ハーレーダビッドソン以上にアメリカ人の魂を揺さぶるオートバイ「インディアン」
今から70年ほど前の1940年代、インディアンは世界一の生産量を誇るモーターサイクルメーカーだった。レースシーンでも数々の記録を打ち立て、ハーレーダビッドソン以上にアメリカ人の魂を揺さぶる存在と考えるファンも多い。
しかし、自動車の普及に伴い売上高が年々減少していき、1959年に一度は解散を余儀なくされている。その後も再興と倒産を繰り返し、商標権もさまざまな事業者や投資家の手に渡るという数奇な歴史をたどってきた。
経営が安定したのは、2011年にスノーモビルの大手メーカーとして知られるポラリス・インダストリーズの傘下となって以降のこと。資本力の大きさと開発力から、現在は販売実績も好調だ。曲折はあったものの、無事にアメリカ企業のブランドとなり、多くのインディアンファンは胸をなで下ろしたに違いない。
インディアンがジャック・ダニエル仕様モデルを発表するのは、2016年の初代から数えてこれで3台目だ。その理由は、アメリカンモーターサイクルのインディアンにとって、ジャック・ダニエルが敬意を感じざるを得ない存在だからである。
誇りある製品を自分たちの手で守り続けてきた「ジャック・ダニエル」の従業員たち
ジャック・ダニエルは、バーボンウイスキーと基本的な製法は同じだが、テネシーウイスキーとしてケンタッキー州のバーボンと分けられている銘柄だ。
創業は1875年。1904年には万国博覧会で金賞を受賞してアメリカンウイスキーの代名詞的存在となった。しかし、その後の禁酒法時代(1920年〜1933年、テネシー州は1910年から)になると、蒸留所が閉鎖され、倒産の危機を迎えたこともある。それでも、政府の酒類定義にも屈せず、頑なに自分たちの製法を守り続けてきた。
その特徴のひとつは、原酒を樽詰めする前に「自社製造によるトウカエデの炭」で濾過する製法にある。自社で炭焼きを行い、しかも大量のアルコールを貯蔵することは、常に火災の危険を伴う。それゆえに、ジャック・ダニエルでは創業間もないころから従業員有志による「Fire Brigade(消防隊)」が存在してきた。誇りある製品は、自分たちの手で守るのである。
この従業員の情熱と伝統に敬意を表したモデルが『ジャック・ダニエル リミテッド・エディション スカウト・ボバー』だ。2016年に創業150周年を迎えたジャック・ダニエルとその消防隊に対するオマージュともいえるだろう。
タンクやフェンダーに配された「ジャック・ダニエル消防隊」の24金のエンブレム
ベースは人気モデルの『スカウト・ボバー』。ボバースタイルはこの10年ほどの間にアメリカやヨーロッパに定着したカスタムスタイルだが、その起源は1920年代にさかのぼる。
インディアンにとってはむしろ根源的なスタイルといえるので、『スカウト・ボバー』は発売時から世界的に注目を集めた。ボバーらしく、フェンダーをはじめ多くのパーツをできるだけカットして排除し、シンプルで軽快な外観に仕上げている。
『ジャック・ダニエル リミテッド・エディション』は限定モデルらしく、ハンドルレバー、リアフェンダー、ヘッドカバー、マフラーエンドなどをオリジナルのマットブラックで塗装。フューエルタンク、フェンダーなどに配された「Jack Daniel’s Fire Brigade(ジャック・ダニエル ファイア・ブリゲード)」のエンブレムは24金だ。さらに、グリップエンドやフットペグには、ジャック・ダニエルの伝統的な「Old No. 7 Brand」の刻印が刻まれている。
このカラーリングは消防隊が配備する消防車のカラーがモチーフだが、注目すべきはツヤ消しとツヤありのブラック塗装をセンス良く配し、それによって消防隊のイメージと見事にリンクさせていることだ。「煤けた廃墟」もイメージさせるが、それがまたクールさを醸し出している。
限定モデルのオーナーにプレゼントされる名前入りの「ファイヤーマン・アックス」
『ジャック・ダニエル リミテッド・エディション』は世界限定117台の販売だが、運良く手に入れられたオーナーにはもうひとつ、ユニークなプレミアムがある。
それは一台ずつ「Jack Daniel’s Fire Brigade」のロゴが刻まれたファイヤーマン・アックス(消防隊用の斧)が贈呈され、そこにオーナーの名前とシリアル番号(#001~#177)、車両識別番号(VIN)も刻印されることだ。このプレゼントはほかの限定モデルでは考えられない。
ジャック・ダニエルの本社があるテネシー州のムーア郡は、現在も自治法として禁酒法の一部が生きている「ドライ・カウンティ(禁酒郡)」と呼ばれる地域だ。蒸留所に行っても試飲することが許されていない。
厳しい環境のなかで愛され続け、企業として敬意を抱かれるテネシーウイスキーにあやかりたい気持ちは、インディアンのみならず、すべてのアメリカ人も同じなのではないだろうか。
Text by Koji Okamura
Photo by (C) Indian Motorcycle
Edit by Takeshi Sogabe(Seidansha)