社会人になったら、一人前の大人として冠婚葬祭のおつき合いをこなさなければなりません。中でも、お悔やみごとに関しては、知識がないと慌ててしまうものです。

そこで、現代礼法研究所の代表でマナーデザイナーの岩下宣子さんに、意外と知らない焼香、数珠の作法を教わりました。

  • 焼香の作法を理解していますか?(写真:マイナビニュース)

    焼香の作法を理解していますか?

焼香とお辞儀の作法

――葬儀に関することは気が引けて人に聞きにくいものです。焼香も緊張して失敗も怖い…。

岩下さん「お悔やみごとに関するマナーは、社会人の常識です。とはいえ、焼香などは宗派によって本当に多種多様で戸惑うこともあるでしょう。ある外国人タレントが『勘違いして抹香を食べちゃった』なんて逸話があるほど。

それから、多くの人が、『抹香を指でつまみ、額のあたりまで押しいただいてから香炉にくべるもの』と思い込んでいるようですが、実は額まで持ち上げずくべるのが正当とする宗派もあるんですよ」。

基本的な考えとして、抹香は亡くなった方のもの。「故人とは香りを通して会話ができる」、「故人は身体がなくなっても、香りだけは楽しめる」などという教えがベースになっているそうです。だから、抹香を扱うとき「これは自分のお香ではなく、故人のために用意されたものだ」と知っておけば、失礼な扱いになることはないはずだと岩下さんは言います。

岩下さん「具体的な所作としては、抹香を押しいただいたら、高い位置から香炉に落とすのではなく、体を自然に曲げながらゆっくり手を香炉に伸ばし、火の周りにパラパラと落とすと丁寧に見えます。

それから、回数。『抹香をつまむ、くべる』を何度がやる宗派もありますが、私は1回でいいと思っています。宗派も作法もわからず迷うことがあっても1回です。

ある大学の先生が文献を調べたところ、『人が亡くなったときには一心不乱に祈る。その態度を表すということで焼香1回が正しい作法だ。2回めの焼香は生きている私たちがお願いごとや報告をするためのもので、3回めの焼香は懺悔の香である』とお釈迦様がおっしゃったことがわかったそうです」。

なお、岩下さんは「焼香の方法」の補足として、次のように説明しています。

岩下さん「焼香の方法は宗派によって違います。例えば天台宗は、『つまんでそのまま香炉に入れます。1回または、丁寧にする場合は3回します』、また真言宗では『つまんで軽く頭に押し頂いて3回』。浄土宗だと『つまんで軽く頭に押しいただく、1回でも2回でも構わない』など、細かく異なっています。

さらには、宗派によって『押しいただくやり方』『そのまま香炉にくべるやり方』があります。宗派に合わせてするのも、もちろん良いのですが、作法上のことで申し上げるならば抹香は、葬家側が用意くださったものです。丁寧に扱う意味で押しいただいた方がよいという考えかたです」。

さらに、お辞儀。葬式の主役は故人なので、お焼香のときは、遺影に一番深いお辞儀をし、遺族にはそれより浅い角度のお辞儀でよいということ。

焼香の方法と流れ

(1)遺族や僧侶に一礼して祭壇に向かう。
(2)祭壇の1歩手前で遺影に深く一礼する。
(3)焼香台まで進み、右手の親指と人差し指、中指で抹香をつまみ目の高さまで持ち上げる。
(4)抹香を香炉に落とす。
(5)左手に数珠をかけて合掌し、1歩下がって遺影に深いお辞儀をする。
(6)数歩下がって遺族と僧侶に一礼し、席に戻る。

  • 焼香をつまむ

    焼香をつまむ

  • 右手の親指と人差し指、中指で抹香をつまみ目の高さまで持ち上げる

    右手の親指と人差し指、中指で抹香をつまみ目の高さまで持ち上げる

  • 抹香を香炉に落とす

    抹香を香炉に落とす

  • 左手に数珠をかけて合掌する

    左手に数珠をかけて合掌する

※イラストはイメージです

数珠の必要性と扱い方

――やはり、数珠は持っておくべきなのでしょうか? 扱い方もわかりません。

岩下さん「数珠には自分の身を守る護身の意味があるので、仏教徒なら肌身離さず、いつも身に着けているものです。当然、葬式にも数珠を持っていくことになりますが、仏教徒でなければ、無理に数珠を持っていくことはないのです。

あと、数珠の玉は108個あるのが正式です。略式のものは54、36、27、18と108の公約数になっています。インターネットでも仏具店でも、どこで買っても、どんな素材や色のものでも良いといわれていますが、宗派によって数珠の種類は多少ちがうので気になる人は菩提寺のお坊さんに尋ねると良いでしょう。

大切なことは、決して粗末に扱わないようにすることです。

もちろん、自分の宗派のお寺で数珠を探すのも良いです。ただ、仏教学者のひろさちや先生は、『数珠を手に入れようと思って仏具屋さんに行って戸惑うのがどんな種類の数珠を選べばよいかということ。木の実をはじめ、木製、石製、サンゴなど実に様々な種類の数珠があり、値段も千円程度から百万円以上のものまである。こんな場合、高価なものの方が功徳があると考えるのですが、そんなことはなく、材質の種類や値段と、功徳とは何の関係もなく、数珠は持つ人の信仰心に基づくものなので自分にふさわしいものを選べば良いのです』とおっしゃっています」。

数珠を持って焼香に臨むときは、だらんと下のほうで持たず、ちょっと持ち上げて腰あたりで持つのがよいみたいです。そして、合掌やお辞儀をするときは、利き手は抹香を扱うので、数珠は利き手でないほうにかけ、房が必ず下にくるようにするべきだそう。

あくまで礼儀作法の考え方

岩下さん「今回のお話は日本人が長く伝えてきた礼儀作法のやり方です。相手を大切に思う心が、葬家側が用意してくださった、香を押しいただく丁寧な所作になったと考えられます」。

本記事の主旨は宗教の作法ではなく礼儀作法の考え方、所作を紹介しています。あくまで参考として理解し、葬儀に参列する際は、毎回宗派などを確認することが良いでしょう。

取材協力:岩下宣子(いわした・のりこ)

『現代礼法研究所』主宰。NPO法人マナー教育サポート協会理事長。全日本作法会の故・内田宗輝氏、小笠原流の故・小笠原清信氏のもとでマナーを学び、企業や商工会議所などでマナー指導・講演などを行う。著書に『図解 マナー以前の社会人常識』(講談社)など。