ラナー同様、ラキュースに関しても個人的な見解が多分に入っています
この話でのラキュースは冒険者としての正義感も強いですが、同時に貴族としての責務も重視している感じです
ラナーもそうですが、こうした内面の葛藤や読み合いは全て説明すると文章が長くなりすぎて話が進みませんし、かといって省きすぎるとちゃんと伝えられているか不安になります
ラキュースの言葉には答えず、ラナーは思考を開始する。
この様子を見る限り、ラキュースはこの誘拐事件が狂言であることは完全に見抜いている。
問題なのはそれ以外をどこまで知っているかだ。自分の夢や受け取る褒美の内容については、話していない。
クライムと二人だけの世界を作る、その夢さえ知られていなければ、ラナーの本性を知られたことはともかく、内容に関しては王国のためになることと言えるからだ。
「……どこから聞いていたのですか?」
真正面から問いかける。こうした場合自分の優位を確信した相手は、話をしたがるものだ。
「初めからよ。最初からずっと、全てを聞いていたわ」
(アインズが計画を話させたのは録画のためだけではなく、コレに聞かせるためか)
普段の自分であれば、その程度のことには気付いたかも知れないが、焦っていたのだろうか。自分も存外人間らしいところがあるものだと、他人事のように感心してしまう。
ラナーにとって唯一の武器は頭脳。
それを売ることでしか、ラナーは自身の夢を叶えられないと、ずっと昔から分かっていた。
子供の頃からずっと、その相手を吟味してきた。
それに必要なのは自分の頭脳を完全ではなくとも理解して有用に使える者。
初めに考えたのはレエブン候。自分が王になると野心を抱いていた彼に取り入り、自分の夢を叶えようとしたが、レエブン候に子供が出来るとその野心はすっかり消え去ってしまったため、候補から外した。
次がザナック。王としての素質が飛び抜けているわけではないが、現在の王国の危険を知り、将来のことを考えて行動できる者。それがレエブン候と組んだことで、王位を継ぐ芽が出てきた。
だからこそ、彼らに近づき、王位と引き替えに自分の夢を叶えさせる予定だった。
そこに現れたのが、魔導王の宝石箱、いやアインズだ。
ゴーレムやアンデッドを初めとした国力回復の手を持ち、八本指を早々に掌握した圧倒的な戦力も合わせて、これ以上無い契約相手だった。
自分の存在をアピールし、彼方から接触してくるようにし向け、実際にデミウルゴスと話したことでそれは確信に変わった。
誤算は、デミウルゴスを初めとして彼らの中にラナーに比肩しうる頭脳を持った者たちが複数いたこと。
そして、アインズを頂点とした完全なる一枚岩の組織構造が作られていたことだ。
そこに自分の頭脳を売るのは簡単なことではない。
何しろ相手には知能面で自分の代わりになる者が存在し、また彼らと異なり、ラナーには裏切りの可能性もある。
(せめて、彼らが王国に出店する前に接触できていれば、話は変わったでしょうけど)
八本指を手に入れる前に接触できていれば、民衆に人気のある王女と言う立場は、魔導王の宝石箱を売り出す際に役立っただろう。しかし、ラナーが彼らと接触した時、既にアインズは王都の店舗だけではなく、帝国にも売り込みをかけていた。
この時点でラナーにしか出来ないことは、殆ど無くなってしまった。
その為、ラナーが自分の立場を作るためには幾つか賭けをしなくてはならなかった。
舞踏会の折、アインズを試したことで下がった自分の評価を戻すために、打てる手は全て打ち、やっと自分の夢を叶えて貰う手はずを整えたというのに。
(どこまでも強欲な男)
貴族派閥の排斥さえ終われば、本当にラナーにしかできない仕事はなくなる。だと言うのに、それでもアインズは自分を手駒として残そうとしている。
ラキュースにあの話を聞かせたのはそれが理由だろう。
ラナーの本性を知ったラキュースが、この話をクライムにしてしまえば、自分の夢は潰える。
あの純粋な瞳が汚れてしまう。
だからラナーはそれを止めるために、ラキュースの排除をアインズに頼まなくてはならない。
つまり更なる褒美を願うことになる。その対価を払うために、ラナーは今後もアインズの為に働かされるということだ。
「ラナー、答えて。貴女は──」
「問答は必要ありません。貴女の聞いた通りです」
だがここで諦めるわけにはいかない。
現状を打破する為に必要なのは、ラキュースの立場を明確にし、彼女がアインズの計画を邪魔する者だと確定させること。
そしてラキュースがここに来たのが、自分ではなく、アインズのミスだと認めさせることだ。
そうすればラナーに非は問えず、アインズはラナーの願いとは関係なく、自分の意志でラキュースを始末する方向に舵を切らなくてはならない。アインズ自身のプライドの高さ故に、失敗を帳消しにしなければならないからだ。
問題は彼女を巧く誘導し、その言葉を口にさせること、そしてそれをここに来ることになっている、モモンに扮したアインズにも聞かせることが出来るかどうかだ。
アインズのように映像や音声を記録できないラナーでは、巧くタイミングを計る必要がある。
幸い、様々な可能性について考えていたことで、アインズが出ていってから時間はそれなりに経過している。
本来ならばここを片づける時間を取る必要があったが、ラキュースにばれているのなら、そちらは後に回しても問題ない。
後は時間の調整を行うだけ。
「ラナーッ!」
業を煮やしたラキュースが、叫ぶようにラナーの名を呼ぶ。
煩い女だ。
アインズの計画でも、ラナーの目論見通りになったとしても、どちらにしろラキュースの排除は決定している。
「ねぇラキュース。それの何が問題だというの? 貴族派閥もバルブロお兄様も、これからの王国にとっては害でしかありません。それを排除するためなら、手段を選んでいる場合ではない。そうでしょう?」
冒険者でなく、貴族としてのラキュースに問いかける。
ラキュースは善人ではあるが、清廉潔白な人物ではない。貴族の令嬢らしい腹芸もできる。
だが同時に、彼女の中には譲れない正義が存在している。
信念と言い換えても良い。
それがあるからこそ、彼女は貴族と冒険者と言う正反対の立場を両立させる事が出来ている。尤もラナーに言わせれば、両立ではなくどっちつかずの半端者でしかないが。
どちらにせよその信念において言えば、ラナーのやり方は決して認められないのだろう。
「けれど、貴女はそのために、八本指と手を結んだ。八本指が法国と通じているというのも嘘なんでしょう?」
そう。ラキュースにとって問題なのは、ラナーが犯罪シンジケートである八本指と手を結んだことだ。
彼女たちに依頼を出した際に、八本指の内情を調査したことで、その気持ちはより強くなったはずだ。
王国全土に根を張るほど巨大になった組織を潰すことが出来ない以上、王国に被害を出さない限り見逃すことは出来ても、手を組むことなど許せないと考えている。
(法国との繋がりが嘘だと見破ったのは、その話をしたのが私だから? それともあの二人を締めあげて聞き出したのかしら)
当初はこの部屋の外に待機していたコッコドールとヒルマは、アインズがこの場所に来た際に、この場に誰も入れないように見張りをさせる名目で入り口前に移動していた。
今になって思えば、それも外から来たラキュースにここにラナーが居ると知らせるための目印だったのだろう。
そこで二人を締めあげ、話を聞き出したと言ったところか。
「そんなことまで……流石ねラキュース。ねぇ、いつから私を疑っていたの?」
そろりと言葉を投げかける。
この答えによってラナーの望みが繋がる。
「モモン殿よ。彼が何の意味もない待機の指示を出したとクライムが伝えてきたの。私たちの知っている彼はそんな意味のないことをするはずが無いもの」
(良かった。貴女は本当に操りやすくて助かるわ)
その言葉が必要だった。
モモン、つまりはアインズらしくない指示を深読みし、ここにたどり着いたというのなら、その責任はやはりアインズにある。
後はアインズがここに来た際に、同じことを話して貰えばアインズにも言い逃れが……。
とそこまで考えて、ラナーの背筋に冷たいものが流れた。
最悪の可能性に気づいたからだ。
ラキュースは初めから話を聞いていたと言っていた。つまりアインズが最後に口にした、次はモモンとしてここに来るという言葉も聞いていたことになる。
よってエ・ランテルに来ているアインズとモモンが同一人物だとは分かるだろうが、それがどちらであるかは分からないはずなのだ。ラキュースはモモンのことはさん付けで呼び、アインズのことはゴウン殿と呼んでいた。そして今はモモン殿と呼んだ。
これはつまりラキュースは、モモンの中身がアインズだと理解していると言うことではないだろうか。
いやそれ以前に、その人物はラナー、そして八本指と結託して狂言誘拐を仕組み、責任を蒼の薔薇に押しつけようとした。
そんな相手に対し、敬称を付けるはずがない。
つまり、答えは一つ。
ラキュースは既にアインズと手を結んでいる。
(いつから? 最初からだとしたら私が気づかないはずがない。少なくとも昨日まではそんな気配はなかった。だとしたら、今ここで?)
アインズとの会談後、ラナーはここで一人残って、アインズが何かを仕掛けてきた際の対策を講じていた。
膨大な数のパターンを検討したとは言え、ラナーは思考の速度も常人より遙かに優れている。ゆえに大して時間はかかっていない。
そんな僅かな間で、ラキュースの信念を曲げさせ、仲間に引き込んだとするなら、アインズの手腕はまさしく人間業ではない。
「ラナー、貴女は……」
「お芝居はもう良いわ。貴女に私を責める資格はない、そうよね?」
ラキュースがアインズと手を結んだのならば、もはや先ほどの作戦は無意味だ。また別の対策を考えなくてはならない。
その為により正確な情報を得る必要がある。
ラキュースは一瞬何か言いたげな顔をしたが、すぐに唇を噛み、重々しく口を開いた。
「……ええ。その通りよ、私はゴウン殿の手を取った。言い訳をする気はないわ。王国と、そして──私たちの為にね」
・
(どういう、こと?)
隣から聞こえてくる声に、ラキュースは自分の耳を疑った。
この二人の声を、自分が聞き間違えるはずがない。
一人は自分の親友にして、誘拐されているはずの王女。
そしてもう一人は、ラキュースが憧れ、目標としてきた本物の英雄。
その二人の口から紡がれる内容に、言葉を失う。
今まで聞いたこともないような冷たい口調で、淡々とバルブロと貴族派閥を消すための計画を語る少女。
何度も嘘だと叫び出したい気持ちを抑え込んだ。
あのラナーが。
自分の親友であり、常に王国の民を慈しみ、何度失敗しても腐ることなく民がより良い暮らしを出来るようにと努力し続けている、黄金の姫。
そんな彼女の口から紡がれる無慈悲な計画に言葉を失った。
合理的と言えば確かにその通りなのかも知れない。
ラナー自身を餌にして、バルブロと貴族派閥を排除する。
問題なのはそのためにラナーは八本指とまで手を組んだことだ。
ラキュースが、モモンの出した指示の裏を読んで、地下下水道に出向き、地図を頼りにここにたどり着いた時、入り口の前には二人の男女が門番のように立っていた。
とはいえ、振る舞いは完全な素人であり、骨と皮しかない痩せこけた外見も合わせて護衛とは思えない。
だがどう見ても堅気ではない。裏社会で生きてきた者特有の澱んだ瞳で、その二人が八本指の一味であると理解する。
近づいてもラキュースに気づくことも無く、二人は談笑を続けていた。
どうやら彼らは自分たちに課せられた仕事を全うしたらしく──だからこそ、気が緩み口を軽くしたのかも知れない──その打ち上げを兼ねて酒でも飲みに行こうという趣旨の話をしていた。
その中で何気なく発せられた一言が、全ての始まりだったとも言える。
あの王女様も人使いが荒い。
片割れが僅かに不愉快さを滲ませて呟いた言葉に、もう片方も同意した。
それから後は簡単だ。
二人を声を上げる間もなく眠らせ、中に潜入して、隣の部屋から聞こえてくる会話を盗み聞きした。
本当に心の底からラナーを信じていたのなら、こんな手段は使わなかっただろう。
時間が無いことも合わせて、先ずは仲間たちに連絡を取っていたはずだ。
しかし、ラキュースには以前から、ほんの僅かに心の片隅に残された疑念があった。
ラナーは間違いなく、天才だ。
自分などとは比べものにならない頭脳を持っている。
ただ知識だけを詰め込んだ者とも違う、誰も考えつかない発想を思いつく柔軟さもある。
そんな彼女が、何故同じ失敗を繰り返すのか。
それが疑問だった。
だが全てが計算ずくだとしたら、辻褄が合う気がした。
何度失敗しても、民の為に善行を成そうとする黄金の姫ではなく、宮殿内から言葉だけで自分の意のままに他人を操る叡智の化け物。
そんな人物が、自分の望む褒美を得るために、八本指と手を組んだ。
副作用が無いと謳いつつ、実際は一度服用しただけで強い依存性を植え付けることができ、完治には神官の魔法が必要ほど危険な麻薬を蔓延させ、今は無くなったが王都の中で、欲望でしか物を考えられない屑どもにとって汚れた楽園である、ありとあらゆることを体感できる違法な娼館を運営していた。
そんな者たちと一度でも手を組めば、それをネタに脅され続けることになり、王国にとって不要な貴族派閥やバルブロを排除できても、将来もっと危険な火種になるに決まっている。
ラナーにそれが理解できないはずもない。
だがその責はきっとラナー自身ではなく、また別の誰かに押しつけるのだろう。ラナーがその天才的な頭脳を善悪の制限無く使用すれば、それが可能だ。
そしてもう一つ。ラナーのことと同じほど、いや元から僅かな疑念を抱いていた分、ラナーより驚いたかも知れない。
ラナーと会話をしていた相手、魔導王の宝石箱の主にして、希代の
だが驚いたのはその内容ではない、声だ。
ラナー同様、その声もラキュースが聞き間違えるはずがない。
絶対的な実力と優しさを兼ね備えた、まるで創作の中の英雄譚から飛び出してきたような、真に完璧な英雄モモン。
普段より威圧的で、言葉遣いも違っていたが間違いない。
何故彼がアインズを名乗っているのか、どうして王女であるラナーに対して、上位者のように振る舞っているのか。
しかもその話しぶりは、協力関係どころか、作戦そのものが彼の指示であるかのような言い方だ。
八本指もラナーもどちらも彼の配下であるかのように思わせる。
いや、声を変える方法など幾らでもある。
何らかの目的でアインズがモモンの声を真似ていると考える方が自然かも知れない。だとしたら余計に危険だ。何しろラキュースがここにいるのは、モモンから無言の救援要請を受け取った為なのだから。
その中身がモモンではなく、アインズであったのなら……。
「珍しいところで会うな。アインドラ殿」
そんなことを考えていたラキュースの背後から声が聞こえた瞬間、弾かれたように距離を取り、剣を抜こうとする。
しかし、その姿を見て、腕を止めた。
聖王国に行く前、そして聖王国でヤルダバオトと戦ったその時に見た姿そのままの、アインズがそこにはいた。
だが、やはりその声はアインズのものではなく、モモンの声そのままだ。
「貴方は、誰?」
「……その分ではどうやら話は全て聞いていたようだな。待機するように伝えていたのだがな」
低く笑うその姿に、ラキュースはこれが全て仕組まれた罠であると理解した。
イビルアイから
いや、呼び出すことを前提としていたのは間違いないが、目的が違う。
背筋に緊張感が走る。
ほぼ間違いなく、目的は蒼の薔薇の口封じ。
そして彼がアインズであれ、万が一モモンであったとしても、その力は自分程度ではどうしようもない。例え全員が揃って居たところで勝ち目は無いだろう。
その意味では他のみんなを呼んでいなくて良かったと考えるべきか。
地図を持っていない他のメンバーには、現在エ・ランテルの外部に繋がる地下下水道の出口を押さえて貰っている。
上手くモモンと合流できなかった場合でも、敵を逃がさないように。との考えからだったが、それが功を奏した。
(逃げるのは、無理そうね)
無謀な特攻をするより隙を窺う方が重要だ。とラキュースは臨戦態勢を解く。
「……少し、話をしよう」
それを見て、相手は満足げに頷くと、懐の中で何かを使用する。
同時に周囲に薄い膜が張られたような感覚が自分たちを包み込む。盗み聞き防止のアイテムだろう。
どうやら二人だけで話がしたいらしい。幾つか可能性が思いつくが正解は分からない。
「話とは? いえ、その前に私は貴方のことを何と呼べばいいの?」
「私はアインズ・ウール・ゴウンだよ。あの話を聞いていたのなら、私たちが何をしようとしているのか、大凡察しは付いているのだろう? モモンは例え私の命でもあのようなことに荷担する男ではないのでね。今は本店で私の影武者を務めてくれているよ」
やはり。と思うと同時に、自分の憧れた本物の大英雄が、あんな企みに荷担していないと分かったことに少しだけ安堵している自分に気がつく。
「それで? あんなやり方で人を呼び寄せて、貴方は私をどうしようというの?」
言葉に険がこもるのを感じるが、それも仕方ない。
「ん? 何の話だ?」
「今更とぼけないで。私たちの知っているモモンさんはあんな穴だらけのずさんな作戦を立てる人じゃない。だから、私たちはモモンさんが助力を求めているものだと思ってここに来た。そうでないというのなら、何のためにここに呼び寄せたの!?」
「ッ!?」
これまで冷然としていたアインズの気配が初めて揺れる。
まるで今の言葉で初めてラキュースがここに来た理由を知ったような態度だが、そんなはずはない。
アインズはモモンが常々自分以上の叡智を持つと自慢げに語っていた相手。
事実聖王国ではモモンすら欺き、ヤルダバオトを罠に嵌め、倒してみせた知略の持ち主だ。
「も、勿論理由はある。君一人で来たのは計算外だったと言うだけだ」
「……私たちに何をしようと?」
「そうだな。時間もない。単刀直入に話をしよう……君たちにも我々の仲間になって欲しい」
鈍い銀色のガントレットが差し出される。
僅かに面食らうが、それも想定内だ。
目的が口封じでなければそれしかない。
今回の作戦を成功させるために、蒼の薔薇は必ずしも必要ではない。ラナーを救出する役目も、その後バルブロを捕らえるのもモモンに変装したアインズ、そしてナーベがいれば事足りるだろう。
逆に蒼の薔薇のように冒険者として信用のある者に、余計な事を話される方が困るはずだ。だからこそ、ラキュースは先ず口封じを疑った。
しかし、仲間に引き込めばその必要もなくなる。
「どうだろう。君にとっても悪い話ではないはずだ。バルブロ王子も貴族派閥も、邪魔な存在だろう?」
「私は冒険者よ」
「だが同時に、貴族でもある」
間を置かず言い切られ、言葉に詰まる。家を飛び出して冒険者になったとは言え、未だに自分は貴族としての役割もこなしているし、出来れば王国がより良い方向に向かって欲しいとも考えている。
バルブロと貴族派閥さえ居なくなれば、それだけで全てが解決するとは言わないが、多くの問題が解決する。
「加えて言うのなら、もう気付いているだろうが、八本指は既に私の商会が取り込んでいる。君の返答次第では、全てとは言えないが、少なくとも王国の国力低下の原因である部門に関しては手を引かせる。その約束をしても良い。もちろん今回の件で君たちの名が傷つくこともない」
先ほど懸念した八本指に関しても、アインズはあっさりと解決策を提示する。
八本指の会話と魔導王の宝石箱の実力、そして八本指が王国から一時的に手を引いたタイミングを考えると信憑性は高い。
「随分と私たちを買ってくれているのね」
次々にこちらに良い条件を重ねてくるアインズに、ラキュースは皮肉混じりに言う。
「当然だ。アダマンタイト級冒険者の代わりは早々居はしない、そして私は今後冒険者組合も手に入れたいと考えている。エ・ランテルの組合とは既に交渉を始めた。まだ返事は貰って居ないがね。だが王都の冒険者組合に関してはこれからだ。その際に君たちが居てくれると非常に助かる。その為の投資と考えれば安いものだ」
「組合を?」
国からも半ば独立した組織である冒険者組合を、一商会が取り込むなど本来ならば絶対に不可能だと思えるが、他ならぬ魔導王の宝石箱ならば、可能性はある。
その際その組合の著名な冒険者を事前に取り込んでいれば、交渉もやりやすくなるのは間違いない。
エ・ランテルを取り込むだけならばモモンがいるが、全く関係のない王都の組合を取り込むために蒼の薔薇が必要だという理由も納得できる。
どうせ自分たちは今回の件が露見すれば、その時点で冒険者組合からの罰則は決まったも同然。元からアインズの商会で登録冒険者となるのは選択肢の一つだった。
その上、彼が本当に王都の組合ごと取り込めば、罰則自体も無くなるだろう。蒼の薔薇にとっても利益は大きい。
「……ラナーも初めからそのつもりだったの?」
「いいや。彼女は何も知らない」
(考える時間はやらないと言うことか)
アインズ側には蒼の薔薇を取り込む利はあるが、協力者であるラナーにはその利益はない。いや、隠していたその本性を知られてしまった以上、消してしまう方が手っ取り早いと考えるだろう。しかし事前にラキュースがアインズと手を組めば、立場的にラナーも手出しが出来なくなる。
だからこそ、アインズは今ここで。考える時間も、相談の機会も与えず、この場でラキュースに決断を迫っているのだ。
先ほど話していたモモンの格好をして、ラナーと合流してからではもう遅い。その時はラキュースだけではなく蒼の薔薇全員を消し去るつもりだ。
例え逃げ出そうともイビルアイから聞いた
(やられた。全てが掌の上。あのラナーすら操るなんて)
利益も提示され、断れば殺される、考える時間も、相談する時間も与えない。
自分の答え一つで、自分だけではなく、蒼の薔薇全員の運命が決まる。
ごくりと唾を呑んだ。
これがアインズ・ウール・ゴウン。モモンが自分など足下にも及ばないと言うだけのことはある。
だからこそ、残る問題はただ一つ。
ラキュースの信念だ。
自分が清廉潔白な聖人だなどと言うつもりはない。いつか八本指の麻薬栽培を行っている村の畑を焼いた事もあったが、その煙と炎で村人にも大きな被害が出た。その危険性が分かっていて、必要な犠牲だと自分に言い聞かせ、その作戦に同意した。
そんなラキュースにラナーやアインズのことを悪だと断定し、断罪する資格など本来はない。
しかし、ラキュースはこれまで、ずっと自分の信念を信じて生きてきた。
法や規則よりもそれを優先し行動した、その結果が間違っているとは思いたくない。
「……一つだけ聞かせて。貴方は一体何を目指しているの?」
目先のことではなく、もっと遠い先のことだ。
そこが共感できるものならば、過程に関しては、それも必要な犠牲と割り切ることも出来る。
だがそうでないのなら、例えここで死ぬことになったとしても──
「……私の仲間には、人間以外の者も居る。しかし人の世界では彼らは迫害を受ける。今友好的な種族であっても、それが永遠である保証もない。だからこそ私の目的は一つ。国の垣根を越え、我が商会、そしてアインズ・ウール・ゴウンの名を轟かせ、その庇護下で人間だけではない。他の人間種や亜人、異形種や、アンデッドすら共に生きることの出来る理想の世界を作り上げること。その中で、私と私の仲間たちが幸せに暮らすことだ」
「それは──」
壮大過ぎる夢。しかし、魔導王の宝石箱の力を知っているラキュースにはそれが妄言とは思えなかった。
確かに異種族との関わり方は国によって違う。帝国のドワーフや聖王国の
完全に異種族を排斥しているとされている法国でさえ、かつてはエルフと協力関係にあったともされているほどだ。
だからこそ、国家という形ではなく、その垣根を越えて影響力を持てる商会の形でそれを実現しようとしている。それがアインズの目的。
「その為には国内で争っている場合などでは無い。今回の目的はそれだけだよ」
「……ラナーもその考えに共感したというの?」
アインズの考えは理解した。しかしラナーも同じ考えなのか、今までラキュースが見てきた優しいラナーであればおかしくはない。
だが、あの時聞いたものが、ラナーの本性であったなら、彼女がそんなことを考えるだろうか。
「彼女は違う。私の夢ではなく自分の夢を叶えるために私の手を取った。先ほども言っていただろ? 彼女の夢はもっと小さい、しかし彼女にとっては重要なものだ。私はそうした他人の夢の応援もする。無論対価は頂くがね。だからこそ、君にも問おう。君はどんな願いを叶えたい? 私の手を取るというのなら、その願いを叶えようじゃないか」
再度差し出された手は、悪魔の誘いそのものだった。
・
「……ええ。その通りよ、私はゴウン殿の手を取った。言い訳をする気はないわ。王国と、そして──私たちの為にね」
「そう。なら話は早いですね。私たちは本当の意味で同士になりました。これから協力してバルブロお兄様を──」
今の状況では、ラナーとラキュースがアインズの下に付いただけ。
ラナーはラキュースを殺すことは出来なくなったが、ラキュースもまたラナーの願いの邪魔をすることは出来ない。とは言え相手はアインズだ。これだけのはずがない。
「その前に、貴方には教えておくわ。私がゴウン殿に何を願ったのか」
やはり何か仕掛けてくるのか。とラナーは内心で身構える。
「私の願いは一つ、蒼の薔薇みんなの安全保障。その期限は私がゴウン殿の元で働く限り続く」
「貴女……」
「そのために支払った対価は、私の全て。蒼の薔薇を魔導王の宝石箱の登録冒険者にするだけではなく、私個人としても出来ることを全てする」
不敵な笑みを浮かべるラキュースに苛立ちを覚える。
それはつまりラキュースがアインズの元で働き続ける限り、ラナーはラキュースに手を出すことが出来ないと言うことだ。
これを伝えることで、ラキュースはラナーを脅しているのだ。
ラナーの本性をクライムに伝えると言われても、ラナーにはそれを止める手段がない。だからこそ、自分の言うことを聞けと脅している。
「ラナー、貴女には分かっているはず。例え今回の件でバルブロと貴族派閥が消えても、王国はいずれ帝国に飲み込まれる」
「……そうなるでしょうね」
「私はそれが一番許せない。貴女は王族よ、望んで王族になったわけではないとしても、王族としての特権を享受している。だったら、その責任から逃れてはいけない」
ラナーが王国を見捨ててクライムと二人、完全なる世界に閉じこもろうとしてるのが気に入らないという意味だろうが、それは彼女が言って良い言葉ではない。
「貴女がそれを言うの?」
ラキュースは貴族の令嬢でありながら冒険者に憧れ、家を飛び出した。
しかし完全に家と縁を切るのではなく、未だにパーティーなどには顔を出し、時にはその特権を使用することもある。手早く地下下水道の地図を入手するために、パナソレイと会談できたのも彼女の地位によるものだ。
勿論それはラナーを助けるための行動なのだが、貴族としての立場を冒険者としての仕事に利用しているのも確かだ。
「そうよ。確かに貴女の言うとおり、私は貴族としても冒険者としてもどっちつかずだった。だから決めたの。私はどちらも手に入れる、貴族として王国を守る。そして冒険者として仲間たちと冒険も続ける。それが本当の私の夢、それを叶えるためならどんなことでもするわ。ラナー、貴女を利用してもね」
そこで一度言葉を切ったラキュースは、ジッとラナーを見据え、力強く続けた。
「だから、貴女にもそうして貰う。勝ち逃げなんか許さない。私と一緒に王国を救って、そして自分の夢も叶えなさい」
その言葉を聞いて、彼女が言いたいことは全て理解した。
「それはつまり、私に王位を継げと?」
「そんなことをしたら、貴女の夢が叶わないでしょう? 私が言っているのは、今のまま王都に残り、これから来るであろう帝国の侵略を退け、王国を維持したまま、貴女自身も幸せになりなさいという事。貴女ならそれが出来るはずよ」
「想像通りの答えよ。そういうところは変わっていないのにね。私は愚者が大嫌い。バルブロお兄様もそれだけれど、ああいった連中は放っておくと何をしでかすかわからないもの。今回ばかりは貴女も同じだったみたいね」
自分の全てを賭けてラナーを止める。ラキュースがこんな手段に出てくるとは想定していなかった。
頭脳しか武器がないラナーにとっての天敵は、自分より賢い者。そしてもう一つ、何をしでかすか分からない本物の愚者だ。
ラキュースはそのどちらでもない、中途半端に賢い者だったはずだが、性根は違ったようだ。
そう言えばいつか、彼女の仲間である蒼の薔薇が言っていた。ラキュースは仲間を巻き込んで強引に進んでいくタイプだと。まさにこれがそれなのだろう。
自分のことも顧みず、周りを巻き込んで突き進む。まさに本物の馬鹿としか言いようがない。
「酷い言われようね」
「……言っておくけれど、狙い通り貴族派閥が消え、ザナックお兄様が王位に就いたしても、全てが解決するわけではないわ。それほど王国の腐敗は根深いのよ。そして帝国の皇帝はそれを見逃すような男ではありません。私が動いたとしても簡単では無いわ」
王国の人間全てが、ラナーの言うことを盲目的に聞くのならばともかく、ザナックが王位を継いだ場合でも、ラナーの叡智を警戒し、全ての行動に何らかの意図があるのではないかと疑われ、行動に制限をかけられるだろう。
そしてジルクニフは自分より頭脳面で劣るものの、帝国の権力を纏め上げ、戦力も国力も王国の比ではない。
頼みのアインズも商売人として、戦争を止めることはしない。加えてアインズに負けを認め争うことをやめたジルクニフは、今後仮初めとは言え、アインズと友人関係を築いたことを利用していくことだろう。
そうなれば例えラナーが全力を尽くそうと確実に勝てるとは言えない。
それでもラナーはやるしかないと考え始めていた。ラキュースの捨て身の説得があったからだけではない、もう一つ最悪の可能性に気がついたからだ。
「分かっているわ。だからこそ、私も手を貸すと言っているのよ」
「今後もこうした汚れ仕事があるかも知れないけれど、本当にいいのね?」
「覚悟の上よ」
「……まあその時は暗黒の精神によって生まれた、闇のラキュースにでも任せたら良いわ」
「な! それ、どこで!?」
顔を真っ赤にさせて騒いでいるラキュースを見て多少溜飲を下げつつ、ラナーは先ほど気づいたもう一つの最悪の可能性について考える。
今回の件、本当にアインズが仕組んだものなのかどうか。と言う話だ。
アインズにとっては自分と蒼の薔薇、両方を手元に置くことに成功し、邪魔なバルブロや貴族派閥の排斥ももうじき終わる。
バルブロが事前に、冒険者組合相手に馬鹿げた要求をしていたおかげで、エ・ランテルの組合を取り込む策も上手く進むだろう。
だが、これが強欲なアインズが全てを手に入れるために、狙って行ったと言うには運の要素が多すぎる。
例えばラキュースがここに来るように誘導はできても、他の蒼の薔薇と一緒に来る可能性もあった。これはラキュースが冒険者と貴族どちらも捨てられない性格と、僅かにラナーに疑念を抱いていたからこそ、成功したのだ。
またそもそも彼女が、最後まで大人しく自分とアインズの話を聞いている保障もない。途中で飛び込んでくれば説得することもできず、アインズはラキュースを始末するしかなかったはずだ。
細かい点を上げれば切りがないが、そうしたもの全てを読み切るのは思考だけでは絶対に不可能。そもそもわざわざ運に頼るまでもなく、事前に準備しておけば済むようなものも多い。
仮にアインズが作戦内容を聞いたばかりだったというのならば話は分かる。その場合、全てを手に入れるためには運に頼ることも必要だろう。
しかし、アインズには時間があったはずだ。
自分がデミウルゴスに作戦案を提出してから今まで、下準備をするには十分すぎるほどの時間が。
だからこそ、一つの疑念が思い浮かんだ。
アインズは、全てを読んでいるのではなく、その場の閃きで何も考えず行動しているのではないだろうか。という考えだ。
そう考えて今までのアインズの行動を振り返ると、しっくりと来る点がいくつかある。
普通に考えればそんなはずがない。
その場の閃きや運だけでここまで上手くことを運べるはずがない。しかしそれもデミウルゴスやアルベドと言った知者がフォローしているからだとしたら、一応の説明もつく。
これは危険な考えだ。何しろ今までラナーがアインズと、ある程度踏み込んだ交渉を行なっていたのは、アインズがこちらの意図を全て読みとれる叡智の持ち主だという前提があってこそなのだ。それが崩れた場合、アインズがどう行動するのか、アインズの逆鱗がどこにあるのか、全く読み取ることができなくなる。
だからラナーは今回の件でラキュースに知られたことの責任を、アインズに追求することを諦めた。
わざわざ竜の尾を踏む必要もない。
下手なことをすれば安全が保障されている自分とクライムにも危険が及ぶ。
そのことには気づかなかった振りをしつつ、この件で隠居が不可能になったため、代わりの褒美を考える方がよほどマシだ。
(例えば……そう、種族を変えるなりして、永遠の命を手に入れる。なんて言うのはどうかしら。クライムと永遠に二人きりで生きられる)
なんとも素敵な光景だ。
それさえ叶えば、アインズたちの気長な作戦にもつき合える。
今は煩わしいラキュースもジルクニフも死んでから、完成された本当の意味での永遠の世界に閉じこもるのも悪くない。
逆に言えばそれぐらいの褒美を貰わなければ、割に合わない。
結局、アインズが全てを計算していたにしろ、運によるものだったにしろ、自分の理解が及ばない存在であることには違いない。
そんな男の下でなら、今後も退屈することだけは無いだろう。
ということで、この話では序盤から出ていたラナーとラキュースは仲良く手を取り合うルートに向かうことになりました
次は多分アインズ様側の話とバルブロ辺りの話になるはず。それが終わればようやく本題の法国との戦いに入れそうです