蝙蝠侯爵と死の支配者   作:澪加 江
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投稿が大変遅れて申し訳ありません。
仕事の方が繁盛期に入りましたので二ヶ月ほど更新が止まります。

更新を楽しみにして頂いている方には不自由な思いをさせてしまいますが、出来るだけ書き溜めて再開後はスムーズな投稿間隔に戻れるようにしたいと考えておりますのでよろしくお願いします。




謁見

 

雪解け水が川を流れ、一年の収穫のための種植え作業に農民が精をだす麗らかな春の日。

そんな農村から離れたリ・エスティーゼ王国の王都は、明後日に迫った建国二百年を祝う祭りで活気付いていた。

大通りは人で溢れ、屋台はいつも以上に軒を連ねて呼び込みの声を張り上げる。

この祭りは不作が続き、閉塞感のあった王国での明るい話題として、王城内だけで無くその下に広がる王都の住民にも受け入れられている。

抜ける様な青い空の下、古びた石畳は陽の光を照り返していた。

 

 

 

そんな人が行き交う大通りを離れ、王城近くにある貴族達のタウンハウスが多くある一角。

そこでは現在この式典の為に王都へやってきた貴族達が屋敷の内外で使用人を走り回らせていた。

領地から持ち込んだ大荷物を積んだ馬車が行き交う。それぞれの屋敷の裏門から使用人用のスペースに運んだ荷物はその場で選別され、使用人のスペースから主人達の居住区に運ばれる。

そんな忙しく立ち回る元同僚達を窓から眺めて、さる高い身分であるお方の従者であるアランはため息をついた。

 

「どうしたアラン。長旅の疲れが出たか?」

「いえ、違いますナインズ様。あんなに皆が忙しそうにしているのに、自分はこうして主人の横で暢気にお茶を飲んでていいのだろうかと考えていました」

 

現在アランがいるのは王都にあるレエブン侯爵家のタウンハウスの一室だ。

王国でも特に力を持つ貴族であるレエブン侯爵の屋敷は王都の一等地の中でも更に飛び抜けた立地にある。

普通の貴族では持てない広大な庭に噴水。果ては領地から連れてきた使用人の住む屋敷まで同じ敷地内にある。

敷地の正門には立派な門があり、そこから伸びる道は馬車が四台は並走できる程幅がある。屋敷の入り口は屋根付きであり、馬車を降りた人物が濡れない様に作られている。

そんな贅沢な土地の使い方を、王城まで馬車で四半刻もかからない場所に持てるのは流石一流の貴族である。

 

そんな贅沢な屋敷の客間に、アランは主人であるナインズと共にいる。

アランとその主人達は朝早くに王都へ着いたばかりであり、未だ荷下ろしも終わっていない。

普通であればアランも一介の使用人。下の使用人の様に走り回って、荷物の準備や主人の身支度などを手伝わなければならない立場だ。

それをしなくてもいいのは、ひとえに主人であるナインズが超級の魔法詠唱者であり、それに相応しい魔法道具を多く所持しているからだ。

 

「ナインズ様は本当にお世話する事が無くて困ります。荷物も殆ど“いんべんとり”で運ばれて……」

「何を言う。今日は服を着るのを手伝ってもらったではないか。お前の助力のお陰で助かったぞ?」

 

そう言ってアランの主人であるナインズは黒地に銀の刺繍がされたローブを摘んだ。

 

今日の主人はこの後の王との謁見に向かう。今着ている服は、その謁見用物でとても一人では着れないような凝った作りになっている。

何時もよりも装飾が施された黒いローブの下は灰色のシャツ。ループタイを止めるのはナインズの紋章が描かれた銀色のメダルだ。シャツの下のズボンは体型を隠すゆったりとした作りになっている。そして磨かれ艶の出たブーツを履いた姿はちょっとキザな魔術師、だろうか。

レエブン侯爵の叔父であるイエレミアスの見立てのそれは、しっとりとした好印象を持てる文句無しの服装だ。

 

それに合わせるように、いつもの仮面の代わりに灰色の布を頭からすっぽりとかぶっている。

 

「式典用の礼服は一人では着れない仕組みになっていますから。脱ぐ時もお手伝い致します」

「ああ、ありがとう。しかし窮屈だ。暫く時間があるようだから少し楽にさせてもらおう」

 

そう言うとナインズは窓に近く。窓の外では相変わらず使用人が忙しく立ち回っている姿が見える。

その窓にカーテンをかけ部屋の鍵を閉めたところで、ゆっくりと顔を隠す布を外し主人は本来の姿をあらわす。

 

頭から被っていた灰色の布の下からは赤い光を灯した頭蓋が、白い手袋の下からは手袋よりもなお白い指骨が、緩められたシャツのボタンからは肋骨が覗いている。

 

そう。

アランの主人であるナインズはアンデッドなのである。

通常、アンデッドは生者の敵とされる。しかしこの主人は一般的なアンデッドとは何もかもが違う。人間以上に理性的で落ち着きがあり、決して声を荒げることはない。良く笑い冗談も言う。

アランの元の主人であるレエブン侯爵との会話などは友人同士のそれであり、とてもナインズがアンデッドなどとは信じられない。

 

最初は貴族でないナインズに仕える事に不満があり、辛くあたっていたアランも、今ではすっかりその人柄に惹かれている。寧ろ心酔しきっているといっていい。

だからこそ、レエブン侯爵に請われてレエブン侯爵家の使用人からナインズ付きの使用人へと主人が変わった時も不満は無かった。

 

その時に明かされたナインズがアンデッドであるという秘密もなんとか受け入れられた。

 

「アルシェとレイナースは支度に時間がかかると言っていたな」

「ええ。長時間の移動中ずっと夜会用のドレスを着るわけにはいきませんから。後一刻程はかかると思います」

 

現在ナインズの側にいる人間はアランも含めて三人。

侍従であり、執事であり、ナインズの身の回りの世話の殆どを任せれているアラン。

帝国からの推薦で魔法詠唱者であるナインズの一番弟子になったアルシェ。

同じく帝国からナインズに惹かれてやってきたというレイナース。彼女は今ナインズの婚約者候補としてナインズの側にいる。

 

エ・レエブル内にある屋敷では数体の召喚モンスターをナインズが呼び出し、掃除などを任せていた。

 

アランは何度も不在であるナインズの代わりにそのモンスターに指示を出したことを思い出す。

モンスターに屋敷を掃除させるなど狂気の沙汰だ。しかしすっかり慣れたアランは何も思わなくなっている。なんなら同じ屋敷に住むアルシェとレイナースも今では日常の光景としてすっかり慣れきってしまった。

 

「今日は王との謁見の後に御前試合の予選がある。暫くはこちらに帰れないかもしれないからレイナースとアルシェの世話を頼む」

「ええ。いつも通り上手く誤魔化しておきますから何も心配なさらずに行ってらっしゃいませ」

「助かるぞ、アラン」

 

会話にひと段落がつき、アランが主人に勧められた紅茶を飲み干したころ、控え目に部屋がノックされた。

 

 

 

「レイナースです。アルシェも側に居ますわ」

「準備ができました先生」

 

迎え入れた二人は其々に咲き誇る花の様に綺麗だった。

レイナースは暗い印象を受ける顔にあう濃紺に銀の刺繍が施された絹のドレス。

アルシェは可愛らしい顔立ちに似合った薄紅色のドレス。二人とも首からはナインズの紋章が彫られたチョーカーを首につけている。

 

「二人とも良く似合っている。急に自分の服装に自信が無くなってしまったぞ?」

「まあ、ナインズ様ったらお上手ですこと。ナインズ様の服装も良く似合っておられます。ねえ、アルシェ」

「はい。いつもの黒いだけのローブもいいですけど、先生は灰色も似合うのですね」

「イエレミアスさんの見立てだから間違いはないと思っていたが、そこまで言われると改めて自信になった。二人ともありがとう」

 

ナインズは座っていた安楽椅子から立ち上がるとアランへレエブン侯爵への伝言を頼んだ。

正式な招待客であり、身分も一番高いレエブン侯爵は身だしなみと服装にナインズ達以上に神経を使わなければならない。きっとまだ準備は終わっていないだろう。

 

この数ヶ月ですっかり女性と話す事に慣れたナインズはレイナースとアルシェと当たり障りのない会話を心掛けながらアランの帰りを待つ。

帰ってきたアランはイエレミアスを連れており、侯爵から玄関に向かうようにとの言伝を受けていた。

その言伝通りに玄関へと向かった一行はそれぞれの馬車で王城を目指した。

 

 

 

 

 

 

「面をあげよ」

 

王城にある最も大きな広間には様々な地位の貴族たちがひしめきあっていた。

其々に自分の力と地位を誇示する服を着込み、パートナーである美しい女性を連れている。

略式で下げられた頭は、王宮の主人の言葉であげられ、その一つ一つをリ・エスティーゼ王国の国王、ランポッサ三世は見渡す。

痩せた体に王冠を乗せ、金が褪せた白髪を撫でつけた王は、手に持った杖をカツンと振り下ろした。

 

「────今日は皆がこうして集まった事を嬉しく思う。建国から二百年、このめでたい日をこうして迎えられたのは建国以降親身に国を支えてくれた皆の支えがあったからだ。今日は明日より二週間に渡って行う祝いの前夜祭だ。大いに食べ、飲み、親睦を深めて欲しい」

 

長い挨拶の言葉をランポッサ三世が嗄れた声でそう締めくくると、会場は大きな拍手で包まれる。

 

 

王の可もなく不可もない挨拶が終わると、楽団がゆったりとした音楽を奏でる。

それを合図にして、貴族たちは挨拶回りという名の社交に動き出した。

先ずは自らの派閥の長、そして付き合いのある貴族、派閥ごとによりあって蠢いていた人々も、やがて一人の人物を求めて動きだす。

その人物とは若い青年貴族であるレエブン侯爵だ。

 

つい昨年の秋に不幸があり代替わりをしたばかりだが、その手腕は一冬で知れ渡っている。

その手腕のお零れを求めるように、彼の所には挨拶の列ができる。

冬に式を挙げたばかりの侯爵夫人と連れ立って一人一人と言葉を交わしている姿は、流石六大貴族の家督を継いだものといったところだ。彼の横にはよく似た顔つきの──しかし柔和な印象を受ける──壮年の男性、そして明らかに場違いなローブの男性とそのパートナー達もいる。

 

 

「この度はご成婚おめでとうございます、レエブン侯爵閣下」

「ああ、ありがとう男爵」

「そちらの方はお噂の魔術師殿と……まさか、イエレミアス殿ですか!」

「ええ。陛下直々に招待がありましたので。本来は領地の管理を任せたかったのですが、勅命に背くことはできますまい」

「おお、なんという。伝説の貴公子が……! つくづく今日が舞踏会でないのが残念です」

 

興奮している男爵の隣では、娘らしき少女がじっとローブの男を凝視している。

それに気づいたローブの男はイエレミアスとレエブン侯爵の肩を叩いた。

 

「そういえばそちらのお嬢さんは娘さんですか?」

「え、ええ。昨年社交界にデビューしたばかりの娘です。挨拶なさい」

 

紹介された少女は綺麗なカーテシーをして名乗り、皆もそれに返す。そしてまた暫く話した後立ち去る。

 

それが二組、三組と続く。貴族の殆どは娘だという女性を連れており、中にはあからさまにレエブン侯爵に色目を使う者までいた。

そんな挨拶の列がひと段落したのは王の挨拶から三時間ほど経った頃だった。

レエブン侯爵が飲み物で口を湿らしたタイミングを見計らったように、国王から声がかかった。

 

 

 

 

「呼び立ててしまったなレエブン侯」

「いえ、陛下の臣下ならば当然のことです」

 

ランポッサ三世はその枯れ木の様な肢体を煌びやかな玉座に預けてレエブン侯爵を見上げる。

側には第一王子と第二王子がおり、更には武装した護衛という物々しい空気になっている。

それに眉を顰めたのはイエレミアスのみで、他の者は表情一つ変えない。

 

「……報告が遅れたことを申し訳なく思います。新しくエ・レエブル並びにレエブン領の領主となりましたエリアス・ブラント・デイル・レエブンです」

 

跪くレエブン侯爵に倣うように、一行は跪く。

それに鷹揚に頷き立ち上がらせると、ランポッサ三世は祝いの言葉を送る。

 

事務的な言葉の応酬が続いたところで、堪えきれないように言葉を発したのは第一王子のバルブロだった。

 

「フン。綺麗事を並べたところで、国王である我が父よりも敵国である帝国の皇帝へ先に挨拶をしたことは変わらぬ。諸侯も裏では噂しているぞ? レエブン侯爵家に叛意あり、とな」

 

バルブロの厚い胸板には王宮で開催された剣技大会の勲章が並ぶ。それを誇示するように胸をはる息子を諌めながら、ランポッサ三世はその真意をレエブン侯爵に問いかけた。

 

「叛意ではない事をまず一番先にお伝えしたいです。私は未熟者で、見聞を広める為に帝国へ外遊する事は決まっておりました。……父の不幸で一旦は辞めようとも思いましたが、領主として腰を落ち着けたら外遊など暫くはできません。そこで思い切って帝国へと向かったのです。王国と陛下の為に」

「余の為だと? それはどういうことだ?」

「はっ。これは本来であればもう少し人払いがされたところで話をしたい内容でございます」

「構わん。ここに居るのは皆信頼の厚い者たちばかりだ」

「であれば……。帝国からの商人や帝国貴族との情報のやり取り、そして最近の帝国での物資の流れからおそらく現在帝国では王国に戦争を仕掛ける準備をしている。という結論にたどり着きました」

 

レエブン侯爵の言葉に驚きと困惑の表情をうかべる。

 

「なぜそう思ったのだ?」

 

ランポッサ三世は信じられない、信じたくないという様にレエブン侯爵へ続きを促す。

 

「決定的となった出来事は帝国が街道を整備していた事ございます」

「ハア? 街道の整備だと? それくらい我が国でも進めているではないか」

「それは王国の街道全てを満遍なく整備する計画です。しかし、帝国の街道の整備は明らかにおかしいのです。帝都からエ・ランテルの国境近くまでを石畳に変え、その途中途中に野営用の広い広場がございました。一方、その他の街道は未だ土がむき出しになっております」

「ふむ、行軍を考えた作り方にも感じるな」

「それは王国と帝国の間の貿易の為の整備ではないか? 帝国も近年不作が続いて居たはずだ。その点で言えば王国も不作が続いたとはいえ元から農耕地が多い。現に王国から帝国への穀物の輸出は多くなっている。レエブン侯爵は些か以上に穿った見方をしているようだ」

 

会話に割り込んできたのは第一王子であるバルブロだ。

髭の整えられた顔に浮かぶのは嘲笑。バルブロにとってすっかりレエブン侯爵は見苦しい言い訳をする男という認識なのだろう。

 

「それならば良いのですが、カッツェ平野の帝国側に新しい砦の建設も進められているようです。アンデッド討伐の新しい足がかりとしては離れた場所ですので有事の際の補給線の一部では無いかと」

「馬鹿馬鹿しい。何故カッツェ平野に砦を新しく作るのだ。王国には堅牢なエ・ランテルがある。もし仮に戦争が起こるとしたら主戦場はエ・ランテルだろう!」

 

レエブン侯爵が言葉を重ねる程バルブロの反発は大きくなる。

あまり興奮させるのも得策ではないとエリアスは口を閉ざした。

 

「どうしたレエブン侯爵。とうとうその良く回るしたも終わりか? 長く王国の繁栄を助けてきた貴族の後継がこんな誇大妄想の持ち主とは……」

「流石に言葉が過ぎるぞバルブロよ」

 

王の言葉に渋々口を閉ざしたバルブロ王子はキッとレエブン侯爵を睨む。

 

「まあ、よい。新しく王国の貴族に名を連ねる事になった其方の活躍に期待している。……そして、久しいなイエレミアス。一体何年振りだろうか。かつては王都で社交場という社交場に精通しておったお主の姿が消えて寂しく思っていたぞ。幼い頃は共に学んだ中だと言うのに手紙の一つも無しとは」

「……その件では長らくご無沙汰しておりました陛下。これからは甥であるエリアスと共に顔を見せる機会が増えると思います。よろしくお願いいたします」

 

イエレミアスは優雅に一礼して微笑む。こういった場から長い時間離れていたとは思えないくらいその振る舞いは堂に入っていた。

 

「お主は、確か、ナインズと言ったな?」

「──はい」

「お主にはしっかりとレエブン侯を支えて貰いたい。腕の良い魔術師と聞いている。その力をレエブン領の、ひいては王国の為に使ってほしい」

 

ランポッサ三世の真剣な目がナインズを見つめる。

悲壮感と切望と、希望が混ぜられたその目に見つめられたナインズは承諾の返事しか返せなかった。

 


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