分厚いサンドイッチをコーヒーで流し込み、道端のモーテルで神経の昂ぶりを鎮める
旅には食事と休息が必要だが、それをもっともシステマチックに提供するのがアメリカのダイナーとモーテルといえるかもしれない。ロードトリップの途上で腹が減ると目についたダイナーに入り、分厚いサンドイッチをまるで麦茶のように薄いコーヒーで流し込む。走り疲れたら道端のモーテルに滑り込み、シャワーとアルコールとベッドで神経の昂ぶりを鎮める。
アメリカンロードトリップは、いわばこの繰り返しだ。旅も3日を過ぎると、何を食べてどこで眠ったのか記憶がぼんやりしてくる。脳裏にあるのはテーブルにあるハインツのケチャップと、強めのエアコンによる喉の痛みだけだ。
宿泊料金は2人で5000円、旧ルート66上にあるフラッグスタッフの典型的なモーテル
このロードトリップでもっとも印象に残っているのは、旧ルート66上にあるアリゾナ州フラッグスタッフの典型的なモーテルだ。その佇まいはハリウッド映画で観たモーテルをイメージしてもらえばおおよそ間違いはない。入り口に粗末な小屋のようなフロントがあり、駐車場を囲んで2階建ての客室が横へ横へと延々と続く。
部屋だってほめられたものではない。腕立て伏せすら満足にできないような狭い部屋(この旅ではもっとも狭かった)に、ベッドが2つ、あとはテレビと冷蔵庫とシャワールーム。何かほめるべき点があるとすれば、書きものには十分な広さのデスクと電子レンジがあったことだろう。
でもこれで十分なのだ。なにせ宿泊料は2人で5000円ほど。なおかつ朝食まで付いているのだから。そしてまた、朝食が素晴らしい。
ルート66をあしらった壁画が印象的なダイナーには、ポテト、ソーセージ、スクランブルエッグといったファストフードがメインながら、好みのフレイバーを自由に愉しめるシリアルサーバー、スタッフがその都度焼き上げるワッフルと、合理的なサービスの取捨選択が心地良い。
ただ町を通り過ぎるだけの名もなき旅人への適度な無関心ともてなし。そのほど良いバランスが嬉しいのだ。
ジェヴェッダ・スティールが歌う『コーリング・ユー』が流れるバグダッド・カフェ
無論、安モーテルばかりに立ち寄っていると心が折れてしまう。時にラグジュアリーなホテルにステイすれば、疲れを癒やすのはもちろんのこと、旅のアクセントにもなる。
ザ・ビュー・ホテルは、巨大な岩山が屹立する景勝地・モニュメントバレーにある唯一の宿だ。インディアンの聖地であり居留地であるナバホネイションに位置するホテルは、彼らの自立を目的としてナバホ族によって運営されているという。
館内や室内いたるところにネイティブアメリカンをモチーフとした調度品があしらわれており──そのホテル名が示しているように──ほぼ全室からモニュメントバレーを臨むことができるのが何よりもの美点だ。部屋にいながらにして夕日に染まる岩塊を、朝日を背に受ける赤土の荒野を眺めることができる。
ただ、ひとつだけ注意点がある。ナバホネイションではアルコールの販売が禁止されているため、近隣のスーパーマーケットはもちろん、ホテルでもアルコール類を入手することができない。あらかじめ用意しておくか、18マイルほど先のメキシカンハットまで足を伸ばす必要がある。
かたやダイナーの美食レベルでベストを挙げるとすれば、これもインディアンの聖地として名高いセドナにあるレッド・ロック・カフェだ。
濃密なクラムチャウダーをはじめ、瑞々しいシーザーサラダ、旨みが溢れるハンバーガー…といずれのメニューも外さない。とりわけブルーコーンのトルティーヤを細かく刻み、チーズとブラックビーンズとエッグの上にランチェロソースがかかった「ブルーコーン ウエボス ランチェロス」(青ネギのトッピングが日本人好み)や、わずか6.99ドルながら3ポンドの巨大シナモンロールは絶品だ。
もうひとつのメモリアルなダイナーは、映画でなじみ深いバグダッド・カフェだ。すでにモーテル棟はなく、印象的な給水塔も数年前の強風で倒壊しているが、カフェは健在。ジェヴェッダ・スティールが歌う『コーリング・ユー』が流れる店内では、作中に登場するピアノや黄色いポットに触れることもできるなど、世界中のファンが訪れる聖地となっている。
古い建物を現代風にリノベーションした「ヒップなホテル」という新しいムーブメント
フォーマット化されたダイナーやモーテルで消耗するのもよし、ラグジュアリーなレストランやホテルで贅を尽くすのもよしのアメリカロードトリップだが、最後にその中間に位置する新しいデザインホテルの潮流にも触れておきたい。
それは荒野に温泉が湧く保養地、カリフォルニア州パームスプリングに位置するエースホテル&スイムクラブだ。1999年にシアトルに誕生して以来、ロスアンゼルス、ポートランド、ロンドンなどさまざまな都市で展開するエースホテルは、古いホテルを現代の感覚でリノベーションし、地域コミュニティとして機能する「ヒップなホテル」のムーブメントを生み出した存在でもある。
1960年代生まれのモーテルとデニーズをベースに、新たな命を吹き込まれたホテルは、一つひとつの素材はチープながらもリラックス感が溢れる佇まいだ。
ゲストは、ヤシの木が並ぶプールサイドでクラフトビールやカクテルを愉しむことができる。少し涼しくなった日没後に中庭を散策すれば、外の暖炉の前でレズビアンらが愛を語らっている。ディナーは併設されたオーセンティックなダイナーでメキシコ料理に舌鼓を打つ。隣のバーからライブの歓声が聞こえる──。
場末のモーテルほど心が荒まず、ラグジュアリーなホテルほど肩肘を張る必要もない。ほどよい抜け感と、人と人との淡いつながりが心地良い。それがエースホテルの魅力といえるかもしれない。
Text&Photography by Jun Kumayama