲線と連続した平坦なステンレス板で囲み、極太の前後タイヤで強烈な存在感を演出する。そのボディシェルはエッジの端にいたるまで仕上げに気が配られ、それでいてモーターサイクルとしての動的な訴求は十分にはたしている。
「これにまたがることができるのか?」と思わせるが、シートは形状記憶フォームをイタリア製のカーフレザーで覆っているという。
実用性はまだなんとも言えないが、既存の概念をぶち壊すような十分なインパクトがあり、なおかつ美しい。これこそ“新たなる潮流”と呼ぶべきだろう。
高い技術力とオリジナリティ…『ODYSSEY』は比べるスタイルが存在しない
ビジネスマンなら気がついていると思うが、ベトナムは近年、工業国として目覚ましい進歩を遂げている。
たとえば、WIPO(世界知的所有権機関)とフランスのビジネススクール「INSEAD(インシアード)」、アメリカのコーネル大学が共同で作成した「2017年世界技術革新ランキング」では、ベトナムは2015年から一気に14ランクもアップし、47位とトップ50入りをはたしている(1位はスイス。日本は市場要因とビジネス環境の悪化により2ランクダウンの13位)。
ベトナムは社会主義国家でもあり、多くの日本人はクリエイティビティという面でまだまだ途上にあると考えがちだ。しかし、『ODYSSEY』のインパクトと精緻な仕上がりには、とても高い技術力とオリジナリティを感じる。賛辞を贈るときには、よく「○○を超えた!」といった表現を使うが、そもそもこのモーターサイクルには比較するべきスタイルが存在しないのだ。
ステンレス板で覆われたボディ内のパワーユニットは、1400ccのVツインエンジンとデュアルドライブの電動モーターの2種類から選択できる。
ホイールは前後ともボラーニ製のワイヤースポークで、Fフォークはマルゾッキ製。そして、ブレーキにはベルリンガー製のラジアルマウントと、いずれも機能とデザインの両面で満足できるパーツが選ばれている。
アビオニクスのイメージを取り入れた先進的なシースルーLEDディスプレイ
注目してほしいのはタンク下部から投影されるシースルーLEDディスプレイである。ステンレスの外板と同一となる曲面の内側がインストゥルメントパネルの役割を担い、速度、エンジンの回転数をはじめ、ガソリンの残量、水温、航続距離、ナビ情報といった各種情報が映し出されるのだ。
このあたりは、開発者が航空機に触発されたというだけあって、アビオニクス(航空機用電子機器を表す造語)のイメージが取り入れられている。
この類を見ないデザイン、スタイルを生み出した開発者の名は、ダリル・ヴィラヌエバ(Daryl Villanueva)。バンディット・ナインの公式サイトにプロフィルは載っていないが、さまざまなソースにあたったところ、ヴィラヌエバはフィリピンで生まれで、香港、オーストラリア、マレーシアで育っている。国籍はベトナムと思われるが、それを裏付ける情報はない。
デザインを学んだのはアメリカで、ロサンゼルス、ドバイ、ベトナム、北京でアートディレククションを仕事としたようだ。バンディット・ナインを創立し、チーフデザイナーとなったのは2012年。ホーチミンに戻ったのは、東南アジアでのオペレーションを開始するためだという。
バイク=スーパーカブを意味するベトナムが生んだ芸術的なモーターサイクル
ベトナムでは、1960年代半ばに米軍が南ベトナム政府への経済援助として2万台のホンダ『スーパーカブ』を購入して以降、『スーパーカブ』が日々の生活においてかけがえのない、もっとも信用できるモビリティとなっている。
そのため、彼の地ではバイク=「ホンダ」を意味する。ヴィラヌエバも初めて『スーパーカブ』に乗ったときの感動が忘れられないひとり。しかし、ホーチミンの街なかに同じ形をしたホンダ製バイクがあふれていることへの不満があった。それが芸術性の訴求につながり、その作品群に現れているようだ。
もちろん、バイクは走って移動するためのものだから、社会に受け入れられる最低限の要件を満たす必要がある。その点からすると、『ODYSSEY』は現実的な機能を持っていないかもしれない。それゆえに、ヴィラヌエバは世界中のコレクターが欲しがる未来指向で高度に様式化されたデザインを生み出し、モーターサイクルを再定義しようとしているのだろう。
『ODYSSEY』はバンディット・ナインの名刺代わりとして製作されたワンオフモデルで、基本的には一般に販売されない。購入についての相談には応じているようだが、日本の公道を走るのはむずかしいだろう。ショーモデルとしてでもいいので実車を目にしたいものだ。
Text by Koji Okamura
Photo by (C) Bandit9 Motorcycles
Edit by Takeshi Sogabe(Seidansha)