<「ドラゴンクエストモンスターズプラス」終了に際して>

2003・1・16

 このたび、ガンガン2月号において「ドラゴンクエストモンスターズプラス」の連載が終了しました。あまりに突然かつ強引な終わり方で、作者の吉崎観音さんの都合による連載終了かなと当初は思ったんですが、作者ホームページの日記を覗いてみて、実は単純な人気不振による終了(打ち切り)だと判明しました。

 この作品はガンガン連載作品の中でも非常に評価の高いマンガで(名作といってもよいでしょう)、これが不振で打ち切りというのは当初信じがたいものでした。しかし、時間を置いて改めて分析してみると、「まあ人気が出なくても仕方がなかったかな」と思われる原因が少しずつ分かってきました。
 これから、その原因と思われるものを自分なりにまとめて書いてみようと思います。今回の終了に納得できない読者も多いでしょうが、そういう人にこそ以下の考察を読んでいただきたいと思います。


 「ドラゴンクエストモンスターズプラス」はベテランのマンガ家である吉崎観音さんの作品で、ゲームソフト・ドラゴンクエストモンスターズをモチーフにしたゲーム原作マンガであり、さらには王道の少年マンガ路線を明確に志向しています。しかし、単なるショーネンマンガではなく、大人が読んでも十分楽しめるほどのテーマとストーリーを持つ、極めて高い完成度の作品でした。しかし、このマンガには致命的ともいえる欠陥(?)があります。

 一言で言えばケレン味が足りないのです。「ケレン(外連)」とは、「本筋とは関係ない些末な部分」とか「はったり、思わせぶりな演出」とか言う意味であります。もっと分かりやすい言い方をすれば萌え要素です(笑)。
 あー、ここでいう「萌え要素」とは、いわゆる「キャラ萌え」だけを指しているわけではありません。キャラクター以外にもマンガの中に萌える要素はいくらでもあるのです。

 まず、一番ありがちなのが世界観萌え、あるいは設定萌えでしょう。マンガの世界観、すなわち作品世界の雰囲気や造形デザインにはまってしまったり(世界観萌え)、詳細な設定(SF的な科学設定やら、ファンタジーなら魔法体系の設定やら、いろいろそういったもの)にはまったり(設定萌え)する現象で、マンガマニアにはこのタイプの「萌え」を持つ人間が非常に多いです。「王ドロボウJING」とかにはまっている人間の大半はこれだと思われます(笑)。

 次に、トリック萌え対決萌えも見逃せません。作品の謎の鍵となるトリックの面白さに萌えたり(トリック萌え)、それらのトリックやはったりを駆使した人間同士の対決の展開に萌える(対決萌え)現象で、これまたマンガマニアにはこのタイプが多いです。「HUNTER×HUNTER」や「ジョジョ」にはまっている人にはこのタイプの読者がさぞ多いことでしょう。

 男性読者に多いのがメカ萌えミリタリー萌え格闘(バトル)萌えあたりでしょうか。前者2つは、要するに「キャラ萌え」の「キャラ」が「メカ」や「ミリタリー」に置き換わっただけ。そういえばメカ物やミリタリー物のイラストには、なぜか意味も無く美少女が出てくることが多いですね。男の「萌え」をストレートに凝縮したものだと思われます(笑)。格闘(バトル)萌えも似たようなものかな。これもまた無意味に美少女と関わったりしますね。どっかの2500円の同人ソフトとか。これまた男の「萌え」を凝縮したものだといえるでしょう。

 ああ、いま思いつきましたが伝奇萌えというのもあるんですかね。現代日本のファンタジー! 現実が壊れていく恐怖と幻想世界への憧憬・・・ですかねえ。単純にファンタジー萌えSF萌えというのもあるんでしょうね。西欧中世風ファンタジー世界が好きで、それを好んで読むという人もたくさんいるでしょう。歴史萌えとかもあるのかなあ。三国志萌えとか、古代ギリシャ・ローマ萌えとかね。

 ちょっと変わったところではセリフ萌えというのはどうだろう。マンガのキャラクターのかっこいいセリフに萌えてしまう現象。前述の「王ドロボウJING」や、あるいは「ヘルシング」あたりの読者には多そうですな。

 そして「萌え」といえばやはりキャラ萌えは見逃せません。キャラ萌えには大抵の場合性的要素が入るため、男なら美少女、女なら美少年にはまるのが基本です。で、これがあまりにひどい場合、まじめにマンガを読む読者にはひどく嫌われる、と。
 ただ、わたしに言わせれば、この「キャラ萌え」は他の「萌え」に比べれば全然ましな気がしますね。キャラクターというのは物語の中心で、物語の本質となるテーマやストーリーと密接に関わっています。したがって、物語を読む以上キャラクターに興味を持つのは当然であって、キャラ萌えはどんなジャンルの作品でも多かれ少なかれあって当然だと思います。文学作品にだってキャラ萌えはあるでしょう。
 むしろ、物語の本質とは直接関係ない、世界観や設定に萌えることのほうが危険度は高いような気がします。(これはわたしがマニア向けのマンガを嫌う最大の要因です。)

 最後に、特殊な萌えとして少年マンガ萌えというのもあります。少年マンガというのは、わたしには低年齢層向けの娯楽全開作品にしか見えないんですが、なぜかこんな子供向けの作品にいい年をしたマンガマニアがはまるんですよ。お約束の展開とか、燃える熱血シーンとかがそこまで楽しいのか知りませんが、これを「萌え」と言わずしてなんというんでしょうかね。

(余談)
 これはわたしの個人的な意見ですが、「少年マンガ」が特別に面白いとは思えませんね。あれはどう考えても子供向けの低レベルな娯楽でしょう。童話のほうがまだテーマ性が深くて面白いような気がしますねえ。あのようなお約束全開・バトル全開・ラブコメ全開の単純なストーリーが面白いとはあまり思えません。
 「子供向けに作られたのだから分かりやすい内容にして、ある程度はお約束の展開も許される」という人もいるでしょうが、わたしはそうは思いません。子供向けだからこそ説得力のある内容で真に子供のためになる作品を作ってほしい。これはわたしの切なる願いです。
 例えば手塚治虫のマンガは、大半が子供向けといえますが、決してお約束全開・バトル全開のマンガだとは思えません。子供向きでありながら、真に内容のある作品を描き続け、その作品の面白さは大人にも認められています。
 あるいは(マンガではありませんが)宮崎駿のアニメはどうでしょうか。これも多くが子供向けの作品といえますが、これまた大人をも唸らせる(むしろ大人のほうがよく理解できる)真に内容のある作品といえます。
 つまり、子供向きとはいえ、真剣にテーマやストーリーを作りこめばもっといい作品ができるのであって、ああいったバトル全開・ラブコメ全開の少年マンガが面白いとは到底思えません。ていうか、いまのジャンプやマガジンやサンデー、あるいはコロコロやボンボンのマンガが子供たちのためになっているのでしょうか。むしろ子供のためにならないと思うんですが、どうでしょうか?



 閑話休題。話を元に戻します。
 ここまでマンガに見られる様々な萌え要素について語ってきましたが、つまり「ドラクエモンスターズプラス」が人気が出なかった原因は、これらの「萌え要素」がほとんど存在しないからです。つまり、作りこみがあまりに真面目すぎた、と。真面目にテーマやストーリーに取り組みすぎて、人気の要因となる萌え要素とか、ケレン味とかいうものが全くなかった。
 まず、このマンガにはキャラ萌えの要素がほとんどありません。吉崎観音さんは美少女系の作家としても有名ですが、この「モンスターズ」に関してはあくまで真面目に少年マンガの路線を目指しており、かわいい女の子キャラクターはそこそこ出てくるものの萌え要素は低く押さえられています。一応女性読者に対しては主人公のクリオやライバルのテリーがショタ系の萌えを誘発するかも知れませんが(笑)、これもたかが知れているでしょう。ショタ萌えのマンガならほかにいくらでもあります。
 また、マンガマニアをひきつけるであろう、世界観や設定に対する萌え要素も少なかった。「ドラクエ」といえば一昔前ならそれだけでヒットするくらい魅力的な世界でしたが、いまのドラクエにはそのような神通力はありません。むしろ「モンスターズ」という低年齢向けゲームのイメージが先行して、逆にコアな読者層を遠ざけてしまいました。「ドラクエモンスターズのマンガが連載されている」と聞いてもどれだけのコアなマンガファンが注目するでしょうか。絵柄から受ける低年齢向けのイメージだけで読まない人がどれだけいたことか。

 ここで、このあたりの「萌え要素」をガンガンの圧倒的人気作品「鋼の錬金術師」(以下「鋼」)と比較してみてください。
 まず、「鋼」にはキャラ萌えの要素が確実に存在します、女性に対して同人受けをしているのはもちろん、一般の男性読者に対してもこのケレン味あふれるキャラクター達は非常に魅力的です。「鋼」の人気の理由として、この「キャラ萌え」の要素は絶対に存在します。
 さらに「鋼」には世界観・設定の萌え要素も大きい。スチームパンク的世界観を活かした詳細な世界設定、実在の錬金術をモチーフにした「錬金術」の緻密な設定、洗練されたフォルムのオートメイル(機械鎧)のデザインなどはコアなマンガマニアを喜ばせるには十分でしょう。
 そして「鋼」には少年マンガ萌えの要素も十分。少年マンガ信者を喜ばせる「骨太」な展開は他のマンガとは一線を画します。さすが荒川さん、少年マンガのツボをよく心得ておられる(笑)。

 いいですか、「鋼の錬金術師」は必ずしも作品の本質たるテーマやストーリーだけで大ヒットしているのではありません。もちろん、「鋼」は非常にいい作品で、テーマやストーリーの面白さでも手抜かりはありませんが、それだけではこの圧倒的な人気は説明できないんです。「鋼」の圧倒的人気の最大理由は、間違いなくこの「萌え要素」です。
 それと、確かに「鋼」のテーマやストーリーは作りこまれていますが、しかしわたしには毎回毎回そこまで「鋼」が面白いとは思えません。むしろ平凡なエピソードも多いような気がしますね。ぱっと見は確かに「骨太」なエピソードに見えるけど、じっくりと中身を吟味すると意外と大したことはないものが多いような。もちろん、それが全部ではありませんし、面白いエピソードのほうが多いことは間違いないんですが・・・。

 もう一度言いますが、ここまで「鋼」が圧倒的な人気を得ている理由は、間違いなく各種の「萌え要素」に尽きます。もちろんこれをもって「鋼」が悪いというわけではありませんよ。このような人目を引く武器をもっているんだから、人気作としてはむしろ誉められるべきところでしょう。


 話を「モンスターズ」に戻しますが、結局この作品がいまいち人気が出なかったのは、あまりにも真面目すぎてテーマとストーリー以外に人目を引く要素が全くなかったからですね。「真面目に取り組んでいるんだからいいじゃないか。なぜ人気が出ないんだ。」と思われる人もおられるでしょうが、全くその通りです。しかし、人間というものは、常にケレン味に引かれるもの。そういった要素を全く気にせずに、真剣にテーマやストーリーのみを求める読者というのは実は少数派なのです。わたしは「モンスターズ」が「鋼」にテーマやストーリーで劣っているとは絶対に思いませんよ。むしろ、ストーリー展開の面白さなら「鋼」よりも上ではないですかね。しかし、現実には「モンスターズ」は一部の熱心なガンガン読者、あるいは吉崎先生のファン以外ではほとんど話題にのぼることもなく、ここに連載終了を迎えました。真剣にテーマやストーリーを求める読者には納得いかないかも知れませんが、わたしには当然の結果のように見えます。


 最後に。実は、過去のエニックスの作品で、このように真面目にテーマとストーリーに取り組みすぎて、いまいち派手な人気が出なかった作品があります。「聖戦記エルナサーガ」です。
 このマンガは「名作」として広く知られる非常に完成度の高い作品ですが、雑誌(Gファンタジー)連載時には必ずしも圧倒的な人気を得ていたわけではありません。むしろ雑誌内では目立たない存在だったといってよい。
 特に終盤に入ってからはなんとか連載が続いているという感じで、ようやく完結したあともいきなり単行本が絶版になってしまいました(最近になって新装版が出たのはうれしい限りです)。
 むしろその当時のGファンタジーの看板作品といえばなんといっても「最遊記」そして「E’S」「クレセントノイズ」あたりでしょう。これらの作品も非常にレベルの高い作品ですが、しかし「エルナサーガ」がこれらの作品に劣る、ということはないと思います。
 では、なぜ「エルナサーガ」が雑誌では目立たない存在で、「最遊記」や「E’S」ほどには人気が出なかったのか。ここまでこの文章を読んできたあなたには、もはや言うまでもないことでしょう。


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