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第1回 | 大人のためのロードトリップガイド「美しきアメリカ」

アメリカロードトリップ──あの頃憧れた荒野を走る

映画、音楽、ジュークボックス、デニム、フライトジャケット、クルマ…。そして、それらを含めたライフスタイルシーン。40〜50代の男たちにとって、かつてアメリカこそが憧れの国だった。彼の地には、若かりし頃に憧れたオールドアメリカンカルチャーが現在も色濃く残されている。旅ライター熊山准による海外ロードトリップガイド「美しきアメリカ」。今回から4回にわたってお届けする。

子どもの頃に想った「岩と砂がどこまでも続く荒野をクルマで駆け抜ける」夢

子どもの頃「行ってみたい国はどこですか?」と聞かれると、「アメリカ合衆国です」と答えていた。今でこそ選択肢は無数にあるけれど、40代以上の男にとって、テレビや映画でとり上げられる外国はまずアメリカであり、海外旅行とはアメリカを旅することであったように思う。

なかでも僕の夢は、ハワイでもニューヨークでもなく、グランドキャニオンに行くことだった。岩と砂がどこまでも続く荒野をクルマで駆け抜けてみたい。おそらく同年代の読者諸兄も同じような想いを抱いていたのではないだろうか。

でも、あまりにステレオタイプな旅だけにずいぶんと後回しにしてしまった。なぜならアジアやヨーロッパ、さらには中東やアフリカを旅するほうが「意識が高そう」だからだ。最近でこそヒップでクールなアメリカンカルチャーが取りざたされているものの、少し前までアメリカといえばおバカで間の抜けた印象を抱いていたように思う。

ともあれ、今あえてアメリカを旅するにはそれなりのエクスキューズが必要だ。今回はさしずめ「子どもの頃の夢をかなえる」ということになるだろうか。場末のダイナーでハンバーガーにかぶりつき、ロードサイドのモーテルで眠りたい。アメリカンニューシネマで観たあのシーンを追体験したいのだ。

レンタカーの料金は1週間で4万円以下、驚くほど低コストのアメリカロードトリップ

アメリカのロードトリップに先立って必要なのは、国際免許証の取得とレンタカーの予約だ。国際免許証は所定の証明写真を用意して最寄りの運転免許センターに行けば即日交付される。レンタカーも──たとえ英語が苦手でも──インターネット上にて日本語で予約することができる。スマホのおかげで旅行の手配はますますお手軽だ。

レンタカーは、「バジェット」「アラモ」「エイビス」など日本語サイトを用意している大手のなかから、今回は日本にも営業所があり、多くの提携クレジットカードの割引が受けられる「ハーツレンタカー」を選んだ。現地では75マイル(約120km/h)ほどで長時間巡航するので、クルマはオートクルーズコントロールが付いた2000cc以上のクラスが良いだろう。車上荒らしも少なくはないと聞いたので、トランクルームに荷物を隠すことができるセダンをチョイスした。

保険は、不安であればフルカバーしておくのが無難。切り詰めるにしてもLDW(車両損害補償制度)、LIS(追加自動車損害賠償保険)、PAI/PEC(搭乗者傷害保険/携行品保険)には最低限加入しておきたい。一方、カーナビはオプションかつ高価なのでGoogleマップでまかなうことにした。

以上の条件で、1週間わずか354ドル、日本円にして4万円以下。ガソリンは1日、400〜500km走っても3000円程度だし、高速道路は無料なので、いかに日本でのロードトリップが高コストであるかがうかがえるだろう。

なお、出発までに余裕があれば、レンタカー会社の会員証を作っておくことをおすすめする。ハーツレンタカーの場合、会員証があればクラスごとに駐車されたスペースの中から好きな車種を選ぶだけ(営業所によっては電光掲示板で、自分の名前と車種が案内されている場合もある)。あとは営業所の出口で、車内に用意されていた契約書と運転免許証を見せればすぐに出発できるからだ。

注意が必要なのは「左ハンドル右側通行」「速度制限」「ガソリンスタンドでの給油」

さて、ここまでは良しとしよう。問題は左ハンドルと右側通行だ。

とりわけ危険なのが営業所を出た直後。特に左折時は、長年の習慣でうっかり左車線に吸いこまれそうになる。脅すわけではないが、海外でレンタカーをピックアップしてすぐに交通事故で命を落とした知人もいる。

もし右側通行に不安を抱くのであれば──ちょっと馬鹿馬鹿しい忠告に聞こえるかもしれない──『グランドセフトオート』や『ウォッチドッグス』といった、アメリカを舞台にしたオープンワールド型のアクションゲームにつね日ごろから慣れ親しんでおくことだ。事実僕はプレイ経験のおかげでロサンゼルスの交通にすんなり順応することができた。騙されたと思って試してみてほしい。

その他にアメリカの交通ルールで注意しておきたいのは、「基本的に赤信号でも右折できること」「トラックやトレーラー以外は踏切で一時停止しない」「スピード違反の取り締まりが厳しいこと」などだろう。なかでも制限速度は小さい標識で一度だけ表示されるケースが多いので見逃さないようにしたい。

また、誰もが戸惑うのはガソリンスタンドでの給油方法かもしれない。

ほとんどがセルフ式で、なおかつ日本のクレジットカードは給油機で弾かれることが多く、給油前に併設されたコンビニのレジで受付しなければいけないケースがほとんどだった。その際、給油機の番号と、給油したい金額を先に伝える必要があるのだが、普段乗り慣れないクルマだけにどれだけガソリンが入るかがわからない。最初は10ドルや20ドルなど少なめに申告して様子を見ると良いだろう。

あれこれ面倒くさいファクターが多いように感じるかも知れないが、一度経験してしまえば「あんなに不安を抱いていたのはなんだったんだろう?」と拍子抜けしてしまうほど簡単だ。

というわけで、これで僕らはフリーウェイに乗ってどこまでも行けるようになった。フロントウィンドウにはやけに青い空と、途方もない地平が広がっている。ハンドルを握る手はまだ少し緊張しているけれど、きっとそれも含めて「自由」ってことなんだろう。さて、30年越しの夢を叶えに行くとしよう。

Text&Photography by Jun Kumayama

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第4回 | 大人のためのロードトリップガイド「美しきアメリカ」

美しきアメリカ──幾千万年の時を紡ぐウィルダネス

ウィルダネスとは、ヨーロッパの人々が北アメリカ大陸を東から開拓していったときに、その開拓が及ばなかった荒れた土地を指す。いわば、人の手が及ばぬ原生自然のことである。アメリカ南西部には、こうしたウィルダネスがいまも現存する。40〜50代の男性にも、幼い頃に映画やテレビでアメリカの荒れ野に触れ、いつの日か自分の目で見てみたいと思った人が少なからずいることだろう。旅ライター熊山准による海外ロードトリップガイド「美しきアメリカ」。最終回となる第4回は、グランドキャニオンからモニュメントバレーへのロードトリップだ。

荒野を走り、「グランドキャニオンに行きたい」という30年越しの思いに決着をつける

40〜50代の男性ならば、子どもの頃「グランドキャニオンに行きたい」と思った人がいるかもしれない。

僕もその一人だ。それはアメリカを横断するクイズ番組のせいかもしれないし、ハリウッド映画のワンシーンのせいかもしれない。日本の片田舎で窮屈な想いをしていたからか、はたまた、単に地球の歴史が刻まれた途方もない景色を見てみたかったのか。そもそも当時はグランドキャニオンとモニュメントバレーの区別すらついていなかったのだ。

いずれにせよ、子どもの頃に見たかった光景を目の当たりにすべく、僕はハンドルを握りアリゾナの荒野を走っている。

先カンブリア時代からペルム紀にいたる20億年の地層を露わにするグランドキャニオン

ロスから寄り道をしながら丸2日。日没ぎりぎりにたどり着いたのはグランドキャニオンのヤヴァパイポイントだ。

車を降りて短い森を抜けると突然、落差1500mもの断崖が眼下に広がる。ここには日本の観光地のような安全柵などない。高い場所に行くと足もとがぐらつくような錯覚に陥るものだが、事実歩くたびに足もとの地面がポロポロと崩れ落ちる。広大な風景と緊張感に胸が高鳴る。太陽が落ちるわずかな瞬間を逃さないよう、夢中でシャッターを切る。

巨大な爪痕のような峡谷は、およそ4000万年をかけてコロラド川が削り取ったもの。先カンブリア時代からペルム紀にいたる20億年の地層を露わにしているという。

つかみどころのない話に、再び足もとがぐらつく。今度は崖の高さではなく、途轍もない時間の長さに対して。どうやらここには寄りかかれる場所などないらしい。ちっぽけな自分など、たまたま風に流されてきた砂粒みたいなものなのだ。あるいはこの谷をほんの少しだけ浸食する大河の一滴なのかもしれない。

ふと、とある旅行誌の編集長から聞いた話を思い出す。「うちは『絶景』という言葉はNGなんですよ」。そう、この目の前に広がる景色には、気安く「絶景」というラベルを貼りたくはない。自分だけの言葉を尽くすべきだ。さもなくば黙ってその情動を受け入れる。

コロラド川が馬蹄形に蛇行するホースシューベンドは目を開けることもできない砂地獄

グランドキャニオンからモニュメントバレーまでは、およそ1日の距離。遠くの雲がなぜだか赤い。近づくにつれ、それは鉄分を多く含んだ赤土の大地が空に反射したものだと知らされる。眼差しが及ぶ射程距離が日本の10倍ほども違う。

そんな荒野でぽつんとヒッチハイクをする人たち。彼らはどこから来て、どこに行くのだろう。僕と同じく彼らもまた砂粒なのだ。フロントウィンドウに現れるやいなや、次の瞬間にはバックミラーへの彼方へと流れ去ってしまう。

途中、コロラド川が馬蹄形に蛇行するホースシューベンドに立ち寄る。ずっとエアコンが効いた車内にいたので、容赦なく降り注ぐ太陽と、焼けた砂の照り返しに肌がひりつく。早くビューポイントに行こうと歩を進めるが、砂地なので思うように歩けない。まるで砂地獄だ。

どうやら春は強い風が吹く季節のようで、300mの絶壁から砂混じりの風が吹き上げる。文字通りの砂まみれで目を開けていられない。

感慨にふける暇もなく、早々に逃げ込んだマクドナルドでは、フードやスニーカーはもちろん髪や耳の穴からも次々と砂が出てくる。ポテトをつまんだつもりが砂を噛む。やれやれ。高温多湿の日本とは打って変わった極度の乾燥で、徐々に疲れと体調不良が現れ始める。

かくしてグランドキャニオンからペイジ経由でおよそ400km、ようやくこの旅の最奥部、モニュメントバレーにたどり着く。もうユタ州だ。

何千万年もの時を進めるグランドキャニオンからモニュメントバレーへのロードトリップ

いつの間にか時計が進んでいる。

広大なアメリカでは4つの標準時間が使われており、たとえばカリフォルニア州のある太平洋標準時エリアから、アリゾナ州やユタ州が含まれる山岳部標準時エリアへと東に移動すると、時計の針が1時間進む。ややこしいのは4月からサマータイムが始まることだ。しかもアリゾナ州だけはサマータイムを導入していない。そのためアリゾナ州からユタ州へと北に移動しただけで、時計が1時間早く進んでしまう。

次第に時間の感覚があやしくなってくる。

さて。モニュメントバレーは、荒野に屹立したテーブル形の岩山が広がるナバホ族の聖地だ。人によっては、ピーター・フォンダとデニス・ホッパーがハーレーダビッドソンで駆け抜け、トム・ハンクスがマラソンをやめた場所と説明したほうがわかりやすいかもしれない。この奇妙な光景はグランドキャニオンと同じく川の浸食作用によって生じたもので──にわかには信じられないが──グランドキャニオンもいずれ同じような姿になるという。

いわばグランドキャニオンからモニュメントバレーへのロードトリップは、1日で何千万年もの時を超える旅といえるかもしれない。

そして、個人的な30年越しのタイムトリップもここで終わりだ。今さら子どもの頃の夢を叶えるだなんて馬鹿げていると思ったものの、来てみればなんてことはない。小学生の頃と同じような気持ちで、途方もない景色を前に「すごいすごい」と興奮するばかりだった。まるで初めて海を見た子どものように。齢も40をとうに過ぎてしまったけれど、どうやらまだまだ素直な心を持ち合わせているらしい。

夕焼けはあきらめかけていたけれど、日没間際にどんよりとした分厚い雲のすき間から太陽が顔をのぞかせる。青く沈みかけたモニュメントバレーの山々が赤く染まる。西から東へと、砂混じりの風はずっと吹いている。

Text&Photography by Jun Kumayama

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