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テラヘルツ電磁波パルスを用いて、分子の操作や新しい分光イメージングを研究

2011年1月27日

京都大学物質-細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)
田中 耕一郎 教授

100 kV/cm以上の強いテラヘルツ波を1兆分の1秒間、パルス的に照射する“高強度テラヘルツ電磁波パルス”によって、L-アルギニン酸の微結晶の分子間の振動ピークが低周波数側に動いた。これは、図に示すような量子力学計算によって再現され、量子準位の梯子を20段程度瞬間的に駆け上がる変化を“高強度テラヘルツ電磁波パルス”が誘起したことに相当する。 | 拡大する

テラヘルツ波は300GHz~10THzの光と電波の境界領域の周波数帯で、遠赤外線とも呼ばれる。テラヘルツ領域では、常伝導と超伝導の自由エネルギーの差である超伝導ギャップ、分子の回転スペクトル、巨大分子の振動モードといった特徴的に現れる物性が知られている。また、マイクロプロセッサの動作域がテラヘルツ領域に近づきつつあるなど先端技術の開発領域としての期待も高い。

一方で、これまではテラヘルツ波の発生や精密な検出が難しかったために、物性研究やエレクトロニクス・フォトニクスの両分野に使える発生源や測定器、この領域で動作するデバイスやその材料の開発が待たれてきた。現在、レーザー技術や半導体デバイス技術を使っての研究開発が急速に進んでおり、テラヘルツ波の理論構築と平行して、半導体のオンオフの制御を光からテラヘルツ波に変えて高速化する通信用デバイス、危険物のイメージングのようなセキュリティーシステム、水と脂の違いを映し出すことによる、がんの可視化などの応用が視野に入ってきた。

京都大学物質-細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)の田中耕一郎教授は、このテラヘルツ波の物性研究の第一人者だ。

2009年には、同大学大学院理学研究科永井正也助教(現・大阪大学准教授)らとともに、フェムト秒レーザーを用いて100 kV/cm以上の強いテラヘルツ波を1兆分の1秒間、パルス的に照射する方法を開発。試料にテラヘルツ電磁波パルスを透過あるいは反射させて電場の時間変化を測定し、周波数成分と電場の振幅強度を検出する時間領域分光法を可能にした。現在、出力は1000 kV/cm = 1 M(メガ)V/cm 以上に達しており、このような強電場のテラヘルツパルスを発生・検出できるのは世界に数カ所の施設しかない。

そして、2010年には、永井助教、ムケシュ・ジェワリヤ博士(元・同研究科所属)とともに、この装置を用いて、熱を発生させずに有機結晶を緩めることに世界で初めて成功した。

通常は、電磁波によって結晶の分子を動かすと、電子レンジの加熱と同様、緩和によって熱が生じる。そのため、電磁波によって分子の配位をコントロールすることは難しい。

田中教授らは、分子振動のコントロールを高強度のテラヘルツ波パルスによって行うことを試みた。L-アルギニン酸の微結晶をポリエチレンで固めたペレットに高強度テラヘルツ波パルスを照射し、ペレットへの吸収スペクトルを観測したところ、分子間の振動モードの周波数が全体として低周波数側にシフトすることを見出した。これは分子間の振動周期が遅くなった=分子間の距離が伸び、結合が緩んだことを示す(結晶が膨張している状態で、さらに振幅が大きくなり、分子間距離が無限大になったときが“融解”である)。L-アルギニン酸の微結晶は熱によっても同様に低周波数側にシフトすることがわかっているが、「今回照射したテラヘルツ電磁波パルスのエネルギーは1 mW以下の平均出力であり、吸収スペクトルの低周波数側へ移行は熱によるとは考えられない」と田中教授は話す。量子力学的に見ると、量子準位の梯子20段程度を順番に瞬間的に駆け上がった結果になる(図参照)。これまでのさまざまな周波数の光源による駆け上がりは最大でも数段程度であったことを考えると、大きな成果だ。「テラヘルツ電磁波パルスは、タンパク質のような巨大分子などの立体配位の操作、化学反応の促進や有機分子結晶の精製に使える可能性がある」。

さらに、田中教授らは、テラヘルツ電磁波パルスによって起こる自由誘導減衰信号(磁気共鳴現象とそれが元の平衡状態に戻る際に出る信号)の観測とCCDカメラを組み合わせ、分光イメージングも可能にした。テラヘルツ波は波長が長く、そのままでは回折限界によって300 µm以下のものは見えないが、小さな開口部に入射して、そこにたまる微量の光を用いる近接場光の技術を用い、テラヘルツ波を使った顕微鏡を実現。「原子間力顕微鏡(AFM)とテラヘルツ波を組み合わせた、分解能が高い顕微鏡が開発されているが、スキャンに時間がかかるため、生物には使えない。また、生物を見るなら、リアルタイムの動画がほしい」という田中教授のねらいには高度な技術の集積が必要だったが、2010年にチロシンの微結晶の観測に成功した。

この顕微鏡には蛍光物質や発光物質などのラベリングが不要という大きな利点があり、「iCeMSの生物系の研究者と共同して、タンパク、水、細胞や、人工物のリポソームや膜タンパクなどを見たい。とくに細胞分裂のようなダイナミックな現象における水の温度の変化、物質の動きなどを見るのが目標」と語る。

テラヘルツ波の原理の理解、発生の制御、精密な検出、そしてその技術を使った未知の物質や現象を見ること。田中教授らの研究から見える新たな世界が楽しみだ。

小島あゆみ サイエンスライター

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