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<コラム>中国語を操る私が、国際捜査官になったわけ

<コラム>中国語を操る私が、国際捜査官になったわけ
私は1996年4月に千葉県初の国際捜査官(北京語・巡査部長)として採用された、元捜査員である。資料写真。(Record China)
私は1996年4月に千葉県初の国際捜査官(北京語・巡査部長)として採用された、元捜査員である。技術吏員とは違い、通訳のみならず捜査員の一人として他の警察官と共に現場で働いていた。私の出身地・千葉県は当時新東京空港を抱え、国際捜査官としての採用は全国でも早かった方だと思われる。私の同期のスペイン語のお二人はまだ現役で頑張っている。

そもそも何故、私が国際捜査官になったか。それはたまたま新聞の求人広告が目に止まったためである。その当時の私は日本語教員になるため日本語学校に通う毎日だったが、どうやら日本語教員で生計を立てるのは難しいと思い、別の就職先を探していたのだ。年齢制限も35才迄とあり、31才だった私は何とか書類選考に残るかな、と履歴書類を送った。

一次試験は免許センター。自動車運転免許証の更新みたいなものだろうと思い、ジーンズで試験会場へ向かうと、そこには地方公務員・上級の赤本を持った受験者が沢山。私、何にも準備してなかったので、もうこの時点で終わった~と思ったが、せっかく会場まで来たんだし、これも就活の一環だと思い、筆記試験を受けた。試験会場には80名程の受験者がおり、その中で北京語は25名いた。


二次試験はさすがの私もスーツで出掛けた。面接と、北京語でのスピーチがあった。あと体の機能がちゃんと働いているか、ストレッチのような検査もあった。その後、近所の交番でも面接があった。

私はこの時点まで自分が警察官になるなんて、これっぽっちも思っていなかった。本部に国際捜査官はどんな仕事をするのか問い合わせても、そもそも第一期生なので分からないと言われた。

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