70年代に日本でブームを起こした「ビートル」をベースにしたカスタムモデル
40〜50代の男性には、「ビートル」と聞くと、現行型の『ザ・ビートル』ではなく、いまだに1938年に登場した『タイプ1』を思い浮かべる人が多いのではないか。それは、1960年代から1970年代にかけて、もっとも日本人に愛された輸入車が初代「ビートル」だったからだ。
丸みを帯びたシェイプはかわいらしく、この個性的なデザインが「ビートル(=カブトムシ)」という愛称の由来となった。最大の特徴は、扱いやすい操作性と、頑丈かつ高い整備性を持っていたこと。そのため、「ビートル」は世界中で広く受け入れられ、1970年代には日本でもブームを巻き起こしている。
「ビートル」は大きなモデルチェンジがなかったので、1970年代当時、状態がよくて安価な中古車が大量に市場に出回った。同じ時期には雑誌『ポパイ』などを通じてアメリカのサーフカルチャーが日本で流行。そうしたことから、西海岸に憧れた日本の若者たちがこぞって「ビートル」に乗ったのだ。
とはいえ、『タイプ1』はけっしてパワフルなクルマではなく、もちろん速くもない。若者のニーズが高いエッジの効いたデザインを持っていたわけでもなかった。あくまでも、その本質は大衆向けのコンパクトカーだ。
この日本人になじみの深い大衆車をベースに、フルレストアを施したカスタムモデルがメミンガー『Roadster 2.7(ロードスター 2.7)』である。メミンガーは『タイプ1』のカスタムで知られるドイツのチューニングメーカーだ。
『ロードスター 2.7』は、初代「ビートル」の印象を巧みに、そして存分に生かした大胆なシルエットを持ち、「ビートル」のカスタムモデルと呼ぶことを躊躇してしまうほどのインパクトを放つ。その姿を目にした瞬間、これだけでひとつのニュースになると感じたくらいだ。
「ビートル」よりもロー&ロングに! 内装には70年代風タータンチェック
『タイプ1』との外観上のもっとも大きな違いは、張り出した前後のフェンダーや特徴的なリブの入ったフロントリッドなどを受け継ぎつつ、ロー&ロングの2シーターロードスターとなったことだろう。
18インチホイールを履き、レイザーバックとも呼びたくなるようなロールケージや低くされたフロントウインドウなども相まって、まるで新たなジャンルを開拓したかのような新鮮さがある。カスタムカーには、どこか挑戦的で攻撃的な印象を受けることもあるが、この『ロードスター 2.7』は、そうした性格がダークグレーのカラーと大きな曲線のなかに品良く収められた。設計者の意欲とセンスに感心するばかりだ。
ボディサイズは全長4037×全幅1725×全高1245mm。シャシーには鋼管フレームが組まれ、サスペンションはフロントがマクファーソンストラット式、リアはトレーリングアーム式だ。タイヤはフロントが225/45R18、リアに255/40R18サイズを装着する。
オープン化されたことによりインテリアもエクステリアの一部となったが、室内はいたって簡素。唯一目を引くのはタータンチェックのシートで、これは初代『ゴルフGTI』に採用されるなど、VWではGTIモデルでおなじみの柄だ。
しかし、じつは1970年代初めのファッション界ではタータンチェックが流行し、同時期に作られたクルマにこの柄がよく採用されていたのである。
アウトバーンを200km/h超で走るのに十分な性能を持つ空冷ボクサーエンジン
中身もファンの期待に応えてくれるものだ。エンジンのベースとなったのはVW『タイプ4』やポルシェ『914』に搭載されていた空冷水平対向4気筒エンジン。排気量が2717ccに拡大されているが、いたずらにパワフルなエンジンを押し込むのではなく、空冷のボクサーエンジンを選択した点はさすが「ビートル」の専門チューナーである。
ミッドシップとなった点もトピックだろう。『タイプ1』はリアアクスルより後方に大きく張り出したリアエンジンで、1998年に復活した『ニュービートル』や現行型の『ザ・ビートル』はフロントエンジン。しかし、『ロードスター 2.7』ではシート後部にエンジンを置くミッドシップが採用された。
このため、全幅は『タイプ1』よりワイドになりながら、全長は短くなった。ミッドシップエンジンは、ドライビングを愉しむうえで格段の向上があると想像できるし、設計上のコンセプトにおいてスポーツ性が重要であったことを教えてくれる。
最高出力は210ps、最大トルクは247Nm。このスペックは「ビートル」のオーナーに向けて単体で販売しているエンジンと同じといわれるが、アウトバーンを走行するのに十分なパフォーマンスを見せるはずだ(ただし、幌の心配は別に考えたほうがよさそうだが…)。組み合わされるトランスミッションが5速MTのみという設定もファンには違和感がない。
『ロードスター 2.7』はワンオフ、メミンガーと直接交渉すれば購入も可能!?
このクルマで街中を流せば、それが世界のどこであろうと、必ず人々の注目を浴び、二度見される存在になるだろう。なにしろ記憶のなかにあった「小さなおじさん」が、目を見張るような「美しさと強靭さを兼ね備えた青年」に生まれ変わってしまったのだから。
価格と販売時期は公表されていない。このダークグレーの『ロードスター 2.7』は、おそらく一台限りのワンオフモデルだ。もし新たな一台がほしければ、メミンガーと直接交渉して金額の折り合いさえつけば購入は可能というのが大方の見方である。
Text by Koji Okamura
Photo by (C) Memminger
Edit by Takeshi Sogabe(Seidansha)