プロローグ:暗殺者は客を招く
魔族ライオゲルを倒し、闇に染まったノイシュと別れた。
ノイシュとはいつか和解できると信じているし、信じるだけじゃなく彼を救うために動こうと決めた。
その後は、要点だけを大雑把に纏めた資料をさっさと仕上げて、それをネヴァンの部下に任せてある。
彼らは優秀なので、これで充分だ。必要な分を補った上で王国に報告資料を提出してくれる。
そして……。
「うわぁ、やっぱり風が気持ちいいね!」
ディアが風でなびく髪を押さえながら目を輝かせる。
俺の土魔法で生み出したハンググライダーで滑空し、風の魔法を使うことで軌道修正や加速を行っていた。
ハンググライダーは二人乗りで、俺が操り、ディアはしっかり固定されていた。
俺たちは空の旅を楽しんでいる。
ハンググライダーの構造は単純だが、きわめて効果的で燃費がいい移動手段だ。
一時期、車やバイク、などと言ったものを作ろうかと本気で考えていたこともある。
魔法と俺の知識を組み合わせれば作れてしまうのだ。。
しかし、車両が気持ちよく走れるほど舗装された道路はなく性能が発揮できないこと、また移動手段として用いる場合の速度からハンググライダーを選んだ。
便利なだけじゃなく、空を飛ぶのは爽快だ。
「ううう、ずるいですの。私もルーグ様と一緒が良かったです」
「ネヴァン様、そういうことを言わないでください。私も悲しくなりますから」
耳につけられている通信機からタルトとネヴァンの声が聞こえている。
ハンググライダーは二つ作り、もう片方はタルトが操り、ネヴァンをエスコートしている。
四人乗りのハングライダーだと大型化してしまうし、四人並ぶとどうしても空力に悪影響がでるため、二人乗りを二台とした。
先日のように風の巨大なカウルを作れば四人乗りでもなんとかなるが、燃費が悪く長距離飛行には向かない。
その結果、風属性を使える俺とタルトが操縦し、俺がディア、タルトがネヴァンを抱えることにした。
「にしても、タルトがこんなに早く乗りこなすとはな」
「意外と簡単でした!」
ハンググライダーの操作性は良く、わずか三十分ほどでタルトは基本を身に着けている。
そして、初心者のタルトが失敗してもいいように、俺はタルトが操るハングライダーのすぐ後ろにつけ、何かあったらすぐに助けられるようにしていた。
「私も操縦してたいですの」
「トウアハーデ領につけば乗ってみるといい。風魔法を使えなくとも滑空するだけで楽しいんだ」
「ぜひに!」
「ああ、ずるい。私も乗るよ! それとね、別に風じゃなくても加速する方法はあると思うんだ。必要なのは推進力だよね」
「……まさかとは思うが爆発魔法を使おうとしてないか」
「あははは、そんなわけないよ。もっといいものだよ!」
「事前に話しておいてくれ。さすがに怖い」
そして、今は荷物のディアとネヴァンも興味津々で操縦したがっている。
トウアハーデには小高い丘がある。
あそこから滑空すると楽しめるだろう。
「まずいな、ちょっと天気が荒れてきた」
ハングライダーが揺れ始めた。少々、風が強くなり吹く方向も一定じゃなくなってきた。
「タルト、大丈夫か?」
「はい、ちょっと怖いけど飛べてます。何かあったら、すぐに助けを呼びますね」
「ああ、頼む」
まっすぐ飛ぶだけならともかく、まだ悪天候の中を飛ばせるのは心もとない。
「ルーグ様、さっきから使っている通信機って便利ですよね。これも魔法ですか?」
さきほどから、ハンググライダーを跨いで話せているのは無線通信機のおかげだ。
この豪風の中だと、こういう道具がなければ声は届かない。
「通信機に魔力は使っていない。魔法じゃなくて科学の力だ」
無線通信機というのは、意外と簡単に作れてしまう。
とくに俺のように土魔法で材料を生み出し、加工の精度を担保できているのであれば難易度は著しく下がる。
ただ、あくまで基本的な原理を知っているだけなので、性能のほうは低く、携帯できるサイズにすると通信距離は百メートル程度しかない。
改善が必要。
とはいえ、通信が原始的なこの世界において圧倒的なアドバンテージになることもまた事実。
情報を正確かつすばやくに伝えるというのは、現状では非常に難しいのだ。
軍での作戦行動においては情報のやり取りに伝令兵を使う。伝言ゲームを行うため情報の精度は低く、到着までの時間差があり、その間に状況は刻一刻と変わってしまう。
しかも伝令兵が無事たどりつく保証もなければ、情報を奪われる可能性まである。
それに比べれば、無線通信は圧倒的だ。
無線通信というものは、それ一つで戦争のあり方を変えてしまえる可能性すらある。
「……まあ、とってもとっても素晴らしいですの。重ね重ね、あの約束が恨めしいです。それがあれば、人類はもう一歩前へ行けるのに」
予想通り、ネヴァンは無線通信に凄まじい食いつきをしている。
彼女には、無線通信の軍事的価値、経済・流通上での価値を見出し、これが世界を変えうるものと気付いていた。
「これも公開するわけにはいかない技術だ。……信用しているから見せている。そのことを忘れないでほしい」
「もちろんですの。ルーグ様とはまだまだ一緒に居たい。だから、嫌われることはしませんよ」
くすぐったくあるが、怖くもある。
ただ、ある程度信頼しているのもまた事実。そうでなければ、緊急時でもないのに無線通信を見せたりしなかった。
「タルト、気をつけろ。強い風がくる!」
「はいっ、……きゃっ、きました」
側面からとんでもない突風が吹いた。翼が軋み、バランスが崩れ、錐揉みしながら落ちていく。
これだけの風を受けても羽が折れないのは、折れるほどの負荷があれば、曲がることで力を逃がすようにしてあるおかげだ。
もっともそのせいで、錐もみ状態になっているのだが……。
「きゃあああああああ」
ディアが叫んでいる。
よほど怖いのだろう。
錐揉みでもっとも厄介なのはパニックになってしまうこと、どちらが上かすらわからない状態はひどく不安になる。
高度を考えれば、落ち着くまで待ち、状況把握をしてからでも立て直せるとわかる。
しかし、パニックになるとわけもわからず動いて、取り返しがつかなくなってしまうのだ。
ここでの最善は何もしないこと。
回転が収まってから、姿勢制御をし、再び滑空。
タルトたちを探す。
タルトは前にいた。パニックにならず、正しい行動をとっている。
「ほう」
初飛行でこんなトラブルに対応できるとはな。
タルトはセンスを努力で補っている。
想定しる事態には、あらかじめ対策を用意することを苦にせずやり遂げる、だからこそ安定感がある。
しかし、裏を返せば対応力が低い。
知らないこと、想定していないことへの機転が利かないという弱点があった。
だが、こうして初めてのトラブルに対応してみせた。
様々な努力が、タルトのなかに基礎をつくってきた結果だろう。
ありとあらゆる技術には基礎がある、その基礎はいっけん、まったく別ものの技術にも生かせる。
多数の技術を根気よく身に着けてきたからことがタルトを育て、底力になっているのだ。
初めて触れる技術でも、既存の技術と土台が同じなら想像できる。
……本当によく成長してくれた。これからはより頼りにさせてもらう。
俺とタルトは風を操り、下がった高度を一気に引き上げた。
「よく対処できたな」
「はいっ、ルーグ様に鍛えていただきましたから!」
良い返事だ。
「このペースなら、すぐにトウアハーデだな。もう少し頑張ろう」
「もちろんです」
そろそろ慣熟飛行はいいだろう。
風を起こして加速し、タルトの前に出て着いてこいとサインを送る。
先程までとは比べ物にならない速度。
ここからが応用編。
今のタルトならこの速度でも十分に飛べるだろう。
◇
二機のハングライダーが並んで屋敷の庭に着地する。
「うーん、やっぱり空の旅は気持ち良かったね! 癖になっちゃいそう」
「ふう、私はちょっと疲れました。でも、楽しかったです」
「……ハンググライダー。信じられないですの。この速さ、敵の上をいけるというアドバンテージ、いくらでも使い道が思いつきます。無線といい、ハンググライダーといい、目の前の宝箱を使えないのが悔しいですの」
ぶつぶついうネヴァンを見て見ぬふりをして、凝り固まった体を柔軟でほごすと屋敷へと足を踏み入れる。
すると、ばたばたと足音が聞こえてきた。
「ああ、ルーグちゃん。お帰りなさい! ずっと、待っていたんですよ。ルーグちゃんが帰ってこないから、ずっとパーティできなかったんですからね」
「ただいま」
現れたのは母だ。
実年齢はすでに四十を超えたのに、十代後半と言っても通じるほど若く見える。
母は俺に抱き着くと、そのまま背後にいるディアたちを見て、目を見開く。
「あらっ、ルーグちゃんのお嫁さんが一人増えてますね」
「ディアとタルトは嫁じゃないし、ネヴァンはそういうのじゃないよ」
ディアとはそうなる予定だし、タルトとも展開しだいでそうなるかもしれない。
しかし、ネヴァンはあくまで友人であり、仲間だ。
「そうなんですか?」
俺から離れ、首を傾げる母の前へとネヴァンがでる。
「お初にお目にかかりますの。私はネヴァン・ローマルング。いずれ、ルーグ様を婿にいただく予定です。お見知りおきをお義母様」
優雅に貴族式の礼をする。いやになるほど様になる。
そして、その爆弾発言にディアとタルトが硬直していた。
母は珍しく真剣な表情を浮かべる。
「ローマルングですか。あの?」
「はい、あのローマルングですの」
母は茶会やパーティを避けているとはいえ、男爵の妻。
そもそも、トウアハーデとローマルングは切っても切れない関係なのだ。
ローマルングの名も、その性質、裏も知っている。
「あらあら、ルーグちゃんも大変ですね。モテすぎるのも考え物ですよ。でも、お母さんは婿入りなんて認めません。出ていっちゃめです。居なくなったら泣いちゃいます」
「そもそも婿入れ以前に、ネヴァンと婚姻を結ぶ予定がない」
つっこみを入れるが、母にもネヴァンにも届いていないのは気の所為だろうか?
「離れ離れが寂しいなら、エスリ様もどうぞいらしてください。最高の待遇を約束しますの」
「ふふふ、それはできませんね。私はトウアハーデの女ですから」
母とネヴァンが笑い合う。
……このままじゃまずいと本能が警鐘を鳴らす。
「とにかく、ネヴァンを客人として招く。それから、母さんはなにか祝いをしたいと言っていたけど、一体なんの祝いなんだ?」
一番いいのは話を逸らすこと。
根本的な解決にならずとも、対策を打つ時間を得られる。
「ああ、それですね。ルーグちゃんがお兄ちゃんになるんですよ!」
「……つまり、それって弟か妹かできたってことか」
「はいっ、なんとなく妹だって思うんですよね。私の勘はよくあたりますよ。ルーグちゃんも名前を考えてくださいね」
「あっ、ああ、考えておく」
「ふふっ、そんなに不安そうにしなくても、〝大丈夫〝ですから」
当然の出来事に動揺する。
なんというか、喜んでいいのか、心配するべきか、いろいろと。
「タルトちゃん、ディアちゃん、二人に子供ができたら、一緒に育ててあげますよ。ルーグちゃんの妹とルーグちゃんの子供が兄弟みたいに育つって、ちょっと不思議ですね」
「あっ、それいいね。やったことがないから不安だし」
「あの、その、私は兄弟が多かったので、お手伝いできます!」
母の冗談にディアとタルトが全力で乗り、しかも話がどんどん具体的になってくるのを見て頭を抱える。
そして、母は俺が婿入りしてしまうのがよほど嫌なのか、素でネヴァンは名前を読んでいない。
そのせいでネヴァンが頬を膨らませている……あれは演技だな。わざとああやって存在感をアピールして遊んでいるのだ。
「母さん、今は子供を作る予定はないよ」
少なくとも、勇者問題を解決するまで戦力を減らすわけにはいかない。
避妊はしっかりしている。
「残念です。とにかく入ってください。疲れているでしょうし、今日は消化にいいものを作ります。でも、明日はお祝いでおもいっきりごちそうを作りますからお楽しみに。ルーグちゃん、タルトちゃんは手伝ってください」
「ああ、俺は狩りで貢献するよ。久しぶりにアルヴァン兎が食いたいしな」
「私の方は仕込みを手伝いますね」
帰るなり、驚かされたが懐かしの故郷に帰ってきた。
羽根を休みつつ、新しい家族の誕生を祝うとしようか。
そのためには、まずはご馳走の確保だ。
森に出て狩りをしよう。
今日から五章!
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