この最後の二年間を振り返り。
俺はきっと幸せなんだと思う。
リアルではそんなこと思ったこと……いや、そんなこと考えたことすら無かったけど
「モモちゃんさん……楽しかった?」
玉座の間の扉の前、振り向きながら言うガフさんに、
「はい……!!」
胸を張って答えられるんだから。
☆☆☆
自分で言うのもなんだけど、俺……鈴木悟はさほど”できた”人間じゃない。
ギルド長になったものの、ユグドラシルがその繁栄と賑わいに陰りを見せるにつれ一人、また一人と足を遠のかせるギルメンの背中を、ただ目で追うしかできなかった……そんなちっぽけな存在だ。
最後の一人となってもアインズ・ウール・ゴウンに残っていたのは、”愛着”なんて綺麗な言葉で片付けられるような感情じゃない。
きっとそれは執着や妄執、そう呼ぶべきものだ。
親も無く友達も無く……リアルには俺が執着できるものなんて何も無かった。
汚染されつくし本来のあるべき姿を失った汚染された空気も大地も水も、俺自身さえもすべてが紛い物であるような気がして、何の感慨も無く”ただ生存して”いた。
鈴木悟なんて人間、本当はもう世界のどこにもいないんじゃないか?
本気でそう思ったことさえある。
そんな空っぽの俺も唯一満たしてくれたのが、
何も無い、世界の誰にも必要とされない天涯孤独な鈴木悟よりも、
いつしか俺はユグドラシルに居続けるための手段……ユグドラシルに居られるだけの金を稼ぐためにリアルでの生活をしていた。
それが他のギルメンとは違う”在り方”だって気づいたのはいつだったんだろう?
たっちさんが結婚して、子供が生まれたときだろうか?
それても、茶釜さんが無事に人気声優の仲間入りを果たして、多忙によりめっきりギルドに姿を現さなくなった時だろうか?
他のギルメンは間違いなくリアルに生きている。
ただ、リアルの憂さを忘れるためにヴァーチャルの世界を堪能していた。
だけど俺は違った。
俺はリアルになんて生きていない。俺が耽溺しているのはユグドラシルであり、ナザリックであり、アインズ・ウール・ゴウンだけだ。
もし、リアルに戻る必要が無くヴァーチャルからログアウトしなくても済むのなら、俺は迷い無くそうしただろう。
だから静寂が支配する空っぽの空間になってしまってもナザリックに残り続けた。
リアルに俺の帰るべき場所なんて無かったんだから。
たったそれだけの話だ。
だから止められなかった。リアルにヴァーチャルより価値があるものがなかった俺に、去り行くみんなを止められるわけ無かった。
残された故の静寂も、甘んじて受け入れられる……そう思っていた。
ギルメンの気配の消えた地下大墳墓にガフさんがやってきたのは、そんな静けさが文字通り骨身に染みる頃だったと思う。
今にして思えば俺は寂しかったのかもしれない。
かつての思い出がリアルではありえないほど輝いていただけ、ふと自分が今一人だと気がついたときに重苦しく感じるものがある。
最初から何も無かった、誰も居なかったリアルでは感じたことの無い思い……俺はそれに擦り切れそうになっていたのかもしれない。
だから自分でも驚くほどあっさりと、ガフさんを受け入れてしまっていた。
☆☆☆
ガフさんが公式なギルメンになってすぐは、そんな特筆すべきことはなかった。
最初の転機になったのは多分、「2ndアバターシステム」の導入の頃だったと思う。
『ねえ、モモンガさん』
まだ
『過ぎ去った美しい思い出に浸って残りの日々を過ごすのも、一つの”在り方”だとは思うけどさ……でも、今この瞬間にある全ての可能性を拒絶するのは勿体無いと思うよ?』
正直、そのときに俺がなんて返したのかはよく覚えていない。
もしかして俺は怒鳴りつけたのかもしれない。支離滅裂なことを言った気がする。
かつての仲間たちを否定された気がして、我を忘れた気がする……
俺の放った言葉でガフさんはもう来なくなる……そんなことにも考えが及ばなかった。
それに気づいたのは、ガフさんがログアウトした後だった。
自己嫌悪と後悔……俺はそれに苛まれた。
(また一人に戻ったのか……)
独り、それが俺の「あるべき姿」だったのか……そんなことを考えていたとき、ガフさんはまたログインしてくれたんだ。
まるで何事も無かったかのように。
ガフさんに謝ろうとしても、「別にいいよー。ワタシも結構、辛辣なこと言ったしー」と笑ってくれるだけだった。
でも、そこで俺も色々考えた。
今の俺のあり方とか……そんなことを。
なんとなくガフさんに誘導されたような気がするけど、始まったばかりの「2ndアバターシステム」で”
動く骨格標本(笑)のオーバーロード・ボディは基本魔王ロールをとことん楽しむために構築したようなものだ。
なら、どうせ新たなボディを作るなら正反対の……それもやってみたかった前衛に耐えられるアバターにしようと思った。
ガフさんは投射魔法が得意な後衛型ビルドだったから、パーティーを組むならそっちのほうが都合がよかったし。
だから悪魔の中でも防御に定評のある
『そこはかとなく運営の贔屓を感じるけど、サキュバスの方が微妙に廃スペックだよー。それにアルベドの企画段階での没デザインが残ってるみたいだし、それを流用しない手はないんじゃない?』
とはガフさんの弁。やっぱり乗せられてる?
という訳で出来上がったのは萌え要素の塊になったのはオッドアイのロリきょぬーサキュバスだった。
ペロロンチーノさんが喜びそうだと思ったのはお約束だ。
出来上がったボディにその月がひもじくなるのを覚悟して課金、種族特性や矛盾する能力は無理にしても可能な限り魔法や能力をコンバートして……出来上がったのは、見た目に反してシャルティア並みのガチビルドのアバターになっていた。
あっ、例の赤い宝玉型ワールドアイテムも無論見えないだけで胎内に埋め込んである。
実はロリきょぬーにならざる得なくなってしまった理由のひとつがそれなんだけどね。
あっ、ちなみにしばらく使用予定の無くなったオーバーロードの体といえば……
『うんうん。ますます玉座の間が壮観になったね~♪』
無駄にレア素材を投入した巨大な不破壊の水晶に封じ込め、玉座の後ろに飾ってあったりする。
なんか邪教崇拝、あるいは死神信仰の国の玉座になってしまったが、アインズ・ウール・ゴウン的にはありだろう。
ガフさんだけでなく俺もかなり気に入ってるのはナイショだ。
☆☆☆
『頑強なサキュバスボディにワールドアイテム仕込んで、オーバーロード由来の巨大な魔力と強力な魔法のコンボは素材としてはいいと思うけど、前衛やりたいなら1から鍛えなおすしかないんじゃない? 今ある能力を十全に生かす方法と、それに見合った技術と戦術、それに装備も考えなくちゃいけないしね』
そして、最後の二年は突き詰めてしまえばガフさんと共に、この新たな自分を鍛えなおし作り直す旅だった気がする。
その中で色々な出会いもあった。
ユグドラシル五拳、護拳の異名を持つ彼ら彼女らに出会え、教えを受け、友誼を結べたのは我ながら僥倖だったと思う。
そして俺はこの二年、退屈や寂しさとは無縁で居られたんだ。
そう、だからいささか大きすぎる胸を張って言おう。
俺は楽しかったんだって。
難産でしたー。
モモンガ様の心情を文章化するのは意外と難しい。
ちなみモモンガ様が近接戦の手ほどきを受けたユグドラシル五拳は、拳帝/拳皇/拳聖/拳仙/拳神と呼ばれていたようです。
ただ個の強さを追い求めた男女混合で人間種/異形種入り混じり。