訪れたことのある場所でも、豪華客船の旅なら今までと違った町の表情が見られる
豪華客船にっぽん丸の「飛んでクルーズ九州〜九州一周〜」は、博多港(福岡県)を出港したのち、別府(大分県)、宮崎、徳之島(奄美群島)、鹿児島、三角(熊本県)、上五島(長崎県)、唐津(佐賀県)の順に寄港し、最後ふたたび博多港に戻ってくるという同船初の九州一周プランだ。
各寄港地には、おおよそ朝着港し、夕方に出港する。このため乗客は日中に下船し、にっぽん丸が主催する数多くのオプショナルツアーに参加したり、自由に散策を愉しんだりすることができる。
もちろん係留中ずっと船内で滞在するのも自由だ。しかし、これは豪華客船の旅に慣れた上級者の過ごし方といえるかもしれない。
たとえ今まで訪れたことのある場所だとしても、豪華客船の旅では──空路や陸路でのアプローチとはまるで違う──町の新しい表情を見ることができる。とりわけそこが見知らぬ土地の場合、なおさら実際に降り立ち自らの足で地面を踏みしめてみたいと思うのが人情ではないか。
そこで今回は、筆者がにっぽん丸で訪れた「別府」「宮崎」「徳之島」の各エリアの旅、なかでもエディトゥール読者向けの見どころをお届けしたい。
カランコロンと風呂桶の音が響く、別府にある昭和初期の共同湯を100円で愉しむ
別府といえば、なにを置いても温泉だろう。レンタカーで向かったのは別府八湯のひとつで、同地のシンボル的存在ともいわれる1879年(明治12年)創設の「竹瓦温泉」だ。
どっしりとした唐破風造の豪華な屋根をいただく建物は、1938年(昭和13年)に建てられたもので、カランコロンと風呂桶の音が響く浴室はノスタルジックな昭和初期の共同湯そのまま。男湯はナトリウム・カルシウム・マグネシウム──塩化物・炭酸水素塩泉の湯。成分が強めながら優しい肌触りのため、湯あたりしやすいので思わず長湯しすぎぬよう注意したい。
そんな由緒ある歴史と、良質なお湯がわずか100円で愉しめるのは市営のため。もう少しリッチな気分を味わいたいなら砂湯を体験しても良いだろう。といってもわずか1000円ちょっとではあるが。
別府八湯のなかでも、とりわけおびただしい湯煙が立ち昇るのが鉄輪地区。「熱の湯」もまた、古くから市民に愛されているナトリウム──塩化物泉の共同湯で、利用料金はなんと無料だ。その名の通り、やはりかなり熱めのお湯だが、地元の方々と打ち解けるうち、親切にもお水を足してくれる。別府紳士のサロンとでも言おうか、憩いの場を味わうには最高の場所であろう。
もちろん食も忘れてはならない。大分県といえばとり天だが、そのうち発祥の店といわれるのが1926年(大正15年)創業のレストラン「東洋軒」。辛子と酢醤油でいただく鶏肉の天ぷらは外サクサクで中ふんわり。ハンドルキーパー同席ならビールが進んでしまうに違いない。
デザートには、少しクルマを走らせて明礬温泉名物の岡本屋「地獄蒸しプリン」がおすすめだ。苦めのカラメルが効いた硬めのプリンはまさに漢のスイーツ。この元祖をはじめ、じつは各所でプリンが供される別府。甘党諸兄は、ありきたりな温泉巡りならぬプリン巡りを講じるのも一計かもしれない。
日本の滝百選のひとつである宮崎の関之尾滝で幅40m、落差18mの大滝に圧倒される
次なる寄港地・宮崎はあいにくの空模様だったが、ここでもレンタカーを走らせ、日本ジオパーク内にある関之尾滝(都城市)と、太平洋を臨む断崖に面した鵜戸神宮(日南市)を巡った。
日本の滝百選のひとつでもある関之尾滝は、大淀川支流の庄内川にある名瀑。大滝、男滝、女滝があり、とりわけ幅40m、落差18mの大滝は折からの降雨の影響もあり、水量が多く見ごたえ十分。遠景からの人と瀑布の大きさの対比でその迫力が窺い知れるだろう。
里山から一転、太平洋に移動すると、このとき迫りつつあった台風の影響で海は大時化。それもまた都会ではけっして見られないダイナミックな自然の景観だ。いつまで眺めていても見飽きることがない。
そんな悪天候のなか鵜戸神宮に詣でると、ここでも激しく岩を打ち付ける波頭に言葉を失う。しかし荒れ狂う海から一歩離れ、本殿が設けられた洞窟内に入れば、途端に厳かな空気が漂い始めるから不思議だ。
山と海、静と動、自然と人智…コントラストの激しい景観を目にした宮崎滞在のラストを飾ったのは、別府のとり天に続いてこれまた鶏料理。言わずもがな宮崎名物のチキン南蛮、その発祥の店といわれる「ファミリーおぐら」を訪ねた。
揚げた鶏肉を甘酢のタレに漬け込み、さらに上からタルタルソースをかけるという、ダイエット中のミドルエイジには厳しいものがあるが、その背徳感も手伝ってかジューシーで美味そのもの。変わり種を望む向きにはポーク南蛮、ビーフ南蛮もおすすめだ。
徳之島に降り立ち、西郷隆盛が上陸した場所や身を寄せていた奥山家跡地を訪ねる
最後に降り立ったのは、10月にして気温30度と真夏を感じさせる徳之島。奄美群島のなかで奄美大島の次ぎ、二番目に大きい島だ。
ここでの白眉はやはり南西部の犬田布集落でいただいた、「ましゅ屋」のシマ料理だろう。もとは地域の集会所を作るため住民総出で建てたという昔ながらの民家は、沖縄の琉球家屋にも似た開放感ある佇まい。そこで供されるのは「かしゃ」と呼ばれるバナナの葉に盛られた郷土料理の数々だ。パパイヤ炒めに始まり、ピーナツ豆腐、豚足、アカウルメの天ぷら、ドラゴンフルーツなど、色とりどりで滋味深い南国の味が堪能できた。
東シナ海を臨むダイナミックな景観も徳之島の魅力だ。にっぽん丸が接岸した平戸野港にほど近い名勝地・犬の門蓋(いんのじょうふた)には、サンゴ礁の隆起・浸食による奇岩や断崖、洞窟が広がっている。とりわけ人気があるのが俗称「めがね岩」と呼ばれる連続した天然橋だろう。
また、徳之島は2018年のNHK大河ドラマ『西郷どん』の主人公・西郷隆盛にゆかりある土地でもある。薩摩藩の事実上の支配者・島津久光の怒りを買い、島流しに処せられた西郷は、沖永良部島に再遠島されるまで2カ月半ほど徳之島に滞在していた。ここでは西郷隆盛が上陸した場所をはじめ、身を寄せていた奥山家跡地も訪ねることができる。
東京に帰った今も心に焼きつく、沖縄のカチャーシーにも似た徳之島民謡の「六調」
にっぽん丸による九州一周(前半)の旅で、とりわけ印象深いのは筆者にとって最後の寄港地となった徳之島だ。
東シナ海に沈む夕焼けを存分に堪能したのち、港では沖縄のカチャーシーにも似た「六調」で島民が船を見送ってくれた。夕闇にポツンと灯るお祭り騒ぎはまるで走馬灯のようで、次第に遠のいてゆく。それはまるで子どもの頃に愉しみにしていた夏祭りが終わった寂しさにも似て、東京に帰った今もなお心に焼き付いているのだ。
Text&Photography by Jun Kumayama