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第2回 | 大人のためのロードトリップガイド「美しきアメリカ」

ルート66を行く──100年の時を溯るタイムトリップ

40〜50代の男性なら、「古き良きアメリカ」というとなにをイメージするだろうか。ネオンサインの煌めくモーテル、巨大なテールフィンを備えたキャデラック、ダイナーのテーブルに並ぶホットドッグ、あるいはアメリカンニューシネマ『イージー・ライダー』に登場した1965年型のハーレーダビッドソンかもしれない。ルート66は、オールドアメリカンカルチャーを具現する、古き良きアメリカの象徴である。旅ライター熊山准による海外ロードトリップガイド「美しきアメリカ」。第2回は、全長4000kmに及ぶルート66を巡る旅だ。

新たなカルチャーやビジネスを育み、多くの旅人たちを惹きつけてきた「ルート66」

ルート66とは、かつて中東部のシカゴから西海岸のサンタモニカを結んでいたアメリカ大陸横断道路を指す。「かつて」というのは、高速道路網の整備により1985年にその役目を終えているからだ。しかし1926年の誕生以来、人やものの行き来のみならず、新たなビジネスやカルチャーを育くんできた「古き良きアメリカ」の象徴として、今なお多くの旅行者を惹きつけてやまない。

かくいう僕はといえば、実はそれほどルート66への強い憧れを持ち合わせていない。でもひとたび、アメリカのロードトリップに想いを馳せると、心に浮かぶのは──ファストフードチェーンやダイナー、モーテル……ことごとくルート66が生み出してきたモータリゼーション文化のイメージばかり。ルート66はいわばアメリカの原風景として、極東で生まれ育った我々の心にも強く刷り込まれているのだ。

ならばそのルーツを辿ってみたい。

ウィリアムズ、ネオン看板が煌めき、エルヴィスが流れる「ルート66のテーマパーク」

今回の旅では、全長4000kmに及ぶルート66のなかから、今なお往時の面影を色濃く残すアリゾナ州の町々を巡った。州間高速道路インターステート40号線沿いに、ホールブルック、ウィリアムズ、セリグマン、キングマン、そしてオートマンへと西進する。

ホールブルックは、近年ルート66の知名度アップに寄与した映画『カーズ』のモデルとなった町として知られる。同作のファンなら、ぜひとも立ち寄りたいのがコージーコーンモーテルのモチーフである、ティピー型の個室と古いアメ車が並ぶ「ウィグワムモーテル」。ギフトショップやミュージアムが併設されたロビーも見どころのひとつだ。

ただしホールブルックはいかんせん町全体に活気がなく、ややゴーストタウン然としているので、好みが分かれるかもしれない(僕は好きだが)。もう少し賑やかな雰囲気に浸りたければ200km先のウィリアムズがよいだろう。

ウィリアムズは、1kmほどのメインストリートにダイナーやモーテル、ガソリンスタンド、ギフトショップがひしめき合う観光地だ。町中でネオン看板が煌めき、エルヴィス・プレスリーの歌声が流れる、いわば、「ルート66のテーマパーク」。ややうがった見方をするとルート66のセルフカバーと言えなくもないけれど、やっぱり旅行者はみなこうしたわかりやすさを求めているのかもしれない。

ホールブルックほど荒んでおらず、ウィリアムズほどツーリスティックではない、静かにルート66らしさに浸りたいのであれば、さらに70km先のセリグマンがほど良い。ここのランドマークは、ルート66の復興運動を始めたディガルディーロ兄弟のバーガーショップ「スノウキャップ」。巨大ホットドッグも絶品だ。

また、スノウキャップのほど近くにはルート66グッズを取りそろえるギフトショップ「エンジェル&ビルマ」がある。かつて床屋だった同店には現在でもアンティークのバーバーチェアが残っており、希望すれば実際にヘアカットしてもらうこともできるという。

もしスケジュールの都合でルート66の町をひとつだけ巡るとしたら、コンパクトながらルート66の魅力が凝縮したこの町、セリグマンをおすすめしたい。

西部開拓時代の面影を残し、60年代から100年のタイムトラベルができるオートマン

セリグマンからさらに西へと120km走るとキングマンだ。実は立派なミュージアムがありこそすれ、町並みはかなり現代的。しかし、わざわざインターステートを下りてでも立ち寄りたいのは名物ダイナーがあるからである。それがミントグリーンとピンクのエクステリアが鮮やかな「ミスターD'z ルート66ダイナー」だ。

内装やメニュー、細部に至るまで我々がイメージする「THE アメリカンダイナー」のそれ。レコード型のメニュー表から、アメリカンサイズのサンドイッチやスイーツまで少しキッチュなセンスは、どこか──アメリカンカルチャーをコピーした──1980年代の日本を彷彿とさせる。どこを切り取ってもインスタジェニックなので、きっとフォロワーのあの子にもウケるだろう。

キングマンまで来てしまうと「ルート66気分」は存分に満たされるので、正直に言えば「もうそろそろいいや」という気分になってくる。とはいえ、ここまで来てオートマンに立ち寄らない手はない。オートマンへは、いったんインターステートを離れルート66の旧道を走る。これまで走ってきた高速道路と違い、道路脇に立つ集合ポストや、うらぶれたガソリンスタンドにアメリカ南西部のリアルライフを垣間見ることができるだろう。やがてつづら折りの狭い峠道を越えると、かつてゴールドラッシュに沸いた町にたどり着く。オートマンだ。

そこで旅行者は面食らう。

それはオートマンが西部開拓時代の面影を残したウエスタンランドだからだ。まるで時間が止まったかのような目抜き通りには、なぜかロバまで徘徊している(野良らしい)。1960年代から地続きで突如100年ものタイムトラベルを果たす。それがオートマンに行くべき理由なのだ。

モータリゼーション文化の隆盛と凋落、近代アメリカの歴史を駆け抜けるルート66の旅

かくしてルート66の旅はオートマンで終わる。でももしあなたがロサンゼルスまで帰るのであれば、ぜひサンタモニカ埠頭まで足を伸ばしてみてほしい。なぜならそこにはルート66の終点「エンド・オブ・ザ・トレイル」の標識が立っているからだ。けっして大陸横断してきたわけではなくても、きっと奇妙な達成感が得られるだろう。なにせホールブルックから1000km近くも走ってきたのだから。

それでも全行程のわずか4分の1。僕も思わず「アメリカって大きいな」と小学生のような感想を漏らしてしまう。どうやら似たような光景が延々とくり返されるアメリカのロードトリップによって、複雑な思考能力をごっそり持っていかれたようだ。

モータリゼーション文化の隆盛と凋落、そして100年の時を溯るタイムトリップとフロンティアの終わり。近代アメリカの歴史を1000kmで駆け抜けることができる、それがルート66の旅の魅力なのかもしれない。

Text&Photography by Jun Kumayama

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第4回 | 大人のためのロードトリップガイド「美しきアメリカ」

美しきアメリカ──幾千万年の時を紡ぐウィルダネス

ウィルダネスとは、ヨーロッパの人々が北アメリカ大陸を東から開拓していったときに、その開拓が及ばなかった荒れた土地を指す。いわば、人の手が及ばぬ原生自然のことである。アメリカ南西部には、こうしたウィルダネスがいまも現存する。40〜50代の男性にも、幼い頃に映画やテレビでアメリカの荒れ野に触れ、いつの日か自分の目で見てみたいと思った人が少なからずいることだろう。旅ライター熊山准による海外ロードトリップガイド「美しきアメリカ」。最終回となる第4回は、グランドキャニオンからモニュメントバレーへのロードトリップだ。

荒野を走り、「グランドキャニオンに行きたい」という30年越しの思いに決着をつける

40〜50代の男性ならば、子どもの頃「グランドキャニオンに行きたい」と思った人がいるかもしれない。

僕もその一人だ。それはアメリカを横断するクイズ番組のせいかもしれないし、ハリウッド映画のワンシーンのせいかもしれない。日本の片田舎で窮屈な想いをしていたからか、はたまた、単に地球の歴史が刻まれた途方もない景色を見てみたかったのか。そもそも当時はグランドキャニオンとモニュメントバレーの区別すらついていなかったのだ。

いずれにせよ、子どもの頃に見たかった光景を目の当たりにすべく、僕はハンドルを握りアリゾナの荒野を走っている。

先カンブリア時代からペルム紀にいたる20億年の地層を露わにするグランドキャニオン

ロスから寄り道をしながら丸2日。日没ぎりぎりにたどり着いたのはグランドキャニオンのヤヴァパイポイントだ。

車を降りて短い森を抜けると突然、落差1500mもの断崖が眼下に広がる。ここには日本の観光地のような安全柵などない。高い場所に行くと足もとがぐらつくような錯覚に陥るものだが、事実歩くたびに足もとの地面がポロポロと崩れ落ちる。広大な風景と緊張感に胸が高鳴る。太陽が落ちるわずかな瞬間を逃さないよう、夢中でシャッターを切る。

巨大な爪痕のような峡谷は、およそ4000万年をかけてコロラド川が削り取ったもの。先カンブリア時代からペルム紀にいたる20億年の地層を露わにしているという。

つかみどころのない話に、再び足もとがぐらつく。今度は崖の高さではなく、途轍もない時間の長さに対して。どうやらここには寄りかかれる場所などないらしい。ちっぽけな自分など、たまたま風に流されてきた砂粒みたいなものなのだ。あるいはこの谷をほんの少しだけ浸食する大河の一滴なのかもしれない。

ふと、とある旅行誌の編集長から聞いた話を思い出す。「うちは『絶景』という言葉はNGなんですよ」。そう、この目の前に広がる景色には、気安く「絶景」というラベルを貼りたくはない。自分だけの言葉を尽くすべきだ。さもなくば黙ってその情動を受け入れる。

コロラド川が馬蹄形に蛇行するホースシューベンドは目を開けることもできない砂地獄

グランドキャニオンからモニュメントバレーまでは、およそ1日の距離。遠くの雲がなぜだか赤い。近づくにつれ、それは鉄分を多く含んだ赤土の大地が空に反射したものだと知らされる。眼差しが及ぶ射程距離が日本の10倍ほども違う。

そんな荒野でぽつんとヒッチハイクをする人たち。彼らはどこから来て、どこに行くのだろう。僕と同じく彼らもまた砂粒なのだ。フロントウィンドウに現れるやいなや、次の瞬間にはバックミラーへの彼方へと流れ去ってしまう。

途中、コロラド川が馬蹄形に蛇行するホースシューベンドに立ち寄る。ずっとエアコンが効いた車内にいたので、容赦なく降り注ぐ太陽と、焼けた砂の照り返しに肌がひりつく。早くビューポイントに行こうと歩を進めるが、砂地なので思うように歩けない。まるで砂地獄だ。

どうやら春は強い風が吹く季節のようで、300mの絶壁から砂混じりの風が吹き上げる。文字通りの砂まみれで目を開けていられない。

感慨にふける暇もなく、早々に逃げ込んだマクドナルドでは、フードやスニーカーはもちろん髪や耳の穴からも次々と砂が出てくる。ポテトをつまんだつもりが砂を噛む。やれやれ。高温多湿の日本とは打って変わった極度の乾燥で、徐々に疲れと体調不良が現れ始める。

かくしてグランドキャニオンからペイジ経由でおよそ400km、ようやくこの旅の最奥部、モニュメントバレーにたどり着く。もうユタ州だ。

何千万年もの時を進めるグランドキャニオンからモニュメントバレーへのロードトリップ

いつの間にか時計が進んでいる。

広大なアメリカでは4つの標準時間が使われており、たとえばカリフォルニア州のある太平洋標準時エリアから、アリゾナ州やユタ州が含まれる山岳部標準時エリアへと東に移動すると、時計の針が1時間進む。ややこしいのは4月からサマータイムが始まることだ。しかもアリゾナ州だけはサマータイムを導入していない。そのためアリゾナ州からユタ州へと北に移動しただけで、時計が1時間早く進んでしまう。

次第に時間の感覚があやしくなってくる。

さて。モニュメントバレーは、荒野に屹立したテーブル形の岩山が広がるナバホ族の聖地だ。人によっては、ピーター・フォンダとデニス・ホッパーがハーレーダビッドソンで駆け抜け、トム・ハンクスがマラソンをやめた場所と説明したほうがわかりやすいかもしれない。この奇妙な光景はグランドキャニオンと同じく川の浸食作用によって生じたもので──にわかには信じられないが──グランドキャニオンもいずれ同じような姿になるという。

いわばグランドキャニオンからモニュメントバレーへのロードトリップは、1日で何千万年もの時を超える旅といえるかもしれない。

そして、個人的な30年越しのタイムトリップもここで終わりだ。今さら子どもの頃の夢を叶えるだなんて馬鹿げていると思ったものの、来てみればなんてことはない。小学生の頃と同じような気持ちで、途方もない景色を前に「すごいすごい」と興奮するばかりだった。まるで初めて海を見た子どものように。齢も40をとうに過ぎてしまったけれど、どうやらまだまだ素直な心を持ち合わせているらしい。

夕焼けはあきらめかけていたけれど、日没間際にどんよりとした分厚い雲のすき間から太陽が顔をのぞかせる。青く沈みかけたモニュメントバレーの山々が赤く染まる。西から東へと、砂混じりの風はずっと吹いている。

Text&Photography by Jun Kumayama

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