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第4回 | 大人のためのロードトリップガイド「美しきアメリカ」

美しきアメリカ──幾千万年の時を紡ぐウィルダネス

ウィルダネスとは、ヨーロッパの人々が北アメリカ大陸を東から開拓していったときに、その開拓が及ばなかった荒れた土地を指す。いわば、人の手が及ばぬ原生自然のことである。アメリカ南西部には、こうしたウィルダネスがいまも現存する。40〜50代の男性にも、幼い頃に映画やテレビでアメリカの荒れ野に触れ、いつの日か自分の目で見てみたいと思った人が少なからずいることだろう。旅ライター熊山准による海外ロードトリップガイド「美しきアメリカ」。最終回となる第4回は、グランドキャニオンからモニュメントバレーへのロードトリップだ。

荒野を走り、「グランドキャニオンに行きたい」という30年越しの思いに決着をつける

40〜50代の男性ならば、子どもの頃「グランドキャニオンに行きたい」と思った人がいるかもしれない。

僕もその一人だ。それはアメリカを横断するクイズ番組のせいかもしれないし、ハリウッド映画のワンシーンのせいかもしれない。日本の片田舎で窮屈な想いをしていたからか、はたまた、単に地球の歴史が刻まれた途方もない景色を見てみたかったのか。そもそも当時はグランドキャニオンとモニュメントバレーの区別すらついていなかったのだ。

いずれにせよ、子どもの頃に見たかった光景を目の当たりにすべく、僕はハンドルを握りアリゾナの荒野を走っている。

先カンブリア時代からペルム紀にいたる20億年の地層を露わにするグランドキャニオン

ロスから寄り道をしながら丸2日。日没ぎりぎりにたどり着いたのはグランドキャニオンのヤヴァパイポイントだ。

車を降りて短い森を抜けると突然、落差1500mもの断崖が眼下に広がる。ここには日本の観光地のような安全柵などない。高い場所に行くと足もとがぐらつくような錯覚に陥るものだが、事実歩くたびに足もとの地面がポロポロと崩れ落ちる。広大な風景と緊張感に胸が高鳴る。太陽が落ちるわずかな瞬間を逃さないよう、夢中でシャッターを切る。

巨大な爪痕のような峡谷は、およそ4000万年をかけてコロラド川が削り取ったもの。先カンブリア時代からペルム紀にいたる20億年の地層を露わにしているという。

つかみどころのない話に、再び足もとがぐらつく。今度は崖の高さではなく、途轍もない時間の長さに対して。どうやらここには寄りかかれる場所などないらしい。ちっぽけな自分など、たまたま風に流されてきた砂粒みたいなものなのだ。あるいはこの谷をほんの少しだけ浸食する大河の一滴なのかもしれない。

ふと、とある旅行誌の編集長から聞いた話を思い出す。「うちは『絶景』という言葉はNGなんですよ」。そう、この目の前に広がる景色には、気安く「絶景」というラベルを貼りたくはない。自分だけの言葉を尽くすべきだ。さもなくば黙ってその情動を受け入れる。

コロラド川が馬蹄形に蛇行するホースシューベンドは目を開けることもできない砂地獄

グランドキャニオンからモニュメントバレーまでは、およそ1日の距離。遠くの雲がなぜだか赤い。近づくにつれ、それは鉄分を多く含んだ赤土の大地が空に反射したものだと知らされる。眼差しが及ぶ射程距離が日本の10倍ほども違う。

そんな荒野でぽつんとヒッチハイクをする人たち。彼らはどこから来て、どこに行くのだろう。僕と同じく彼らもまた砂粒なのだ。フロントウィンドウに現れるやいなや、次の瞬間にはバックミラーへの彼方へと流れ去ってしまう。

途中、コロラド川が馬蹄形に蛇行するホースシューベンドに立ち寄る。ずっとエアコンが効いた車内にいたので、容赦なく降り注ぐ太陽と、焼けた砂の照り返しに肌がひりつく。早くビューポイントに行こうと歩を進めるが、砂地なので思うように歩けない。まるで砂地獄だ。

どうやら春は強い風が吹く季節のようで、300mの絶壁から砂混じりの風が吹き上げる。文字通りの砂まみれで目を開けていられない。

感慨にふける暇もなく、早々に逃げ込んだマクドナルドでは、フードやスニーカーはもちろん髪や耳の穴からも次々と砂が出てくる。ポテトをつまんだつもりが砂を噛む。やれやれ。高温多湿の日本とは打って変わった極度の乾燥で、徐々に疲れと体調不良が現れ始める。

かくしてグランドキャニオンからペイジ経由でおよそ400km、ようやくこの旅の最奥部、モニュメントバレーにたどり着く。もうユタ州だ。

何千万年もの時を進めるグランドキャニオンからモニュメントバレーへのロードトリップ

いつの間にか時計が進んでいる。

広大なアメリカでは4つの標準時間が使われており、たとえばカリフォルニア州のある太平洋標準時エリアから、アリゾナ州やユタ州が含まれる山岳部標準時エリアへと東に移動すると、時計の針が1時間進む。ややこしいのは4月からサマータイムが始まることだ。しかもアリゾナ州だけはサマータイムを導入していない。そのためアリゾナ州からユタ州へと北に移動しただけで、時計が1時間早く進んでしまう。

次第に時間の感覚があやしくなってくる。

さて。モニュメントバレーは、荒野に屹立したテーブル形の岩山が広がるナバホ族の聖地だ。人によっては、ピーター・フォンダとデニス・ホッパーがハーレーダビッドソンで駆け抜け、トム・ハンクスがマラソンをやめた場所と説明したほうがわかりやすいかもしれない。この奇妙な光景はグランドキャニオンと同じく川の浸食作用によって生じたもので──にわかには信じられないが──グランドキャニオンもいずれ同じような姿になるという。

いわばグランドキャニオンからモニュメントバレーへのロードトリップは、1日で何千万年もの時を超える旅といえるかもしれない。

そして、個人的な30年越しのタイムトリップもここで終わりだ。今さら子どもの頃の夢を叶えるだなんて馬鹿げていると思ったものの、来てみればなんてことはない。小学生の頃と同じような気持ちで、途方もない景色を前に「すごいすごい」と興奮するばかりだった。まるで初めて海を見た子どものように。齢も40をとうに過ぎてしまったけれど、どうやらまだまだ素直な心を持ち合わせているらしい。

夕焼けはあきらめかけていたけれど、日没間際にどんよりとした分厚い雲のすき間から太陽が顔をのぞかせる。青く沈みかけたモニュメントバレーの山々が赤く染まる。西から東へと、砂混じりの風はずっと吹いている。

Text&Photography by Jun Kumayama

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ロードトリップの休息──ダイナーとモーテルを愉しむ

アメリカ映画を観ていると、登場人物がつかの間の休息をとるためにダイナーやモーテルに立ち寄るシーンがよく登場する。プレハブ式ユニットを組み立てたカジュアルなレストランであるダイナーと、クルマで気軽に行くことのできる簡素なモーターホテル(モーテル)は、モータリゼーションともにアメリカで生まれたカルチャーだ。同時に、広大な北アメリカ大陸をクルマで移動する旅行者にとっては欠くことのできないオアシスでもある。旅ライター熊山准による海外ロードトリップガイド「美しきアメリカ」。第3回は、アメリカのダイナーとモーテル文化を紹介する。

分厚いサンドイッチをコーヒーで流し込み、道端のモーテルで神経の昂ぶりを鎮める

旅には食事と休息が必要だが、それをもっともシステマチックに提供するのがアメリカのダイナーとモーテルといえるかもしれない。ロードトリップの途上で腹が減ると目についたダイナーに入り、分厚いサンドイッチをまるで麦茶のように薄いコーヒーで流し込む。走り疲れたら道端のモーテルに滑り込み、シャワーとアルコールとベッドで神経の昂ぶりを鎮める。

アメリカンロードトリップは、いわばこの繰り返しだ。旅も3日を過ぎると、何を食べてどこで眠ったのか記憶がぼんやりしてくる。脳裏にあるのはテーブルにあるハインツのケチャップと、強めのエアコンによる喉の痛みだけだ。

宿泊料金は2人で5000円、旧ルート66上にあるフラッグスタッフの典型的なモーテル

このロードトリップでもっとも印象に残っているのは、旧ルート66上にあるアリゾナ州フラッグスタッフの典型的なモーテルだ。その佇まいはハリウッド映画で観たモーテルをイメージしてもらえばおおよそ間違いはない。入り口に粗末な小屋のようなフロントがあり、駐車場を囲んで2階建ての客室が横へ横へと延々と続く。

部屋だってほめられたものではない。腕立て伏せすら満足にできないような狭い部屋(この旅ではもっとも狭かった)に、ベッドが2つ、あとはテレビと冷蔵庫とシャワールーム。何かほめるべき点があるとすれば、書きものには十分な広さのデスクと電子レンジがあったことだろう。

でもこれで十分なのだ。なにせ宿泊料は2人で5000円ほど。なおかつ朝食まで付いているのだから。そしてまた、朝食が素晴らしい。

ルート66をあしらった壁画が印象的なダイナーには、ポテト、ソーセージ、スクランブルエッグといったファストフードがメインながら、好みのフレイバーを自由に愉しめるシリアルサーバー、スタッフがその都度焼き上げるワッフルと、合理的なサービスの取捨選択が心地良い。

ただ町を通り過ぎるだけの名もなき旅人への適度な無関心ともてなし。そのほど良いバランスが嬉しいのだ。

ジェヴェッダ・スティールが歌う『コーリング・ユー』が流れるバグダッド・カフェ

無論、安モーテルばかりに立ち寄っていると心が折れてしまう。時にラグジュアリーなホテルにステイすれば、疲れを癒やすのはもちろんのこと、旅のアクセントにもなる。

ザ・ビュー・ホテルは、巨大な岩山が屹立する景勝地・モニュメントバレーにある唯一の宿だ。インディアンの聖地であり居留地であるナバホネイションに位置するホテルは、彼らの自立を目的としてナバホ族によって運営されているという。

館内や室内いたるところにネイティブアメリカンをモチーフとした調度品があしらわれており──そのホテル名が示しているように──ほぼ全室からモニュメントバレーを臨むことができるのが何よりもの美点だ。部屋にいながらにして夕日に染まる岩塊を、朝日を背に受ける赤土の荒野を眺めることができる。

ただ、ひとつだけ注意点がある。ナバホネイションではアルコールの販売が禁止されているため、近隣のスーパーマーケットはもちろん、ホテルでもアルコール類を入手することができない。あらかじめ用意しておくか、18マイルほど先のメキシカンハットまで足を伸ばす必要がある。

かたやダイナーの美食レベルでベストを挙げるとすれば、これもインディアンの聖地として名高いセドナにあるレッド・ロック・カフェだ。

濃密なクラムチャウダーをはじめ、瑞々しいシーザーサラダ、旨みが溢れるハンバーガー…といずれのメニューも外さない。とりわけブルーコーンのトルティーヤを細かく刻み、チーズとブラックビーンズとエッグの上にランチェロソースがかかった「ブルーコーン ウエボス ランチェロス」(青ネギのトッピングが日本人好み)や、わずか6.99ドルながら3ポンドの巨大シナモンロールは絶品だ。

もうひとつのメモリアルなダイナーは、映画でなじみ深いバグダッド・カフェだ。すでにモーテル棟はなく、印象的な給水塔も数年前の強風で倒壊しているが、カフェは健在。ジェヴェッダ・スティールが歌う『コーリング・ユー』が流れる店内では、作中に登場するピアノや黄色いポットに触れることもできるなど、世界中のファンが訪れる聖地となっている。

古い建物を現代風にリノベーションした「ヒップなホテル」という新しいムーブメント

フォーマット化されたダイナーやモーテルで消耗するのもよし、ラグジュアリーなレストランやホテルで贅を尽くすのもよしのアメリカロードトリップだが、最後にその中間に位置する新しいデザインホテルの潮流にも触れておきたい。

それは荒野に温泉が湧く保養地、カリフォルニア州パームスプリングに位置するエースホテル&スイムクラブだ。1999年にシアトルに誕生して以来、ロスアンゼルス、ポートランド、ロンドンなどさまざまな都市で展開するエースホテルは、古いホテルを現代の感覚でリノベーションし、地域コミュニティとして機能する「ヒップなホテル」のムーブメントを生み出した存在でもある。

1960年代生まれのモーテルとデニーズをベースに、新たな命を吹き込まれたホテルは、一つひとつの素材はチープながらもリラックス感が溢れる佇まいだ。

ゲストは、ヤシの木が並ぶプールサイドでクラフトビールやカクテルを愉しむことができる。少し涼しくなった日没後に中庭を散策すれば、外の暖炉の前でレズビアンらが愛を語らっている。ディナーは併設されたオーセンティックなダイナーでメキシコ料理に舌鼓を打つ。隣のバーからライブの歓声が聞こえる──。

場末のモーテルほど心が荒まず、ラグジュアリーなホテルほど肩肘を張る必要もない。ほどよい抜け感と、人と人との淡いつながりが心地良い。それがエースホテルの魅力といえるかもしれない。

Text&Photography by Jun Kumayama

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