近代美術は歴史や文脈を知る必要があるが、現代アートは予備知識なしで愉しめる
難解そうな現代アートを、できれば専門的な知識を学ばずに愉しみたい。それが多くの人の偽らざる気持ちかもしれません。では、手っ取り早く現代アートを読み解く方法はあるのか。
六本木の現代美術ギャラリー「hiromiyoshii」のオーナーであるギャラリストの吉井仁実さんは、「ハウツーなしで愉しむことができる、最も簡単な美術が現代アート」と話します。それはなぜか?
「たとえば、現代アート以前の近代美術には『印象派』『象徴主義』『フォービズム』などの潮流がありますが、それらを理解するには作品単体だけでなく、そこに至った歴史や文脈を知る必要があります。対して、現代アートは予備知識のない子どもでも愉しむことができる。もちろん、作者には意図がありますが、自分の感覚だけで良し悪しを語ってもいい。それが現代アートなんです」(吉井さん、以下同)
事実、吉井さんも、展覧会の前評判や作品の解説をいっさい見ないで作品と向き合うことが多いのだそう。
アートは「自分自身と世界を読み解くヒント」、作品を通じて自分が鏡のように映る
それなら安心…とはいえ女性とデートで美術館に行ったとき、いい大人が歴史や意図を問われて「わかんない」を連発するのも恥ずかしい。
「最初はわからなくて当然です。テレビや漫画だって、幼い頃はどう見ればいいのか、どこで笑えばいいのかわからなかったはず。現代アートも、たくさんの作品に触れて、そこで初めて愉しみ方がわかってきます」
吉井さんによれば、「理解しよう」とがんばり過ぎず、まず自分が純粋に「いいな」と思う作品、興味を抱いた作家から入っていけばいい、という。
であれば自分の好き嫌いの傾向を知るためにも、アートフェスティバルや集合展などでいろんな作家の作品をまとめて観るのもいいかもしれません。
「そう思います。それとこれは私の持論ですが、現代アートに限らず、アートって『自分自身と世界を読み解くヒント』だと思うんです。同じ作品でも、自分がどう感じるかはそのときの状況に応じて変わる。今幸せなのか、悲しいのか、希望に満ちているのか。アートを通すと自分が鏡のように映るんです」
海外作家の現代アートは、ニュースの現場を見に行くような、旅に行く感覚に近い
たしかに、好きな音楽や映画も、そのときの気分によって聴こえ方や見え方が変わってきますものね。そして、現代アートが「世界を読み解くヒント」になり得るのというのは…。
「テレビの海外ニュースは、フィルタリングされた一方的な情報でしかありません。海外作家の作品は、もっとピュアに、世界各地の人々の気分やメッセージ、ときには社会問題までをも鮮明に伝えます。実際、欧米の作品と、昨今注目を集めている中東や東南アジアの作品は全然違いますしね」
それはまるで、海外ニュースの現場を直接見に行くかのような、ちょっとした旅に出かける感覚に近いのだそう。そんな気持ちで現代アートに触れるのは「大人ならではの愉しみ方」と吉井さん。とりわけ海外のアーティストや芸術祭はきわめて政治的だといいます。
言葉がわからなくても解説文を読まなくても、メッセージが伝わってくるのがアート
吉井さんが初めて観に行った国際芸術祭は、25年前の『ヴェネチア・ビエンナーレ』。そのときに金獅子賞を受賞したハンス・ハーケというドイツ人作家の作品《ゲルマニア》に大きな衝撃を受けたそうです。
「かつてのナチスが使った作戦会議室のような部屋があり、来場者が歩くと床に敷き詰められたタイルが割れて不吉な音が響き渡る──という作品だったんですが、なにも解説がなくとも、その音を聞いているだけで戦争の恐怖をかき立てられました」
そのハンス・ハーケの《ゲルマニア》がトップ写真(『美術手帖』1993年9月号より)。
言葉がわからなくても、解説文を読まなくても、テーマやメッセージが伝わってくるのがアートのチカラ。「海外のアートフェスに行ってみたい」と思っている人がいるなら、それは案外むずかしいことではないのかもしれません。
Text by Jun Kumayama
Photo by Jun Kumayama(main)
Edit by Takeshi Sogabe(Seidansha)