鈴木悟の異世界支配録   作:ぐれんひゅーず
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戦争描写はまるっと飛ばします。


28話 戦争後

「やはり報告通り……なのだなニンブル。間違いであってほしかったが……」

「はっ、しかとこの目で確認しました」

 

 確認したと言うか。目の当たりにしたと言うか。見せ付けられたと言うのがニンブル的には正しい。

 

 バハルス帝国帝城。皇帝ジルクニフはカッツェ平野での戦争で起こなわれた出来事を<伝言(メッセージ)>で既に聞いている。だが、<伝言(メッセージ)>の魔法の信憑性の問題もあり、実際にその場で見て来たニンブルに再度報告させていた。

 

 眩暈がしそうになりながらも、ジルクニフは提出された書類に目を落とす。

 

 帝国騎士 死傷者 0人

 

 王国兵  死者  0人

      重傷者 少数

      軽症者 多数

 

 あり得ない数字だ。

 王国を疲弊させるために帝国が仕掛け続けてきたこれまでの戦争。収穫時期に二十万もの民兵を集めさせるだけで帝国の目論見は達成出来ている状態で、無理な戦いをして貴重な騎士を失うのは帝国としても痛手なのだ。陣形を敷いて待ち構える王国兵に軽く一当たりするだけで終わる戦争でも、少なからず死者は出てしまう。

 

 では、全く戦わずに終わったのかというと、それも違う。

 争いは在った。

 一方的な一撃が。

 

 アインズが巨大な黒い門から呼び寄せた軍勢。

 それは伝説のアンデッド、死の騎士(デス・ナイト)。それが三百体。

 そして死の騎士(デス・ナイト)が騎乗しているモンスター。判明したモンスターの名は魂喰らい(ソウル・イーター)。かつてビーストマンの国に三体現れた時に十万の被害を出した、この辺りでは目撃例のない超級に危険なモンスターが同じく三百体。

 この軍勢だけで周辺国家のほとんどが滅ぼされてしまうだろう。

 しかし、この軍勢は何もしていない。ただの見せしめで呼ばれただけの存在だった。

 

 ジフクニフは今回の戦争でアインズに一つだけお願いをしていた。

 

 『会戦の狼煙として最初にアインズの魔法を放って欲しい。出来れば最大魔法を』

 

 これはアインズの力を確認するため。要はアインズがどれだけのことが出来るのか、その基準を図るための策であった。

 

 ニンブルは当時の事を身振り手振り交えながら語る。

 

 アインズが腕を一振りする。それに合わせるように突如としてアインズを中心に、10メートルにもなろうかという巨大なドーム状の魔法陣が展開された。魔法陣は蒼白い光を放ち、半透明の文字とも記号ともいえるようなものを浮かべている。それはめまぐるしく姿を変え、一瞬たりとも同じ文字を浮かべていない。

 

 実際に目の当たりにしたニンブルはそのあまりにも幻想的な光景から目が離せなかった。

 そして、魔方陣が放つ光量が増し、発動した瞬間。

 

 世界が凍った。

 発動者のアインズの足元から前方、赤茶けた大地が広がるカッツェ平野が白銀の世界に包まれたのだ。

 範囲は平野だけに留まらず、王国軍最奥に構えていた部隊を超えて、遠く離れたところに見える森までもが凍っていた。

 

 ジルクニフとニンブル理解の範疇を超えたものであるが、アインズが使ったのは超位魔法<天地改変/ザ・クリエイション>。それを特殊技能(スキル)で範囲拡大・強化させたもの。

 

 予定ではアインズが魔法を放った後に、帝国軍が突撃する予定であった。

 しかし、帝国が誇る騎士たちは放たれた魔法の圧倒的な規模に恐慌。アインズが通り道にあたる氷は解除させることは可能だと、ニンブルに言ったようだが、誰一人動くことが出来なかった。

 帝国騎士がより多くの血を流してアインズの代わりに戦ってこそ、借りが作れるという計画が狂うこととなった。

 しかし、ジルクニフはニンブルや将軍を始め、誰も咎めるつもりはない。さすがにここまでの魔法を行使出来るとは思っていなかったのだから。

 

 帝国が誇る鍛え抜かれた騎士たち、後ろで見ていただけの彼らですらこの様なのだ。

 直接魔法を向けられた王国軍にもたらした影響は想像に難くない。あちらは碌に訓練されていない民兵ばかりの集まり。

 誰もが一目散に逃亡を開始。その際に転んだりした者が軽症者の数なのだろう。

 大人数が混乱して、なりふり構わず逃げようとした場合。押し合い、圧し合いで死者が出てもおかしくはないが、凍った大地の上で早く走れることが出来なかったのが幸いしたのだろう。

 足を滑らして転げながらも逃げ惑う王国軍の姿が目に浮かぶようだった。

 

 因みに重症者にはボウロロープ侯爵と、その配下が大半を占めていた。

 いの一番に騎馬で突撃を行った彼らは氷に足を取られて落馬。骨折などで退却も中々すすまなかったようだ。

 

「……しかし、これは困ったな。結局帝国が貢献出来たことがほとんどないではないか」

 

 やったことと言えば、戦争の大義名分を立て────でっち上げだが────場をお膳立てしたことぐらいしかしていない。

 

「ナザリック地下大墳墓周辺の割譲の交渉を全てこちらでする必要があるな……最低でもエ・ランテルは渡してもらわないとな。アインズの力を背景に脅せば……」

「王国も素直に従うと思われます」

「そうだな。後は……戦勝記念パーティー。もしくは建国記念パーティーと銘打って帝国に招くのも良いか。戦争で何も出来なかった分、豪勢にすれば……」

 

 ジルクニフは早急に動き出す。

 

(出費がかさむが仕方がない。全ては帝国を守るためなのだ) 

 

 ジルクニフが忙しく動いている中。城の中庭で奇妙な笑い声を上げながら走り回っている老人を見かけたという噂が広まる。

 

 

 

 

 

 

 エ・ランテル周辺がアインズの国になることはほぼ確定されている。

 守護者たちとの話し合いで決められた国の名は魔導国。

 魔導国を統べるは”魔導王”。

 ”魔導王”アインズ・ウール・ゴウン。

 この名は後程大々的に発表されることとなる。

 そんな彼は今────。

 

 

「……本当に五千体居るな」

 

 アインズの呟きはすぐ近くに居なければ聞き取れないほど小さい。

 

 アインズは会戦前。帝国軍の駐屯地内に用意された天幕内で<遠隔視の鏡/ミラー・オブ・リモート・ビューイング>を使ってカルネ村の戦いを見ていた。

 カルネ村に迫る脅威に対して何もしないという選択は今のアインズにとってはあり得ない。

 不可視化したルプレレギナが待機しており、村人に被害が出そうな場合は預けてある軍勢を用いて助けるよう指示してあった。

 だが、村を守るための用意は虚しく空を切り、辺境の村を焼き討ちしようとした愚かな王族を討つに終わった。

 そのことに関してはどうでもいい。気になるのは────

 

(本当に居るよ。……どうすんだコレ?)

 

 アインズが今居るのはカルネ村の正門のすぐ外。見事な隊列で居並ぶゴブリン五千体を見渡していた。

 

「あ、あの、本当にどうしましょう?」

 

 エンリが戸惑いながらオロオロしている。

 この軍勢を呼び出したのは彼女だ。そのお陰で村が助かったのだからゴブリンたちに感謝はしているのは当然だが、この数をどう養って行くか。これから先を不安に感じていた。

 

「……ふむ」

 

 アインズが顎に手を当て考えこむ。

 そこに一体のゴブリンが近づいて来る。 

 

「お初にお目にかかります。私は指揮官をしておりますゴブリン軍師と申します」

 

 アインズに話しかけて来たのはヒゲを生やし綸巾を被り、羽扇を持ったゴブリン。その見た目は大昔のとある国に登場した有名軍師を思わせる。

 

「貴方様のことはエンリ将軍閣下から聞き及んでおります。閣下が忠誠を捧げる御方ならば我らもそれに従いましょう」

 

 先輩であるジュゲムたちに習い『お館様』呼びされてしまうアインズ。

 

 それからこれからの事を決めていく。

 

 まず住居についてはゴブリンたちだけでなんとかなると軍師は進言する。

 材料となる木材はトブの大森林から採れる。この世界の自然を無暗に壊したくないアインズは環境に気を配って行うよう指示し、ドルイドの魔法などの支援を約束する。

 

 衣服、装備品のメンテナンスについては軍団に一人だけいる鍛冶師がなんとかするつもりらしい。大人数になった村の鍛冶仕事を一人で担うのは難しいので、鍛冶についてはなんとかしなければならない。

 アインズは頭の中にメモをとっておく。

 

 最後に一番の問題、食料について。

 これはナザリックから供給するしかなかった。

 カルネ村に備蓄してある量は、ゴブリン軍師たちが召喚される前、百人ほどの村人に対してなら十分な量があるが、流石に五千体も増えると圧倒的に足りない。それとは別にナザリックに収めてもらった分はデミウルゴスの作戦で使用される予定なので回せなかった。

 

 軍師は手厚い支援を約束してくれたアインズに深く感謝しながら、軍を指揮していく。

 こうしてカルネ村は帝国をも凌ぐ武力を手にしたのだった。

 

 

 

 次にアインズは”フォーサイト”が暮らす家へと向かう。

 カルネ村に建てられた木造二階建てのログハウスは、全てがかなり立派に作られており、ある種別荘のような佇まいをしている。

 

 案内役のエンリが扉をノックして、中の住人にアインズの来訪を取り次ぐ。

 

「では、私は軍師さんたちの所に行ってますね」

 

 村の責任者であるエンリにはしなければならない事がいくつもある。

 ただの村娘であったのに、いつのまにか村全体を背負わなくてはならなくなってしまって大変だろう。しかし、村人を始め、ゴブリンたちの誰もがエンリを支えてくれている。

 言うなればアインズ(鈴木悟)と似た状況であった。

 

 突然の訪問にも関わらず、ヘッケランたちはこの村の大恩人の来客に快く応じる。

 ヘッケランたちの認識ではアインズ・ウール・ゴウンとは。

 辺境の村を襲った脅威から救い、その後を支援してきた人徳者。そして強大な魔法詠唱者(マジックキャスター)である。

 

 居間の簡素なソファーに腰掛け、テーブルを挟んだ反対側に別の椅子を用意したヘッケランたちが座る。

 

「さて、初めましてになるが私がアインズ・ウール・ゴウンだ。先の戦闘ではこの村を守るために君たちが尽力してくれたことに感謝している。それと君たちのことは聞いているので自己紹介は不要だ」

 

 モモンとして既に帝国で会っているアインズにとっては無駄なことなので省略。モモンだとバレないように威厳たっぷりの声で話すのも忘れない。皇帝にもバレなかっただけあって、気付かれた様子は微塵もないようだ。

 アインズは自身の魔王ロールの完成度の高さに満足する。

 

「初めまして。リーダーの……って自己紹介は要らないんでしたね。俺た、私たちにとっては当然のことをしたまでですから」

 

 ”フォーサイト”にとっての恩人。モモンが懇意にしている村のためになるのであれば当たり前のこと。少しでも恩を返したいと思っていた。特にアルシェは妹のこともあり、まだまだ恩を返せていないと感じていた。

 

「君たちの思いに何か言うつもりはない。今日は君たちに一つ提案があってきたのだ」

「提案……ですか?私たちで出来ることでしたら」

「難しいことではない。実は私が支配している地でトブの大森林の奥地に蜥蜴人(リザードマン)の集落があるのだが、そことカルネ村との間で交易を手伝って欲しいのだ。村人たちは他種族に慣れて来ているとは言え、見たこともない種族に合えば戸惑うだろう。そこで、ワーカーとして今まで様々な種族を見てきた君たちなら、初めて会う種族とも交渉出来るだろうと思っている」

「はっ?……えっ?蜥蜴人(リザードマン)ですか?」

「ちょ、ちょっと待って。えっ、トブの大森林を支配って聞こえたんですけど……」

 

 困惑したヘッケランを置いてイミーナが素っ頓狂な声をあげる。

 

 トブの大森林は入って直ぐであれば人の手が入った程度の森ぐらいの雰囲気しかないが、少し進めばそれまでの雰囲気は一変する。足場は悪く、頭上に茂った木々によって視界は遮られ、周囲は昼でも暗く、あちらこちらに闇がわだかまっている。この辺りからモンスターの姿が現れる確率も急上昇し、何時何処からモンスターに襲われるか絶えず注意をしなくてはならない。そのため原生林の冒険は非常に神経をすり減らす作業となる。

 それらの理由により探検する者は少なく、詳しい地形はあまり判明していない。どこかの国が本腰を入れて調査を行ったということも歴史上一度たりとて無い。森の奥にまで入っていけば希少で高価な薬草が豊富に自生しており、自然の宝として存在している。薬草に詳しい者にとっては宝の山である。

 一部の冒険者たちがロマンやこの地でしか取れない薬草などの宝を求めて冒険を繰り返してはいるが、多様なモンスターが住み脆弱な人間を拒む世界のため、帰ってこないことも多い人の支配が及ばない人類未踏の魔境だ。

 王国と帝国もトブの大森林は自領だと主張しているが、実際は管理も何も出来ていない口だけの主張である。

 

 そんな地を支配していると言っているのだ。

 

「内緒だぞ」

 

 アインズは指を縦に一本、口の前に立てて言う。

 別にバレても問題はないだろうが、自国を持たないアインズが人の支配に入っていない地とはいえ、勝手に支配下に置いたという事実は要らぬトラブルを招きかねない。白日の下に晒すのはまだ後で良いだろうと考えていた。

 

「……噂には聞いていましたが、とんでもないお方なのですね」

 

 ロバーデイクの呟きは彼ら共通の思いだった。

 

「えっと、それで蜥蜴人(リザードマン)でしたね。見たことがありませんが具体的にどういう種族なんですか?」

「ああ、彼らは────」

 

 アインズは蜥蜴人(リザードマン)の特徴を語る。

 

 トブの大森林にある、瓢箪をひっくり返したような形の湖の南側に集落があり、現在コキュートスが統治している。

 農耕や畜産の技術はなく、狩猟で80センチほどの魚を得て食料にしており、生食か干物にして食べる。火を使う調理は知識として持っていない。

 魚の養殖がデミウルゴスの指導でより優れた形になり、その巨大生け簀が製作されている。

 

 ”フォーサイト”に望むのは、魚しか食べない蜥蜴人(リザードマン)に他の食料。スープなどの人間社会で一般的に食されているものが摂取出来るようになるのか、などである。

 雑食でる蜥蜴人(リザードマン)は基本何でも食べられるはずであり、彼らの好むものが見つかれば、アインズが目指す他種族共存も更に進むだろう。

 ついでに蜥蜴人(リザードマン)から魚をカルネ村へと流通させていくのも良いと考えていた。

 

 ナザリックに滞在している蜥蜴人(リザードマン)たち相手にアインズがそれをしないのは、彼らに魚以外の物を与えた場合、何の不満も抱かずに食べることだろう。なにせ彼らはアインズを神として崇拝しているのだから。

 彼らはよそ者を嫌う閉鎖社会で生きて来た。だからこそ、アインズの指示で強制力を発揮することなく、カルネ村から発信してほしいというのがアインズの思いであった。

 

 移動に関しても問題はない。

 アウラ主導でインフラ整備が行われ、道を歩くのに苦はなく、いずれは馬車での往来も可能となる予定だ。相変わらず道の周囲の視界は暗く、あちらこちらに闇がわだかまっているのは変わらないが、森全体がアインズの管理下にある以上、蜥蜴人(リザードマン)の集落とカルネ村間は安全そのものなのだ。

 

「……なるほど」

 

 アインズの話を聞いたヘッケランは頭の中で情報を精査していく。

 

「分かりました、お引き受けします。でも、その内容でしたら俺とイミーナの二人でやる方が良いと思うんです」

「ほう」

 

 ヘッケランの考えはこうだ。

 

 自分たちはワーカーとして数々の修羅場を潜ってきた歴戦のパーティーだと自負している。そんな”フォーサイト”が四人で蜥蜴人(リザードマン)の集落に赴いた場合、相手に要らぬ警戒心を与えてしまいかねない。

 かと言って武装を解いて行くのは不安が大き過ぎる。最低限、自衛が出来る装備は身に付けておきたい。

 

「それに俺とイミーナだけだったら……」

「……?」

「……ほ、ほら。イミーナってハーフエルフじゃないですか。他種族交流なら人とハーフエルフのペアでやる方が良いと思うんですよ」

 

 途中、頭にクエスチョンマークが出たアインズだったが、彼の弁も納得のいく理由だった。アインズとしてもチーム全員でやらせなければならない理由もない。

 

「私としてもそれで構わんよ」

 

 とりあえず話がまとまる。

 ヘッケランの横に座るイミーナが盛大にため息を吐いていた。

 

(そこはハッキリ言えばいいでしょうに、まったく)

 

ロバーデイクなどは心の中で仲間に毒づいていた。

 

「私が君たちと話したかったのは以上だ。では、そろそろ失礼させてもらうよ」

「────ちょっと待って下さい」

「ん?」

 

 立ち上がり外へ出ようとしていたアインズを、アルシェが止める。

 

 

 

 アルシェは目の前の黒髪の男。アインズ・ウール・ゴウンと会って話している間、ずっと違和感を感じていた。

 村の人から聞いた限りでは弱き者を助ける人徳者にしてカルネ村の大恩人。中には毎朝祈りを捧げるほどの敬愛と尊敬を抱かれている優しい人。

 

 そして────偉大な魔法詠唱者(マジックキャスター)だと。

 

「────私は相手の魔法力を探知することが出来る。でも、貴方からはなんの魔力を感じることが出来ない。それはどうしてですか?」 

 

 正確には、魔力系魔法詠唱者に限り何位階まで使用可能か判別できるタレント(生まれながらの異能)。名付けるなら”看破の魔眼”。

 アルシェは目の前の男がアインズ・ウール・ゴウンではなく、誰かの変装、別人の可能性も考えていた。

 

「見えないってどういうことだよアルシェ? 村長からちゃんと紹介されたじゃないか」

 

 仲間の言葉を聞いても、アルシェは警戒を緩めることなくアインズを見据える。

 

「なんだそんなことか。私は外に出る時は探知系から完全に身を隠すマジックアイテムを装備しているのさ。その証拠に……」

 

 アインズが右手の小指に嵌められた指輪を外す。

 その瞬間。

 

 アルシェの視界は閃光に包まれた。

 

「う、うぷ!」

「えっ?」

「お、おいアルシェ?」

 

 ヘッケランの呼びかけに答える余裕もなく、アルシェは部屋奥にある洗面所へと口元を抑えながらダッシュする。

 

「ちょ、ちょっと大丈夫!? どうしたっていうのよ!?」

 

 洗面所から聞こえてくる音は聞かないでおいてあげた方が良いだろう。

 

「…………」

 

 アインズはなんとも言えない気持ちでスッと指輪を元の指に嵌める。

 

 

 

「────あ、あの。本当にすみませんでした……いきなり、あんな……」

「いや、気にすることはない。事情は先ほど聞かせてもらったから」

 

 嘘だ。

 本当はめっちゃへこんでいる。

 アインズとして会うのは初めてなのにいきなり吐かれたのだ。しかもまだ少女と呼べる女の子に。

 タレントが原因と知るまで、自分の顔は吐き程気持ち悪かったのかと悲しくなってしまっていた。それがまだ尾を引いている。

 

 

 

 ロバーデイクに<獅子のごとき心/ライオンズ・ハート>を掛けてもらい、水を飲んで心を少し落ち着けたアルシェは先ほどの光景を思い出す。

 

(信じられない魔法力。明らかにパラダイン様以上の……)

 

 世界が真っ白になったようだった。

 そして、アインズから凄まじい勢いで吹き上がる青と赤のオーラ。

 

(一体何位階魔法まで行使出来るの? 御伽噺や伝説の……ううん、ひょっとしてあれが神話級の……)

 

 再びソファーに座り、どこか困ったような様子のアインズ。アルシェから見た今のアインズの印象は穏やかで優しそうに見える。先ほどまでの風格を感じさせる渋い声はそのままに。そして、内包するその力は到底計り知れない。

 アインズのことを考えていると、後ろからアルシェにとって愛しい声が聞こえて来た。 

 

「おねえさま。大丈夫?」

「顔色わるいよ」

「クーデ、ウレイ。二人とも下りて来ちゃったの?」

 

 あまり顔色の良くないアルシェを心配して覗き込むようにしている双子。

 二人はアインズが来た時に、失礼が無いようにと二階へと連れて行かれていた。しかし、好奇心旺盛な双子は二階の階段部分から顔をひょっこり出してアルシェたちを覗いていたのだ。

 大好きな姉の急変を心配して、下りて来たのだった。

 

「────大丈夫だから。心配してくれてありがとう」

 

 アルシェは心配してくれている優しい妹の頭を撫でようと手を伸ばす。

 だが、伸ばした手はスカっと空をきる。クーデリカもウレイリカもアルシェから離れトテトテと歩いて行く。

 その目標は────。

 

「モモンさま。お姉さまをいじめちゃだめ~!」

「め~! モモンさま」

「ちょ、私はいじめたわけでは……」

「そ、そうよ。その人は何も悪く……」

 

 アインズ・ウール・ゴウン。ナザリック外でも一部の者は彼がどんな容姿をしているのか知っている。

 ”フォーサイト”と双子とは今回が初対面なのは間違いない。

 双子は黒髪黒目のアインズに対してなんと言ったのか。

  

「「えっ?」」 

 

 双子を除く全員の声がシンクロした。

 

「……な、何を言っているのかな? 君たちは。私の名はアインズ・ウール・ゴウンと言うのだよ」

 

 沈静化しない精神を根性で抑え込んだアインズはなんとか何時もの低い声を出すことが出来た。骨であればかかない冷や汗を流しながら。

 

「えぇ~、どうしてウソつくの?」

「ぜったいモモンさまだよ」

「「ねぇ~」」

 

 お互いの顔を見ながらハモらせる双子に、どうしたら良いのかと困惑している”フォーサイト”の四人。

 

「だ、誰かと勘違いしているようだな。私はアインズだ」

 

 何か確信があるのかもしれないが、再度否定するアインズ。

 

「モモンさま。わたしのこと忘れちゃったの?」

「えー! そんなぁ!」

 

 泣きそうな顔。いや、既に目の端に涙が溜まってきている。子供がギャン泣きする一歩手前。所謂、充電中というやつだ。

 

「……はぁ、参った。 降参だ」

 

 両手を上げて降参のポーズをとるアインズ。流石に幼い幼女を泣かせてまでウソを付き通す気は起きなかった。

 

「えっ、じゃ、じゃあ本当に?」

 

 ヘッケランの問いかけに応える意味で魔法を使い、その身に漆黒の鎧を纏わせる。

 驚きを隠せない四人。

 魔法詠唱者(マジックキャスター)でありながらアダマンタイト級の戦士にまで上り詰めているというのが信じられず、言葉を失う。タレントにより魔法の力を見たアルシェの反応は特に顕著だった。

 

 黙り込んでしまった四人を取り合えず放っておいて、双子に確認をするアインズ。

 

「教えて欲しいのだが……どうして私がモモンだと分かった?」

 

 それは、正に子供に話しかけるような優しい声色だった。

 

「え~、だって」

「それは~」

「それは?」

 

「「モモンさまだから」」 

 

 答えになっていない。

 帝国皇帝でさえ気付かなかった声で判断したのではないだろう。

 理屈などではないのかも知れない。

 今後の参考にはならないが、純真無垢な子供だからこそ分かったのかもしれない。

 

 その後、アインズは四人に冒険者モモンとして活動していた理由────情報収集と資金調達────を簡単に説明する。

 最後に────

 

「内緒だぞ」

 

 そう言ってナザリックへ帰ろうとするアインズ。その背中に向かって。

 

「「また遊びにきてね~」」

 

 声をかけてきた双子に軽く手を振り、去って行く新たな国の絶対支配者。

 

 そして、我が家であるナザリックには、そんな圧倒的支配者を戦慄させる事案が待っていた。

 

 

 




戦争描写は王国軍視点で書いていたんですが、原作にない部分を書いてたら冗長に感じてしまいカットすることにしました。すみません。
ガゼフは生きてます。良かったね。

アルシェがその場で即吐かなかったのは敵対している訳でもなく、緊張と恐怖がなかったからちょっとだけ耐えれた感じです。


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